ちょっと寄り道
市場に近い古い家々が建ち並ぶ一角、アリスの家もそんな中の一軒だった。が、その庭は、周囲とは違い、異彩を放っていた。
「なるほど。売るほどあるわね」
「もとは母さんが料理用に植えてたんだけど、気がついたらこんなになっちゃったのよ」
アリスが苦笑いするくらい、彼女の自宅の庭先は香草に占拠されていた。
ローズマリーだけじゃない、ローズマリー以上に繁殖しちゃってるのは…イラクサとパセリね。
イラクサの侵食は凄まじく、家の敷地をはみ出して道にすら出ていきそうな勢いだ。路面が石畳でなければ、とっくにそうなっていただろう。
ご近所に飛び火したら、恨まれそうだなあ。
「ねえ。料理用に使うには、これは多すぎでしょう。ちょうど欲しかったのよ。私に売らない?」
ローズマリーもだけど、イラクサも欲しいわ。
その場で奥にいたアリスのお母さんを呼んでもらい、交渉を開始したが、よほどイラクサの処置に困っていたらしい。
「イラクサには困ってたんだよ。どこから種が飛んできたか知らないけど、抜いても抜いてもキリがなくってねぇ」
ああ、わざわざ植えたわけじゃなかったのね。そりゃあそうだわ。イラクサは繁殖力が強いから、植えたらとんでもないことになる。実際になってるし。
いくら食べられて薬にもなるといっても、普通の家庭で処理出来る量を超えて増えちゃってるわ。
「ローズマリーは適当に摘んで、イラクサは根ごと引き抜いて、うちの店に持って来てください。買い取りますから」
「助かるわ」
こちらこそ取りに行く手間がはぶけて助かります。
しかしローズマリーを少し分けてもらうだけのつもりが、ガッツリ仕入れをすることになってしまうとは思わなかった。
イラクサで欲しいのは葉と根の部分だけだが、茎も処理したら繊維問屋に引き取ってもらえるし、それが面倒なら乾かしたまま焚き付けにでもするから別に問題はない。
こちらの買値で、話も決まったしね。
面倒なイラクサの駆除も、お金になるなら話は別らしく、アリスと彼女のお母さんは、さっそく用意をはじめた。
ほんと話が早くて助かるわー。ありがとうございます。
「ああ、手袋なかったわ」
今日食べるために若葉を少し持って帰りたかったが、手袋を持っていなかった。イラクサはトゲだらけなので、手袋をせずには触れない。
うかつに触ろうものならトゲは皮膚に潜り込み、洗ってもまず取れず、一日二日は熱を持った痛みに悩むことになるのだ。
「どれだけ欲しいの」
摘むのをためらっているとアリスが戻ってきて、代わりに摘んでくれた。
「住所も聞いたから、夕方までには持って行くわね」
今は荷車をお父さんが使っているため、お弁当を届けるついでに取ってこないといけないらしい。手で持てる量じゃないからね。
ちょっと。いやかなり大量になるけど、イラクサの用途は多いし、乾燥させて保存しておけばいいから大丈夫でしょう。
すでにいつもの開店時間には間に合わないので、お父さんがいるという屋台に向かうというアリスと、途中まで一緒に行くことにした。
屋台のあるという場所は、前に行った古着屋のある区画と一緒だったので、ふとそこで会った騎士さまのことが頭をよぎった。
「じゃあ、私はここで」
「またあとでね」
アリスに手を振り、別れようとしたその時に、まさかその人に逢うとは思わなかった。
イヤな予感って、当たるんだなあ…。