第八十四話
乾いた風が砂を巻き上げ過ぎ去っていく。
――衝撃的な過去だった。
「彼女は本当に亡くなったのですか……」
ミュアンはボソッと俯いて呟いた。ステラミリスとは同じ歳で、交流もあったのだ。まったく知らない相手ではない。
「私が調べたわ。国民には知らされてないけどステラミリス様は亡くなっていた。内部紛争に巻き込まれた事になってね。これは国王もそう知らされているわ。あの日死んだはずなのに、その一週間後に亡くなった事になってね……」
「そうですか……」
「俺は結婚したって事だけ知っている事になっていた。そして腑抜けになったって事にしたのさ」
その場がずんと重くなった感じだ。
「気持ちはわかりますが、まだ十六、七ぐらいの彼女にスパイの様な事をさせていたのですか?」
「気持ちがわかるだと?! お前なんかにわかってたまるかよ! 十七年だぞ! 十七年間ずっと機会を伺っていたんだ! その間、クレにこのまま二重スパイをさせていいのかって何度も自問したさ! けどな彼女の協力なしじゃ出来なかったんだ!」
トンマーゾはレオナールを睨み付けて叫んだ! レオナールは彼の気迫に押され、すみませんと謝る。
「この王子にはわからないって。私がそうしたかったからしていたんだ。今日この時をどれ程待ち望んだ事か。私が騙されトンマーゾを見張っていたせいで、ステラミリス様を助け出すチャンスを逃したんだ。私は必死だったよ。あいつに信頼されるようになるよにね」
クレは涙を溜めてそう語った。
「ねえ、俺に何をさせる気だったの? サンチナドだっけ? この人、俺の事知らなかったようだけど?」
「知っている訳ないでしょう? 下っ端の事なんて……」
エイブの質問にクレが答える。
「って、俺の事をひた隠しにしていたよね? ずっと不思議だった。あんな怪我していたのに王宮から連れ出して、俺一人違う場所だったし。皇帝を助けたって言った時だって殺さずにパンチ一つだったし。あの水を飲ませたのだって何か意味があったんだよね? 実験以外の意味が……」
ジッとエイブはトンマーゾを見つめる。
「魔術師を見つけた事を隠しておきたかったんだ」
「隠しておきたいって、何で俺を魔術師の組織に誘ったの?」
「それは……奪われたくなかったからかな」
レオナールの方を向いてトンマーゾは言った。
「何ですそれは……。どういう意味ですか?」
「エイブは、この世界に……人間に嫌気がさしていた。ほおっておけば、いずれおたくの国に行ったかもしれないだろう?」
ハルフォード国に逃げ込むかもしれないという意味だ。
「まあ、確かにないとは言えなかったかもしれないけど……。何故、彼女を――クレメンディーナさんを俺に紹介して騙したんだ?」
「それもあんたのせいよ」
今度はクレがレオナールを見てそう言った。
「……何でもかんでも私のせいにしないで頂きたいのですが」
ため息交じりにレオナールはそう言った。
「嘘じゃないわ。サンチナドはあなたの魔術師宣言にかなり焦っていたわ」
クレは詳細を話し始める――。
――サンチナドの思惑とは違い、思ったより薬師も魔術師も手に入らなかった。特に魔術師は、見つける事さえ困難だった。人に知られない様にして過ごしているから当たり前だ。
薬師もこんな小さな国にこようとする者も少ない。集めるのにお金がいる。そこで資金集めをする事にした。薬師を略奪し売りつける事にしたのだ。そして魔法陣による刻印の練習台にもした。
組織が欲しいのは優秀な薬師だったので、目についた者を連れ去っていた。だがそんな事をすれば、薬師を人身売買している組織があると知られる事になる。
そんな時、レオナールが魔術師だと名乗りを上げたのだ! これにはサンチナドも驚いた。しかもこっそりと魔術師を受け入れているのだ。そこで調べさせるとコーデリアがいた! 一体に何を企んでいるのかと監視する事にする。
サンチナドにしてみれば、色々用意が整った後、魔術師の国と名乗りを上げ世界に宣戦布告をする予定だった。魔術師を受け入れる国は仲間に、拒否をする国には制裁をすると掲げるつもりだった。だがそれは、魔術師の国が一カ国だから成り立つ。先に名乗りを上げられ、魔術師を集められてはこの作戦は台無しだった!
更にレオナールはエクランド国と手を組んで、薬師を集めているのが魔術師の組織だと見破り、本格的に乗り出して来たのだ。彼のお蔭でサンチナドの計画は大いに狂った。こうなったらもう昔の様に三カ国で手を組むしかない。いや強制的に配下に置く事にする。
ハルフォード国は、外からの接触は無理なのはわかっていた。だから折を見て仕掛けるつもりだった。ヴィルターヌ帝国からそうするつもりで皇帝を拉致した。ついでに文献も処分しようとするも皇女がそれを持ち出し、事もあろうかエクランド国に助けを求めに行ったのだった。
そこでトンマーゾに殺させる事にした。サンチナドからすれば、どちらが死んでも構わなかった。しかしそれもレオナールに邪魔される。彼がいては事が進まない! 始末する事にする。ハルフォードに呼び戻すも失敗し、しかもヴィルターヌ帝国に結界を張った!
そこで噂を流し彼に堂々と刺客を送り込んだ。『魔力を練れなくする水』の有効性も試す事にするも今度はトンマーゾに邪魔される!
しかもクレが、ミュアンと共にレオナールが逃げたと連絡を寄こす。向かう先は封印の場所に違いないと自ら出向く事にする。クレも名誉挽回したいと名乗りあげ連れて行ってもらう事に成功する。
コーデリアも呼びつけ、全員始末するつもりだった。水の効果は実証済み。コーデリアとミュアンの魔術さえ封じれば、サンチナドにとっては後は怖くないはずだった。
クレ達にチャンスが訪れた! 今しかない! トンマーゾと打ち合わせは出来ていないが、何とか場所だけは伝える時間があった。
こうして十七年の想いは遂げられたのだった――。
「それはつまり、私が邪魔ばかりしていたと言いたいのですか?」
眉間に皺をよせレオナールは言った。そんなつもりはなかったが、何故かそうなったようで、自分で邪魔をしたと自覚しているのは、イリステーナを殺そうとしたのを阻止した時だけだった。
「いや、あなたのお蔭で早く決着がつけられたって事よ」
「あのさ、俺の質問の答えになってる? 今の話……」
エイブは不満そうにクレに言う。
「負い目からトンマーゾに協力するようにする為よ。これでいい?」
「しかしまさか、あんな馬鹿な真似するなんてな……。一度目の前で見た物を真似てみようと思うなんて考えもしなかった。俺もドジってばれちまうし……」
「私もよ。ハルフォードの方に捕まるなんて思いもよらなかったわ。しかもこっそり精神体でティモシーに接触しているし」
「え?! 知って……見ていたの!?」
ヤバッとクレは、手で口を押える。
「まあ、そのお蔭でティモシーがミュアンの子だと知るきっかけになんたんだからな」 チラッと横になるティモシーを見てトンマーゾは言った。
「でもあなた、結構サンチナドの懐に入っているようでしたが、その時に手を下せそうな気もしますが……」
レオナールの言葉にトンマーゾが睨み付ける。
「手まで汚させる訳ないだろう!」
「そういう意味では……」
「城の中では無理よ。周りに薬師も魔術師もいるのよ。即死させない限り成功はあり得ない。それに目を付けられて刻印を付けられるたら私は動けなくなる」
「刻印って魔法陣のですか?」
「首の後ろのやつだ。俺達の国では国を出て行くやつは、居場所を把握する為に必ずつけられるのさ」
「本当ですかそれは?」
レオナールはミュアンを見て問う。
「えぇ。両国はそういうしきたりになっていたわ。まあ、国を出て行きたがる者などほとんどいませんけどね。国の外は魔術師が住みづらい世界だと皆知っていますから……」
「でもさ、刻印って上書きで消せるよね?」
だいぶ顔色も良くなったティモシーがミュアンに聞いた。
「施した者より能力が上じゃないと、上書きは出来ないわ。普通は王族が行うの。だから上書きは不可能に近いわね」
「なるほど。そうやって魔術師の流出を保っていたのですね」
レオナールは関心して言った。
薬師の技術を盗む為に国の外に出れば、魔術師にとって居心地が悪い事はわかる。それに刻印で監視されるとなれば、国から出て行こうなどと考えない。
「お聞きしたいのですが、薬師の村人全員を拉致したのもやはりあなた達ですか?」
「は? 村人全員?」
レオナールの突然の問いにトンマーゾは何を言っているんだという感じのリアクションを示すもクレは目をそらす。
「ご存知なのですね?」
「そこまでしていたのか!?」
「ここ最近、国に送られている者達以外の者で、薬師集めをしていたわ。村に内通者を作り、数時間で連れ去る事が出来たみたよ……」
「俺はそんな話聞いてないぞ!」
「言ってないから……」
「じゃ……ダグさんの村を襲ったのも魔術師の組織だったんだ……」
ティモシーがボソッと呟いた。
「多分大半の者が望んでいた組織の在り方と違ったと思うぜ。サンチナドは最初から仲良くするつもりはなく、配下におくつもりだったんだろうな。魔術師も人間も。魔術師の世界なんて上辺だけで、独裁するつもりだったんだろう。勿論メルヒオル様もな」
トンマーゾは悲し気な顔でそう語る。
「そう言えばサンチナドは、王になると言っていましたが、王女がおりましたよね? どういう意味だったのでしょう?」
「辞退したんだろうよ。今の国を治めるのは彼女では無理なのは、自分自身でもわかっていたんだろう。どちらにしても結婚した時に王位を継承していないんだ。メルヒオル様にさらさらそんな気がなかったのはわかっていただろう」
「そうね。彼女も勘づいていたかもね。妹が殺されたかもしれないって。どう見ても逆らう彼女を国から追い出した様にしか見えなかったでしょうから。ただメルヒオル様も自分の娘に手を掛けるつもりはなかった。だから追い出すだけにしたんでしょう」
トンマーゾとクレの話を聞き、レオナールは大きなため息をついた。
王位継承の話は、自分にとっても問題ある話だ。一歩間違えば内部で争いになる。胃が痛くなる問題だった。




