【第2話:カーニャのこころ】
指輪を送るとカーニャはとても落ち着いた。
ユアが見えなくなると、しくしく泣いていたカーニャが、指輪をなでながら淋しそうでもじっとしているようになった。
それはまるでカーニャを支える命綱のようなものだった。
ユアが約束した置いて行かないよ、という思いにすがり生きているのだ。
ユアとカーニャの結婚式をひまわりハウスの地下で二人きりでした。
カーニャがそう望んだのだ。
アミュアと交わしたように生涯離れないよと婚を結んだのだ。
それから急にカーニャはひどくなった。
カーニャは時々発作を起こし、ユア達を困らせるようになる。
今はひまわりハウスの地下につくったミーナとレティシア用だった部屋がカーニャの部屋だ。
ミーナとレティシアは立ち直りつつ有り、今は上のロフトで生活している。
カーニャはまるで監禁するようにそこに閉じ込めていないと、ユアが24時間一緒にいないといけなくなる。
そこにはカーニャの発作を収める工夫もされていて、一日程度はとどめておけた。
今日はねている間にユアが居なくなり、カーニャは左手を胸に抱きながらベッドで丸くなっている。
「ユア‥たすけて‥はやくあいたいよ」
もう何度目かわからない言葉を左手にかけるカーニャであった。
ユアが側に居ないと、幼く退行したカーニャの中では悪夢はまだ去らず、助けに来るのを待っているのだった。
そしてカーニャの本当の心は眠りにつく。
まるで抜き取られたように。
夜霧で夜明け前からかけているアミュア。
アミュアに前から抱きつくユアは泣き続けている。
「うっ‥‥うっ‥‥」
手綱を握るアミュアに正面から抱きつき、手足をからめ幼子の様に甘えるユア。
「ユア‥‥大丈夫きっと大丈夫だよ」
アミュアは夜霧を駆りながら、ユアを時々そういって励ます。
今日はシルフェニア方面に進んだ先のラウマの祠を目指しているのだ。
あの日マルタスの祈りの言葉で接続を回復し、今もっとも身近な祠がそこなのだ。
カーニャの事を相談するために。
旅程は半日かからない予定だ。
どんどんひどくなるカーニャの症状をなんとかしたくて、カーニャと結婚したユアだが、カーニャはより酷い状態になったのだ。
出かけることもいやがり‥‥服を着せるのひとつも大変なのだ。
「カーニャぁ‥‥クスン‥‥うっ‥‥」
ユアが傷つくとアミュアの心も痛い。
本当は幸せだけが続くはずの新婚なのだ。
妻と思い合って二人で過ごす時間も欲しかった。
その妻はもう一人の妻を思い涙を流し続ける。
それでもとアミュアは思う。
それでも救うとユアが決めて、支えると自分で決めたのだと。
アミュアは涙を流さない。
ユアを支えるのだと歯を食いしばるのだった。
カーニャはアミュアにとっても姉とも思う大切な存在だった。
「どうやらカーニャの心は肉体に有りません」
ユアとアミュアは女神の言葉にふるえて抱き合う。
「そんな‥‥ラウマさまいったい何処にあるのですか?カーニャの心は‥‥あの夜、月の下で確かにカーニャを感じたのに」
悲しそうに眉を落とすラウマ。
「この世界には居ないように思えます‥‥カーニャの心の波動を捕らえられないのです」
突然ユアが顔をあげる。
「そうか!」
女神ラウマもアミュアも驚いた同じ顔をユアに向ける。
「カーニャのお家でプロポーズしなおしたの‥‥カーニャがして欲しいって」
ユアはふるふると震えながら続ける。
「あ‥‥あのときキスをしたの‥‥カーニャの気配がとても濃かった‥‥あ‥あの別れる前のカーニャの気配がした」
女神もアミュアも声が出ない。
ユアの顔には絶望が張り付いている。
「き‥‥キスを終えたら、まるで‥‥お別れするみたいに笑って目をとじたの‥‥」
ユアの瞳から大粒の涙。
「あの日からカーニャの気配を一度も感じていない‥‥」
倒れそうになるユアをアミュアが抱きとめる。
「‥‥ラウマさま‥‥心は本来は何処に有るものなのですか?」
ラウマはそっと胸に手を当てる。
「心は何処にでもあって体の内外に広がっています。ユアもアミュアもわたくしにはそのあたたかな心で包まれて見えるのですよ。カーニャからは細やかな幼いそれしか感じません」
「ラウマさま‥‥円環で救えないのでしょうか?」
「それはもう試しているのですよ‥‥3柱の女神と4人の心を添えてなした円環でした。確かに魔王を封じカーニャを救ったはずなのです」
じっとユアの下腹部を見るラウマ。
「まちがいなく封印は作動し、そこに魔王は封じてあります。わたくしとノアそしてペルクールが同時にいなくなることでもなければ解けない封印です」
女神の眼にはユアたちに見えないものが見えているのだろうとアミュアは思う。
「‥‥探しに行こう」
「ユア?」
顔を上げたユアの瞳に久しぶりに見る光り。
「カーニャの心を探しに行く」
「ユア‥‥」
ぎゅっとアミュアはユアを抱きしめる。
「あてがあるのですか?ユア」
女神も答えを持たないようだ。
「カーニャは巫女の力を持っていたので、狂わずにあたしを待てたといいました。心を隠して守ったと。」
女神ラウマの目には理解の光り。
「なるほど‥‥巫女は自分の心を好きな場所に投射できると聞きました‥‥巫女に尋ねれば答えがみつかるかもしれません」
「巫女の居場所が分かるのですか?ラウマ様には」
アミュアの質問にも答える女神ラウマ。
「その体も魂もこの世界にはおりませんが、わたくしの世界に一人最高の巫女がいます」
きょとんのユアとアミュア。
アミュアが尋ねる。
「ラウマ様の世界ですか?」
「そうですわたくしのいくつもある世界の一つに巫女の魂を癒やしています。とても深く傷つき力を失っていたので、そういった魂を集めた世界を造り回復を待っているのです」
「そこに行くことが出来るのですか?」
「‥‥その世界にわたくしは訪れ干渉できますが、言葉を与える事が出来ないのです。そうのように約して作られているのです」
ユアは直感で答える。
「あたし達なら話せるってことですね?」
アミュアは理解が及ばない。
「そうです、ユアやアミュア達ならいざない戻すことがかないます」
じっと見つめあうように言葉が途切れる。
ユアはもう決意の目で女神ラウマを見る。
それはあの迷わず自分の命すらさしだしたユアの目だった。
アミュアは戸惑いを隠せない。
自分の理解できる情報ではないのだ。
女神はさらに告げる。
「その世界に踏み込めば、わたくしの言葉は言葉として届きません。祠を通して移動できますので、ここからいざないここに戻せるでしょう。巫女の名はエイリスと言います。史上最高の巫女にして‥‥最大の犠牲者でした」
アミュアもユアも聞き覚えのある名前だった。
「イーリスやエイシスのお母さんだ‥‥」
「うん‥‥マルタスさんが救おうとした幼馴染の巫女さん」
女神は笑顔を浮かべる。
「そのとおりです。一度戻りマルタスに相談すると良いでしょう。いつでも尋ねてきなさいアミュア、ユア」
そう告げると女神の気配は遠のき、世界が戻りゆく。
「ユア‥‥元気だしてね‥‥」
ささやくようにユアに向けた女神の声は、ユアに元気を与えてくれる。
それは神託の終わりにいつも見せてくれる、友への声だった。




