第15話 噂は席を取ります
自分がどんな会を開いたか、私が知ったのは翌週だった。
十人もの歌姫を呼び、侯爵が一人ずつ宝石を渡したらしい。
「十八脚では足りませんね」
私が言うと、ロラン様は朝食の卵から顔を上げた。
「何がですか」
「歌姫が十人、お客様が十八人、私たちと犬です」
「犬に椅子は要りません」
「そこですか」
子爵夫人の手紙を読んで聞かせると、彼は呆れた顔をした。
「宝石を渡すなら、貴女に渡します」
「十人分?」
「一人しかいませんから」
「一人で十人分がよろしいのです」
彼が笑った。
「では、首が心配です」
私も笑い、手紙を畳んだ。
噂はその程度で終わらなかった。
次に届いた招待状には、私たちの音楽会で知り合ったという二人の名前が並んでいた。片方しか来ていない。さらに別の人は、私たちが冬の灯祭の催しを任されたので一度会いたい、と書いてきた。
引き受けた覚えはない。
伯母に尋ねると、返事は早かった。
――貴女の小さな催しが好評でしたから、皆様のお役にも立てるでしょう。ガストン卿とも相談いたしました。改めて連絡いたします。
「相談というのは、本人がいる時にするものではないのかしら」
「伯父は不在の人間を、最も賛成しやすい人間だと思っています」
ロラン様はその返書を、自分の方へ引き寄せた。
「こちらから断ります」
「私も書きます」
「二通?」
「二人の相談ですから」
彼が口元を緩めた。
私たちはそれぞれ断った。
そして、伯母たちは私たちが正式に引き受けるための挨拶を省略したいのだ、と解釈した。
*
伯母の茶会へ出たのは、その誤解を人前で終わらせるためだった。
ロラン様にも来ていただいた。仕事を片付けてから出ると言った彼が、私を先に行かせたのは、ほんの半刻の差だった。
その半刻で、人は十分に余計なことができる。
伯母は私の座る場所を、自分の隣に用意していた。
「貴女の旦那様は、本当にお忙しいのね」
「本日は後ほど参ります」
「新婚だからといって、いつも一緒にいるわけにはいきませんものね」
そう言いながら、彼女は私の向かいにリゼットを座らせた。
友人は私より驚いていた。招待状には私も来ると書かれていたらしい。
伯母がリゼットを招いたことは、以前ほとんどなかった。
私はその顔を見て、嫌なことを考えた。
私が来ると聞いて、断れなかったのだろうか。
あるいは、大きな茶会に呼ばれて少し嬉しかったのだろうか。
後者が頭に浮かんだことを、その時の私は気にも留めなかった。
「お父様の具合がよくなって、本当によかったわね」
伯母はリゼットへ言った。
「ありがとうございます」
「今度の灯祭では、若い方にも手を貸していただきたいの。ヴィヴィアンのお友達なら、安心だわ」
来た。
「伯母様、その件は」
「貴女には音楽の方をお願いするのよ。リゼットさんには、少しお客様の御案内を」
「私は引き受けておりません」
伯母の笑顔が薄くなった。
「そんなに難しいことではないでしょう」
「難しさの話ではありません」
「まあ。楽しい会を開いたと自慢していたのに、誰かのためにはしたくないの?」
周囲の婦人たちの視線が集まった。
私は一度、息を吸った。
「私たちは、友人を招きました」
「ですから、その御友人にもお願いしているのよ」
伯母の手が、リゼットへ向けられた。
私は彼女が何か答える前に言った。
「友人を、便利な人数にお数えにならないでください」
卓の端で、誰かの匙が止まった。
伯母は目を細めた。
「リゼットさん御自身に聞いているのです」
「彼女も、呼ばれたからといって何でも引き受けるほど、お暇ではありません」
言った時、リゼットの顔が変わった。
ほんの少しだけ。
私はそれを、伯母への困惑だと思った。
「そうですか」
伯母は声を柔らかくした。
「では、御自身から断ってくださればいいのに」
私はさらに言おうとした。
リゼットが、私より先に口を開いた。
「今回は遠慮いたします。父を長く一人にできませんので」
簡潔で、綺麗な断り方だった。
伯母は残念そうに頷いた。私は胸の中で勝ったと思った。
その勝ち方に、友人が入っていなかった。
ロラン様が来た時、話題は庭の花に移っていた。
彼は私の横へ立ち、伯母へ挨拶をした。それから、灯祭の音楽は担当しないと告げた。
「夫婦の意見です。小さな集まりを開くことと、そちらの催しを引き受けることは別ですので」
「もう皆様には、そうお知らせしてしまいましたのよ」
「では、訂正を」
すぐに返した。
そういうところが私は好きだった。今日の彼の速さは、私を守る方を向いている。
伯母は、口元だけで笑った。
「ヴィヴィアンは、あなたに甘やかされているのね」
「ええ」
彼は否定しなかった。
「私がしたいので」
何人かの婦人が、はっきり私を見た。
私は顔を熱くしながら紅茶を飲もうとして、もう冷めていることに気付いた。
*
帰り際、リゼットに声をかけた。
「一緒に乗っていかない?」
「今日は迎えが来るの」
「そう。それなら、また」
彼女は頷いた。
いつもなら一言余計なことを言う。それがなかった。
「リゼット?」
彼女は私を見た。
「貴女に、助けてと言った?」
私は返事ができなかった。
「助かったとは思う。ああいう時、貴女は早いから。でも、私が大きなお茶会に呼ばれると喜んで何でもする人みたいに言わないで」
「そんなつもりでは」
「そう聞こえたの」
伯母の屋敷の玄関だった。エマが少し離れて待っている。
私は急いで説明しようとした。伯母がいつもどうするか、私には分かるから。貴女に面倒をかけたくなかったから。
けれど、リゼットはそれを全部知っている。
知った上で言っている。
「ごめんなさい」
小さな声になった。
「私が先に断れるのも、待ってほしかった」
「……ええ」
「また、本を借りに行くわ。今日は帰る」
彼女はそう言って馬車へ乗った。
完全な拒絶ではなかった。そのことにすがりつきたくなる自分が、ひどく格好悪かった。
私たちの馬車が動き始めても、私は黙っていた。
ロラン様も、最初は何も聞かなかった。
「私の言ったことを、聞いていらした?」
「最後だけ」
「リゼットを怒らせました」
「そうですか」
「伯母から守るつもりで、私の方が嫌なことを」
喋りながら、あの一瞬に思ったことが戻ってきた。
呼ばれて嬉しかったのかしら。
私は、ちゃんと彼女を下へ置いたのだ。
「分かっている方の顔をしていたのね」
窓の外に目を向けた。道路の端を、二人の子供が走っていた。
ロラン様が私の手へ触れた。
「今、私に慰められたいですか」
「できれば。私が悪くないとは言わずに」
「それは言えません」
「では、何を?」
彼は少し考えた。
「貴女に、あのように言って帰る友人がいてよかった」
私は目を閉じた。
意外なところへ触られた気がした。
「まだ友人かしら」
「本を借りに来るのでは?」
私は頷いた。
「来たら、返事を考えながら聞くのをやめます」
「私は、よく失敗します」
「知っています」
「お互い、賢い顔は得意ですから」
少しだけ笑えた。
彼は私の手を、そのまま持っていた。
*
夜、私はリゼットへ短い手紙を書いた。
言われたことが分かったこと。彼女の代わりに怒って、彼女の言葉まで取り上げたこと。あの場に呼ばれて嬉しかったのだろうと、勝手に思ったこと。
最後の一文は、書くのに一番時間がかかった。
何度も、そこまで言わなくていいのではないかと思った。
けれど本を一緒に包んでくれた手の、繕われた手袋を思い出すと、これを書かない方が卑怯だった。
返事は、三日後に来た。
――嬉しかったわよ。綺麗なお菓子も、大きな窓も、私は好き。でもそれと、何でもすることは別でしょう。
私は、その行を二度読んだ。
続きには、来週本を借りに行く、焼き菓子を取っておいて、とあった。
私はロラン様の書斎へ行き、手紙を持ったまま扉に額をつけた。
開いた扉に押されそうになって、慌てて身を引く。
「どうしました」
「リゼットが来ます」
「よかった」
「お菓子を取っておいてと」
「半分なら」
「全部です。貴方の分は別に頼みます」
彼が笑い、私はその胸へ顔を伏せた。
夫に甘やかされている。
伯母は、そこだけは正しかった。




