第八十二話
辺りに魔術で巻き上がった砂埃が舞い上がる!
ティモシー達は、レオナール達の様子を伺っていた。――魔術を感じたからだ!
一体誰が……。
砂埃が晴れ、全員が驚いた!
「トンマーゾ! どうしてあなたが!」
叫んだのはレオナールだ。
「どうして貴様がここにる!」
「どうして? その答えを聞かなくてもわかっているだろう? やっとチャンスが巡ってきた。……いや、思っていたよりずっと早かったかな。覚悟はいいなサンチナド!」
サンチナドは、トンマーゾ返答に舌打ちする。
「クレ、お前、トンマーゾは眠らせて……」
ビシャ!
話しかけてられていたクレが突然、サンチナドに水を掛けた! いわずとも周りはその水が何なのかわかった。魔力を練れなくする水だ!
「貴様! 寝返っていたか!」
サンチナドはそう言ってクレを蹴り飛ばす! 彼女は思いっきり吹き飛ばされるが走り寄っていたエイブに抱き止められた。
「……あれ? 痛くない?」
驚いてクレは、ボソッと呟いた。確かにサンチナドに蹴られ飛ばされたはずなのに、蹴られたところがほとんど痛くないのだ。
「俺が衝撃を吸収する結界を張ったからね」
「え? エイブ、あなたいつの間に……。いやそれより結構離れていたと思うけど……」
「この結界は見える範囲なら俺は張れるんだ」
エイブはクレが蹴られる瞬間に、ピンポイントで結界を張った。それはクッションの役割をはたし、クレは吹き飛ばされるもほとんど蹴りによるダメージはなかった。
「ほう。さすがミュアンだ。腕のいい魔術師を連れて来てる」
「相手は俺だ!」
感心しているサンチナドにトンマーゾは、男の剣を拾い彼に切りかかる!
サンチナドも腰下げていた剣でそれを受け止めた。
「やっぱり殺しておくんだったな!」
トンマーゾは、マジックアイテムでサンチナドも魔術は効かないだろうと思っていた。剣で倒すしかない!
「母さん、俺も参戦した方がいい?」
「そうねぇ。彼はそれは望んでいないと思うけど……」
彼とはトンマーゾの事だ。どう見ても恨みを晴らす為の行為に見えた。それならば邪魔をしないほうがいいだろう。
「レオナール王子の方へ行きましょう」
ティモシーは頷く。
二人が移動を始めると、エイブ達もレオナールの場所に移動した。
「これは一体どういう事です? 不可解な行動があると思ってはいましたが……」
レオナールがクレを見て言った。
「勘違いしないでね。私達は別に魔術師の組織にたてついている訳じゃなく、個人的に彼に恨みを持っているのよ。彼は、トンマーゾの婚約者を殺し……」
「余計な事、話してんじゃねぇ!」
クレが話していると、トンマーゾが叫んできた。
「あ……」
コーデリアが小さく呟いた。
「どうしました?」
それを聞きとめたレオナールが聞いた。
「トンマーゾってどこかで聞いた覚えがあると思ったらステラミリス様の婚約者……」
「なんですって! では、彼女は殺されたのですか!」
コーデリアの話にミュアンは驚いて声を上げた。それにクレは頷く。
「ふん。俺は何もしていないがな!」
ミュアンの声が聞こえたのかサンチナドはトンマーゾを切りつけながら言った。
剣術はサンチナドの方が上らしく、トンマーゾは既に血まみれだった。
「あれでは恨みを晴らせそうもありませんね。……ティモシー私達も参戦しますよ!」
「ダメです!」
ミュアンの言葉にクレは慌てて止めた。
「彼では勝てませよ!」
「魔術はダメと言っているのよ! 彼が身に着けているマジックアイテムは魔術を反射させる結界よ!」
それは攻撃すれば跳ね返ってくると言う事である。
「じゃ、俺だけで行くよ」
「来るんじゃねぇ!」
トンマーゾが叫ぶ。
「悪いですがそういう訳には行きません! あなた達には生き証人になって頂きます!」
レオナールはトンマーゾに叫び返した。
「私も参戦します。ミュアンさん、ここをお願いします」
「そうね。気を付けて」
レオナールの言葉にミュアンはそう返すと、彼は頷いた。
「いきましょう!」
ティモシーとレオナールは、二人に向かう。
「ぐあぁ!」
と、ティモシー達の方にトンマーゾが蹴り飛ばされてくる。
「くっそ……」
トンマーゾは体を起こしサンチナドを睨むと、サンチナドはニヤッとする。
ワザとなのかそれとも上手く避けているのかはわからないが、トンマーゾはあちこち傷だらけだが深い傷はないようだった。
「やばい! 来るな!」
ちょうど二人がトンマーゾが倒れた辺りに来た時だった。サンチナドが何かを投げて来た。それがあの黒い石だとわかるが、二人は魔術が使えないので結界を張れない!
トンマーゾが何とか結界を張り防いだ。
「あぶねぇ……」
「ティモシーは!?」
レオナールはティモシーがいない事に気が付き、サンチナドに振り向く。
ティモシーは黒い石が投げられた時、そのまま突き進んでいた! ティモシーのまさかの行為に隙が出来、ティモシーの蹴りにサンチナドは吹き飛ぶ!
ティモシーはすぐに次の攻撃仕掛けようとするが、サンチナドが剣を擦ったのを見て、咄嗟に飛びのいた! 直ぐに光の刃が飛んできてティモシーが先ほどいた場所を抉った!
「ほう。どけたか」
(ハミッシュ王子が使っていたのって、こいつらが作ったやつだったのか。だったら……)
ティモシーは立ち上がるとまたサンチナドに走り出した。
「こういう手は使いたくないんだけどね!」
そう言ってティモシーは手をサンチナドに向けた。手からは砂が飛んでいく! 起き上がる時に掴んでいたのだ。それは彼の顔を直撃した!
「貴様!」
砂が目に入りサンチナドは目を瞑る。その隙にティモシーは、彼の手を蹴り上げ、剣を上に飛ばし上げた!
「トンマーゾさん! あなたならどうにかできるよね!」
落ちて来た剣を思いっきり蹴り飛ばした! 剣は真っすぐにトンマーゾに飛んでいく!
「ちょ! お前、危ないだろう!」
トンマーゾの横に、見事に剣は突き刺さった!
「凄いコントロールだね……」
エイブはボソッと呟いた。
(よし! 剣は何とかなった! 後は石を持っていても呪文を言わせなれば……)
ティモシーはサンチナドに攻撃を仕掛けようとすると、キラッと光る物が見え咄嗟に後ろにどけ回避した。
「ナイフ!?」
「これには毒が塗ってある」
サンチナドの言葉にティモシーは、間合いを取った。嘘か本当かわからないが、本当ならかすり傷さえ致命傷になる。
「おら、どうした?」
剣と違いナイフのう攻撃は素早い。足が砂場だという事もあり、ティモシーは避けるので精一杯になっていた。別にかすってもいいのなら、攻撃に出るのだが踏ん切りがつかない。
と、突然サンチナドが足を振り上げた。いや、ティモシーに向け砂を蹴り上げたのだ! さっきの仕返しとばかり掛けられた砂は、ティモシーに降りかかる。
咄嗟に目を腕で庇ったので目に入らなかったが、気づけばサンチナドが目の前に迫っていた!
どけられないと悟ったティモシーは、サンチナドが振り下ろして来た腕を掴み投げ飛ばす!
(焦った……)
「この俺を投げ飛ばすなんてな!」
その言葉と一緒にサンチナドは、ナイフを投げ飛ばして来た! 安堵して隙を作っていたティモシーの左太ももに突き刺さる!
「あぁ……!」
「ティモシー!」
ミュアンの叫び声が聞こえ、ティモシーはその場に倒れ込んだ!
(今のところは痛いだけ? 毒は塗られていない?!)
「……っつ」
手が触れていないのにナイフはティモシーの太ももから抜け、サンチナドの元へ戻って行く! 太ももからはどくどくと血が溢れだす。
「エイブ、あなたはここに! レオナール王子一緒にお願いします!」
ミュアンはそう言うと、ティモシーに走り出した!
サンチナドは太ももを抑えるティモシーからミュアン達に目を移す。
「残念だが間に……うん?」
見える範囲にトンマーゾがいないと気づき、後ろの気配に振り向くと、トンマーゾが後ろに立っていた! サンチナドがティモシーに気を取られている隙にこっそりと後ろに回り込んでいたのだった!
トンマーゾは、サンチナドのナイフを剣で叩き落とすと踏みつけた。そして、剣でサンチナドの胸を刺した!
「待ちなさい! トンマーゾ!」
レオナールが叫ぶも遅かった! 剣はサンチナドの胸を貫通した!
「魔術師の王子よ。悪いがこれだけは譲れないんでな!」
慌ててレオナールは、サンチナドに駆け寄るが、彼は息絶えていた!
「あなたの気持ちもわかりますが、これでは……」
「俺がこいつの下いたのはこの為だ! 生き証人? こいつがしゃべるかよ! 色々でっち上げるに決まっているだろう!」
二人は睨みあう。
「ティモシー!」
「やばいよこれ。血が止まらない!」
ミュアンが叫び、エイブは青ざめて呟く。
ナイフに塗られていたのは、毒ではなく血が止まらなくなる薬だった!
ティモシーの顔は血の気がひき青白い。
(今度こそ死にそう……)
「これを使いな」
トンマーゾは、袋を渡した。
「止血剤だ。こいつならこういう方法をとるかもしれないと用意しておいた物だ」
「ありがとう」
ミュアンは素直に使おうとする。
「それ使うの? 大丈夫? 逆にあの男に使おうとしていた物かもしれなくない?」
「今それを私に渡したとして、彼は私に何をしたいと? 毒など渡さなくとも放っておけば、ティモシーは死ぬのですよ」
エイブが言うとミュアンはそう返す。トンマーゾを信じているというよりは、今の状況で毒を渡す意味がないという事である。
ためらいなくミュアンは止血剤を使った。少しすると血は止まった。
「止まったみたいね」
ミュアンは安堵して言った。それを聞いた周りも安堵する。
(俺、助かったのか……)
ボーっとする頭でティモシーは思った。
「あ、ありがとう。トンマーゾさん」
「ふん。優秀な魔術師を失うのは勿体ないからな」
「もしかしてあなた、この男に変わって、魔術師の組織を……」
「俺はそんな器じゃねぇよ」
レオナールの言葉にそのつもりないとトンマーゾは返す。
「ただ俺は、魔術師はなくしたくねぇ。どっちにしても今日は魔法陣で結界を解除する事は出来ないだろうけど、やめてくれないかそれ。こいつは死んだ。もうお前らを狙う事もない。それでいいだろう?」
トンマーゾは、ティモシーの横に座っているミュアンを見下ろし真剣な顔で言った。ここに来たもう一つの目的だった。
「それは出来ませんね。彼の意思を継ぐ者がいれば、同じ事が起こる可能性がありますからね。黒い石の事もありますし」
答えたのはレオナールだ。
「あんた、魔術師じゃなくなってもいいのかよ?」
「えぇ、構いません」
「は? じゃ何故魔術師だと名乗った!」
「それは私も軽率だったと後悔しております。魔術師の保護という観点から言えば、魔術師をこの世からいなくなる方法の方がいいでしょう。その方法があるのですから。魔術がなくとも生活していけるのが実証もされています」
「何言ってやがる。魔術を封じられて、殺されかけた奴がよ!」
「な……」
二人はまた睨みあった。
「そうねぇ。私もレオナール王子のいう事は一理あると思うわ。でも私は、あなたと違って偽善者ではないのよ」
「偽善者って……」
「本音を言えば、放っておいてくれるのであればどちらでもいいのよ……。私は国を捨てたのよ。大それた事を言える立場じゃないわ。託された事も放棄した。やろうと思い立ったのは自分と家族の為。他人の為じゃないのよ」
ミュアンはレオナールを見つめ言った。
「でも本当に首謀者がサンチナドなのか聞きたいわね。ステラミリス王女がどうやって殺されたのかも。それを聞いて決めるわ」
今度はトンマーゾを見てミュアンは言う。
「知りたいのなら教えてやるが、サンチナドが死んだんだ。魔術師の組織がサラスチニ国の手の者だったと知れるだろう。そうすれば否が応でもミュアン、お前達の事も知れる事になる」
「そうなるかもしれないわね……」
そう言いつつも目線はトンマーゾから外さない。
トンマーゾは軽くため息をついた。
「わかったよ。まずは話す」
「お願いするわ」
ミュアンはニッコリ微笑んだ――。




