【第1話:ひまわりとエルフルール】
ユアは応接のローテーブルに手をつき、額を撃ち当てる。
ゴン
結構いい音がした。
別にローテーブルに恨みがあるわけでも、攻撃の意思があるわけでもない。
身体強化も使っていないし、ペルクールの雷も纏っていない。
「おじょうさんを‥‥あたしにください!!」
今はじめての両親にご挨拶イベントをしているのだ。
まあ、相手はユアを娘だともおもっているヴァルディア夫妻だ。
ほほえましく見つめている。
ユアの隣にはすまして座るカーニャ。
両親と眼は合わせられないが、ユアをやさしい目で見て頬を染めている。
「ユアくん‥‥状況を説明してほしいのだが?」
「ユアさん頭をあげて‥‥カーニャさんでもミーナさんでも好きな方をあげるから」
ぴこん!と顔をあげるユア。
満開のひまわりスマイルだ。
「ほんと?!エリセラさん!カーニャをくれる?」
うんうんと微笑むエリセラ。
「カーニャを救い出してくれて、こうして、顔を見せてくれるまでにしてくれたのは‥‥あなたのお陰‥‥感謝しているわユアさん」
うるうるするユアが真っ赤になって宣言。
「エリセラさん‥‥あたしカーニャが好きなんです‥‥大好きなんです!」
レオニスまで笑顔にする微笑ましさがそこには有った。
いままでも何度も、仲良くする二人を見てきたのだ。
支え合い微笑みを向けあう姿も見てきた。
「これからもずうっと一緒にいるって約束してあげたいの‥‥カーニャを安心させたいの‥‥」
照れで真っ赤だが真剣さは戦士のそれだ。
無言でカーニャがユアによりそう。
まだ両親と話を出来る自信は無かったが、今自分で伝えなくてはと勇気を振り絞る。
手紙ではだめなのだと、言葉を届けなければと。
ユアの気持ちに応えたいと。
顔をユアの肩に隠しながら話し出すカーニャ。
「おかぁさま‥おとぅさま‥‥おゆるしくださぃ‥‥‥‥私はユアがいないと生きられません‥‥」
今の傷つき、自分さえ認められないカーニャが精一杯出来た意思表示だ。
まるで幼女に戻ってしまったかのように、舌足らずな口ごもった声にエリセラの眼が潤む。
「ええ、ええ、良いわよ貴女が望むようにして良いのですよ‥‥」
このヴァルディア家の家長はエリセラだ。
レオニスは婿として入っているし、家系的にもこの家は女系なのだ。
静かな嗚咽が漏れてくる。
ユアに顔を押し付けたカーニャが漏らしているのだ。
「‥‥うっ‥‥おゆ‥おゆるし‥ください‥うっうっ‥おやふこうを‥‥」
カーニャの情緒や感情はとても傷つき思うように制御出来ないのだ。
それでも思考は正常に動き、親不孝と泣くのだ。
ユアも目を赤くしてそっと抱きしめる。
レオニスが優しい声で娘を寿ぐ。
「ユアくんなら何の不満もないよ‥‥親不孝などとんでもない。幸せになりなさいカーニャ‥おめでとう‥‥」
もうそこに性差はないのであろう。
家族になりたいのだとけじめの為と、挨拶に来て頭を下げたのだ。
大事に育てた娘をいただくよと。
もう返さないよと。
エリセラも鼻をすすり、真っ赤な目でなんとか声を出した。
「おめでとうカーニャさん‥‥私もユアさんがとても気に入っていますよ。また二人で会いに来てくださいね‥‥」
そう言うと、ユアがふるふると首を振ったので、応接を退出する。
そういう約束で連れてきたのだ。
カーニャが泣くようなら二人にしてほしいと。
カーニャを横抱きにして、裏庭を歩くユア。
鍛えられたユアにとってカーニャ一人の重さなど、なんの負担にもならない。
体幹も鍛えられているので、ふらりともしないどころか、カーニャを一筋も揺らさず歩く。
いつもの白い鉄製のテーブルセットにたどり着く。
そのまま椅子に座るユアはそっとカーニャの頬に手を添えた。
「カーニャよかったね、二人共ゆるしてくれたよ」
「うん‥‥うれしいわユア」
あれ依頼ずっとカーニャはまるで幼い子供のようにユアと接する。
姉に甘える妹のようだ。
それはユアにとっても辛い態度なのだが、感情は押し殺し微笑みを崩さない。
カーニャの側ではユアはとても強くなれるのだ。
そういえば、初めてカーニャの涙をみたのもこの場所だったと思い出すユア。
(あのときも、まるで頼りない妹をあやす気分だった)
クスリと笑いが溢れてしまうユア。
アミュアと結婚した翌朝、ユアは土下座をしてアミュアに許しを請うた。
『もう一人お嫁さんがほしいです』と。
アミュアは察していて、にっこり笑って『もちろんいいよ、カーニャはわたしも大好き』と返した。
この世界では、多妻は忌避されるものではなかった。
むしろ資産と確かな生活力を備えた者が複数の妻を持つことは、善き行いとみなされている。
出生率が低いので子は稀少であり、どこであれ新たな命は惜しみなく祝福されるのだ。
ただし、同性婚に関しては話題に上がることも稀だし、想定すらされていない。
「カーニャ月がきれいだよ」
黙っているとユア以外を見ないカーニャに注意をうながす。
「ほんとう‥‥きれいだわ」
ユアの胸に頬を寄せたまま、低い月をみるカーニャ。
今夜はきれいな下弦の月が登った。
俯いたようなその銀の横顔になにを想うか、カーニャは頬を染め微笑んだ。
「ユア‥‥ここでもう一度プロポーズしてほしいの‥‥」
また胸に顔を埋めるカーニャ。
ユアはここでカーニャの両親がプロポーズをしたと前に聞いていた。
先日ラウマの祠から戻った最初の夜に、ユアはアミュアと結婚したと報告した。
泣き出したカーニャをベッドの中で抱きしめ、囁くようにカーニャにも結婚を申し込んだのだ。
左手にはアミュアと交わした結婚の指輪をしながら。
カーニャは涙の温度を変え喜び、落ち着いてから「うれしいわ」と答えた。
「もちろん‥‥」
抱いたまま立ち上がったユアがそっと椅子にカーニャを座らせる。
片膝をつく騎士の礼でカーニャに手を伸ばす。
「エルフルールの麗しき姫様‥‥どうか騎士ひまわりに御手を」
カーニャの香りがバラに似ていると、最近ユアがつけたあだ名だ。
二人だけの呼び名だった。
クスクスと可愛らしい笑みでそっと手の甲を差し出すカーニャ。
白く美しい手の甲にキスを落とすユア。
「貴女のお側に生涯お使えする許可をください‥‥愛していますカーニャ姫」
「騎士ユア‥‥表を上げなさい」
はっと顔を上げるユア。
カーニャの声には凛としたはりがある。
それはユアの求め続ける強く優しいカーニャの声。
顔をあげたユアのほほに両手をそえたカーニャが目を閉じ、すっと鼻を交差して唇を奪う。
それは初めて交わす二人のくちづけだった。
ユアの瞳に涙が浮かびそっと閉じられる。
(これが月の見せてくれる幻でもいい‥‥おかえりカーニャ)
二人の影が淡い月明かりに伸ばされ、庭の芝生に描かれる。
それはとても美しいシルエットの水彩画。
幸せと題するべきものだった。
青い月と薄墨が描く幸せだ。




