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【一巻完結】✩ 星編みの魔法使い ✩(再編版)  作者: 七瀬朔
第七章 迷い猫の行方

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9/9

第九話 猫と一緒に拾った青年

こちらは再掲載版です。

第一巻は全40話完結済みです。

初めての投稿でしたので、読みやすさを意識し、話数の区切りや改行を一部見直しています。

改めて、どうぞよろしくお願いいたします。

「レア様?」


 有紗が聞き返すと、青年の紫色の瞳がゆっくりと揺れた。


 遠い場所を見ていた視線が、ようやく目の前の有紗へ戻ってくる。


 自分がその手を強く握り締めていることに気づき、青年は僅かに指を緩めた。


「……失礼いたしました。人違いです」


「そうなの?」


「はい」


 青年は有紗の手を離し、壁へ手をついて立ち上がろうとした。


 だが、指先が離れた途端、顔から再び血の気が引く。


 膝が崩れ、その身体が大きく傾いた。


「危ない!」


 有紗が咄嗟に腕を掴む。


 触れた場所から白金色の光が広がると、青年の強張っていた呼吸が僅かに緩んだ。


「やっぱり、まだ痛いの?」


「……先ほどよりは、随分と」


 青年は有紗に掴まれた腕を見下ろした。


「どうやら、あなたに触れている間だけ、痛みが和らぐようです」


「手を握っていればいいの?」


「それだけでも。ただ――」


 青年は少し考え、慎重に言葉を選んだ。


「触れている場所が広い方が、より楽になるように思います。先ほどは、手だけではなく腕まで触れていましたので」


 シャロウの眉間に、深い皺が寄った。


「随分と都合のいい症状だな」


「私も、そう聞こえるだろうとは思います」


「否定しねえのかよ」


「事実を申し上げただけですので」


 青年は穏やかに答えたが、まだ有紗に支えられていなければ立っていられないらしい。


「そういえば、お名前を聞いていませんでした」


「申し遅れました」


 青年は姿勢を整えようとして、僅かによろめいた。


「リュシアンと申します」


「リュシアンさん」


 有紗は確かめるように、その名を繰り返した。


「私は有紗。こっちはシャロウ」


「シャロウさんのお名前は、先ほどから何度か伺っております」


「誰が何度も呼んだんだよ」


「私かな?」


「お前以外にいねえだろ」


 有紗は納得したように頷くと、腕の中のルゥを抱き直した。


「私たち、ルゥを薬舗へ連れて帰るところなの。リュシアンさんも一緒に行こう?」


「ですが、これ以上ご迷惑をおかけするわけには……」


 リュシアンは有紗から離れようとした。


 だが、触れ合う場所が減った途端、呼吸が僅かに乱れる。


「やっぱり、まだ痛いんでしょう?」


「……触れている間は、随分と楽になるようです」


 有紗は空いている側の肩を、リュシアンへ向けた。


「じゃあ、ここにつかまって」


「しかし――」


「薬舗までだから。ね?」


 リュシアンは僅かにためらったあと、有紗の肩へ右腕を回した。


 身体が近づくと、浅かった呼吸が少しずつ整っていく。


 黒紫色の長い髪が、有紗の肩へさらりと落ちた。


「……随分、楽になりました」


「近すぎねえか?」


「離れたら、また痛くなるよ」


「……分かってる」


 シャロウはリュシアンを一度じろりと見た。


挿絵(By みてみん)


「薬舗までだぞ。途中で無理になったら、黙って倒れずに言え」


「承知しました」


 シャロウは先に倉庫の出口へ向かった。


 その後ろを、ルゥを抱いた有紗と、有紗の肩へ身を預けたリュシアンが、ゆっくりと歩き始めた。


 薬舗へ戻ると、主人は有紗の腕の中にいるルゥを見るなり、カウンターを回り込んできた。


「ルゥ!」


 差し出された腕へ、白い猫が飛び移る。


 主人は何度も名を呼びながら、その小さな身体を抱き締めた。


「本当に……ありがとうございました」

「怪我もなさそうです」

「よかった……」


 ルゥは主人の胸元で一度だけ鳴き、それから安心したように目を細めた。


 主人は猫の身体をひと通り確かめたあと、ようやく有紗の隣に立つ青年へ目を向けた。


「……そちらの方は?」

「ルゥと同じ倉庫にいたの。具合が悪いみたいで」

「ご心配には及びません」


 リュシアンは穏やかに微笑んだ。


 だが、有紗の肩へ腕を回したままでは、その言葉にもあまり説得力がなかった。


「奥に椅子がございます。少しお休みになりますか?」

「いえ。ここまで来れば大丈夫です」


 リュシアンは丁寧に頭を下げた。


 主人はまだ心配そうだったが、ひとまず奥から包みを持ってきた。


「紫音先生から頼まれていた薬品です。遅くなってしまって、申し訳ありません」

「これで紫音くんの実験も進められるね」


 有紗が包みを受け取る。


「では、私はこれで失礼いたします」


 リュシアンは有紗の肩から、ゆっくりと腕を外した。


 一歩、離れる。


 その途端、顔から血の気が引いた。


 胸元を押さえ、身体が僅かに傾く。


「リュシアンさん?」


 有紗が咄嗟に腕を支えると、再び白金色の光が淡く広がった。


挿絵(By みてみん)


 強張っていたリュシアンの呼吸が、少しずつ和らいでいく。


 シャロウはその様子を見て、低く息を吐いた。


「猫は返した。薬も受け取った。次はこいつか」

「拾われたつもりはありませんが」

「自分で歩けるようになってから言え」


 リュシアンは何かを返そうとしたが、有紗に支えられたままでは反論しづらかったらしい。


 困ったように微笑むだけだった。


「紫音くんなら、何が起きてるか分かるかもしれないよ」

「ですが――」

「ここで倒れられる方が困る」


 シャロウが先に言った。


「研究棟まで来い。話はそれからだ」

「……ありがとうございます」

「礼は歩けるようになってからにしろ」


 こうして有紗たちは、予定になかった客人を連れて研究棟へ戻ることになった。


 研究棟へ戻るまで、リュシアンは有紗からほとんど離れられなかった。


 一度は自分だけで歩こうとしたものの、数歩進んだところで顔色を失い、膝をつきかけた。


 そのため今は、有紗の肩へ右腕を回し、支えられながら歩いている。


 長い黒紫の髪が、有紗の頬へ時折触れた。


「重くありませんか」


 耳元で、リュシアンが申し訳なさそうに尋ねる。


「大丈夫です」

「無理をなさらないでくださいね」

「無理してんのはお前だろ」


 前を歩いていたシャロウが振り返った。


「悪いと思ってんなら、もう少し自分で立て」

「努力はしています」

「結果が伴ってねえな」


 リュシアンは言い返さず、僅かに有紗へ寄りかかった。


「シャロウ。痛いんだから仕方ないよ」

「分かってる」


 シャロウは眉間へ皺を寄せたまま前を向く。


「分かってるけど、何でそんな馴染み方が早えんだよ」

「何か言った?」

「何も言ってねえ」


 有紗の腕には、紫音から頼まれていた薬品の包みが抱えられている。


 猫を捜しに出ただけだったはずが、帰りには薬品だけでなく、見知らぬ青年まで増えていた。


     ◇


「猫を捜しに行ったはずですが」


 研究室の扉を開けた紫音は、三人の姿を順に見た。


「ルゥは見つかったよ。無事に薬舗へ戻れたの」

「それは何よりです。では、その方は?」

「ルゥと同じ倉庫にいたの。リュシアンさん」

「猫と一緒に増えた」


 シャロウが付け加える。


「拾われたつもりはありませんが」


 リュシアンは有紗の肩へ腕を回したまま、僅かに頭を下げた。


「リュシアンと申します。突然押しかけてしまい、申し訳ありません」


 紫音の視線が、リュシアンの青白い顔から、有紗と触れ合っている腕へ落ちる。


 その周囲には、白金色の光が淡く滲んでいた。


「触れている間だけ、症状が和らぐのですか」

「そのようです」

「詳しく確認します。診察室へ」


「薬品は?」

「そこへ置いてください。今は、その方が先です」


「俺たちは猫を返しに行っただけなんだけどな」

「有紗を連れて出た時点で、何か増える可能性は考慮すべきでしたね」

「どういう意味?」

「そのままの意味です」

読んでくださってありがとうございます。

続きも読んでみようかな、と思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると大変励みになります。

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