第六十話
ティモシーとミュアンは二人っきりで部屋に居た。
「母さん……」
ソファーに座るミュアンの前にティモシーは立ち話しかける。
「俺、ちゃんと話を聞きたいんだ。その……どんな話を聞いても母さんの事は嫌いにならないから……」
ジッとミュアンは、ティモシーを見つめた。
「嫌われるから話さない訳じゃないわ。私の心の準備が出来ていないからが正しいの……」
「母さん……。もしかして、一人で何とかしようとしているの? それ、陛下とかレオナール王子とかと一緒に出来ないの?」
ミュアンは、首を横に振った。
「レオナール王子にはきっと、荷が重いわ。陛下に話せば色んな物を背負わせる事になる。あなたもそうよ。出来ればあなたには背負わせたくない。わかってるわ。私の我が儘だって」
「母さん一人じゃ、無理だよ。トンマーゾさんって言う人は切れ者だよ。俺、その人に首の後ろに刻印を刻まれたんだ。俺は、その人からは逃れられない! 逃げるだけじゃだめなんだよ! 背負うとかじゃなくて、協力しあって行こうよ」
ミュアンは頷いた。ティモシーはホッとする。ミュアンは、ティモシーの手を引っ張り引き寄せると彼を抱きしめた。
「私達の命を狙うのは、魔術師の組織ではないわ。ヴィルターヌ国とハルフォード国よ。レオナール王子に頼ると彼はきっと板挟みになるわ。魔術師の組織は、邪なるモノを開放するつもりなのよ。それには、三カ国にそれぞれ伝わる呪文が必要でね。どれか一つでもかければ、それが出来ない」
ティモシーは、ミュアンの胸の中で目を見開いて驚く。
「そ、それって……。魔術師の組織を潰すより俺達を殺した方が楽って事だから襲ってくるって事?」
「そうよ。私達は魔術師の組織に捕まっても直ぐには殺されないでしょう。ですが、二カ国は刺客を送ってくるかもしれないわ。もしかしたら手段を選ばないかもしれない」
「ねえ。それなら陛下にお願いしてもいいんじゃない?」
ミュアンは、ティモシーを離し顔を望み込む。
「封印を解かれると魔術師はタダの人間になるの。彼らはそれを知られたくはないはず。知られれば、魔術師の組織だけではなく、他の者もそうしようと企てるかもしれないから……」
「で、でもそれっておかしくない? 魔術師の組織の人達だって魔術師じゃなくなっちゃうって事だよね? 何のメリットがあってそんな事を……。それにエイブさんは、目的は魔術師の世界の復活って言っていたよ」
ティモシーは、ジッとミュアンを見つめ問うと、彼女は俯いた。そして、暫くして語り出す。
「そうですか。復活でしたか。ですが二カ国にしてみれば、どちらも妨げたいでしょう」
(そうかもしれないけど、今の間って何? まだ何か隠している?)
「状況はわかったけど、それずっと逃げ回る事になるよね? 流石に無理だと思うけど……」
「私もいつかはこの日が来ると思って色々準備はしていたのだけど、まだ整ってないのよ」
「準備?」
ミュアンは頷いた。
「例えば、魔術と調合の融合とか」
「え!」
ミュアンは、色々と研究をしていたのだった。
「まあ、戦うのにはこれは不向きだけど。そういう様な事をしていたの。兎に角ここにいては、エクランド国まで巻き込まれる。だから明日の早朝にここを出るわよ。いいわね!」
トントントン。
「ティモシーちょっといいかな?」
ドアがノックされ声が掛かる。
「あ、ダグさんだ」
「いいわよ」
ティモシーがミュアンを見るとそう言った。ティモシーはドアに向かい開けた。
「ティモシー、ちょっと話が……って、母親?」
ティモシーが頷く。
「本当にお前に似て美人だな……。あ、この場合逆か……」
「で、何?」
ダグはチラッとミュアンを見る。
「私がいると話しづらいかしら?」
「あ、いえ……」
「五分ほど外すわ」
そういうと、スタスタと通路に出て行った。ダグはドアを閉める。
「五分ってみじけぇなぁ」
「あのさ、アリックさんとか元気?」
「え? あぁ、お前の具合どうだって心配していたぜ」
ティモシーは、まだ体調が悪いという事になっていて今日も仕事を休んだのである。
「そっか……」
ふと、ティモシーはもう会えないんだなと思った。
「あのさ……お前って男なのか?」
「………。……うん?」
干渉に浸っていたティモシーは、一瞬何を言われているかわからなかった。
「いやその、魔術師だって言っていた時に、『俺』って連呼していただろう? ずっと気になっていて……」
そうだったと今頃になってティモシーは気が付いた。
「あ、えっと。男です。ごめん……。騙すとかそういうつもりではなくて、えっと言い出すタイミングが……」
「あ、いや責めている訳じゃないから。いや、やっと謎が解けたなって。知り合いの子だと言っても、ランフレッドさんと二人で住んでいたみたいだからさ。今だって部屋一緒だろう? お前が男なら納得だ」
そんな事を思っていたのかとティモシーは驚いた。
「ところでレオナール王子はまた国に戻ったのか?」
「うん」
肯定してティモシーは俯いた。
「うんって、何かあったのか?」
「私がいじめたから泣いて帰ったのよ」
「うわぁ!」
ドアの隙間からミュアンが声を掛けた為、ダグは驚いて振り向いた。
「びっくりした。何、お前の母親って怖いの?」
「普段は優しいよ」
「あ、っそう」
ニッコリ微笑むミュアンにダグは引きつった笑顔を返す。
「あぁ、五分経ちましたよね? では、おやすみなさい」
「え? あ、うん。おやすみなさい」
ダグは逃げる様に部屋を出て行った。
「私ってそんなに怖いかしら?」
「え? いや、今はそんなに……」
その答えに、ミュアンはティモシーのほっぺを軽く引っ張る。
「いひゃいです……」
ミュアンは、笑いながら手を離す。
「彼も魔術師なのかしら?」
「うん。同じく新人で入ったんだ」
ティモシーは頷き答えた。
「そう。さて、明日早起きする為にもう寝ましょうか」
「……うん」
「大丈夫よ。これが終わったら、また薬師の試験を受ければいいわ」
ティモシーは、ミュアンの言葉に笑顔で頷いた。
そして二人は眠りについた――。
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「ミュアンさん……」
ミュアンは呼ばれ、声に振り向いた。
「あら、確かあなたはエイブだったかしら?」
「はい。覚えていてくれたんだ。嬉しいなぁ」
エイブは、ミュアンにニッコリと笑顔で言った。
「あなた生きていたのね。皇帝を助け出したって聞いたけど、組織を抜けたのかしら?」
「いやいや。実はその組織からの命令で、あなたを発見したら知らせるように言われたんだけど、話しかけてはダメって言われていないので少しお話をしたいなっと思いまして……」
「何を聞きたいのかしら?」
笑顔のエイブにミュアンも笑顔で返した。
「あなたが組織に追われている訳を聞きたいかな。俺、いつも蚊帳の外でさ、皇帝の時も何一つ聞かされてなかったんだよね。今回もただ命令されただけだからさ。聞いてもどうせ教えてくれないし。何か心当たりある?」
ミュアンは、吹き出し本気で笑い出した。
「あなた面白い事聞くのね。いいわよ。教えてあげる」
「え?」
まさか二つ返事で帰って来るとは思っていなかったエイブは驚く。
「ダメって言われると思っていた? 雑談している間に色々聞き出そうとでも?」
「見た目はティモシーさんと似ているのに、中身は全然違うね」
「それは勿論。そう育てましたから」
「そう。でも、ちょっと素直過ぎて危なかっしいよね」
何故かミュアンはジッとエイブを見つめ一歩近づいて来る。エイブは一歩引いた。
「あら? 何故逃げるのかしら?」
「あぁ……。何となく。多分本能的に?」
「私、そんなに怖いかしら? 今日は怖がられてばかりだわ」
そう言ってミュアンはほほ笑むが、目は笑っていない。
「……で、そちらの条件は?」
「条件?」
「いやだって、情報をタダで教えてくれる訳ないよね?」
「あら、タダで教えてあげるわよ。別に組織が知っている情報だもの。私にデメリットはないわ」
エイブは、ジッとミュアンを探るように見つめる。
「で、メリットはあるわけ?」
「ふふふ……」
フッとミュアンは、エイブの左耳たぶに手を伸ばした。
「いた!」
とっさにエイブは耳を抑える。
「え? 何で痛みが?」
「あなたは精神と体を離しているかもしれないけど、私の精神は体に入ったままなのよ。だからこんな事もできちゃうの」
何が起きたかと驚いているエイブにミュアンは説明をした。
「で、俺は何をされたわけ?」
「刻印を刻んだだけよ。体に付けた訳ではないから、余程でなければバレはしないわ。それは、私に話しかける事が出来るものなの。耳に触れて私に呼びかければOKよ」
「OKよって。怖い事するなぁ。普通、精神に刻む?」
エイブには笑顔はなかった。
「はぁ。失敗した。もっと用心すればよかったよ。で、俺に何をさせたいわけ?」
「あなた、したたかよね? 組織でも上手く立ち回れそうだわ。ティモシーを見守ってほしいのよ」
あまりの内容にエイブは一瞬思考が止まった。
「いや、ちょっと待って。俺達敵同士だよね? どうすれと?」
「言葉通りだけど? 組織の者はティモシーを殺そうとはしない。するのは、ヴィルターヌ帝国とハルフォード国よ」
「え……」
「興味を持ったかしら?」
ミュアンはニッコリ微笑む。
「話は聞くけどさ。俺、今魔力を練れなくされているんだよね。薬でも魔術でもない方法で。いつ練れる様になるか人体実験されている身なんだ。だから期待されても困るんだよね」
「ふうん。問題ないと思うわよ」
「問題ないって……。近くにいるんだから自分で守ればいいだろう?」
エイブの言葉にフッとミュアンは悲し気な顔を浮かべた。
「出来るだけそうするわ。でももし組織に捕まった時は宜しくね」
「マジで押し付ける気かよ……」
エイブは大きなため息をついた。
「厄介な人に話掛けちゃったよ……」
ミュアンはニッコリ微笑むと、エイブに語り始めた――。




