第五十八話
「ティモシー」
優しい声で呼ばれ目を開けた。そこにはミュアンが居た。
「母さん……?」
ティモシーは瞬きを数回する。
「え! 母さん! まさかここに来るなんて! あ、えっと……」
ティモシーは、何から聞いていいかわからなく、しどろもどろになった。
「ティモシー、明日の早朝会いに行きます。起きたら直ぐに前に外で話した場所に来て下さい。勿論誰にも内緒です。あの王子にもですよ」
「でも……。あの人は味方だよ!」
「それでもです。もし、連れて来た場合は親子の縁を切ります。いいですね!」
「え!」
ティモシーは、ミュアンの言葉に茫然とする。
ここで何も話さず、王宮から出て来いと言う事は、自分を連れ出す気だと言うのは、ティモシーでもわかった。だが、一方的過ぎる。
(会った時に説得するしかない……)
「わかったよ。目を覚ましたら直ぐに行くけど……」
それを聞いたミュアンはほほ笑んだ。
「では、待ってます」
そう言い残しミュアンは消えた――。
☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆
ティモシーは、パチッと目を覚ました。夢を見て目を覚ました中で一番憂鬱な目覚めだった。
チラッとランフレッドを見ると、寝ている様に見える。
(本当に寝ているのかな?)
前回は起きていてつけられた。今回も寝たふりをしているかもしれない。そう思いながら身支度をする。
――夢でエイブやトンマーゾが接触してきたらまずは私に言いなさい。
昨日レオナールに言われた言葉をティモシーは思い出す。接触してきたのは、ミュアンだが知らせなくてはいけないだろう。だが、縁を切るとまで言われれば、レオナールに伝える気にはなれなかった。
(ごめんなさい。レオナール王子)
ティモシーは心の中で謝り、部屋を後にした。
今回は普通に正門から外に出た。勿論それは、戻って来るつもりだからである。
約束の場所に着くと、ミュアンはもう待っていた。彼女は、ガシッとティモシーを抱きしめる。
「ティモシー……」
「母さん……」
「一緒に逃げましょう」
「待って!」
ティモシーは、ミュアンをグッと押して離し、彼女を見つめた。
「その前にちゃんと聞かせてよ。それに、一年勤めないと薬師の資格がなくなるっていったよね?」
ミュアンは頷く。
「話は後でちゃんとします。前にも言ったけど命あってのものよ。ここに居てはだめ!」
ティモシーは、首を横に振る。
「俺が母さんを守るから! それに……逃げても無駄なんだ。俺、ヘマやって刻印をつけられたから……」
ミュアンは、驚いてティモシーを見つめる。
「逃げきれないんだよ、ごめん」
ミュアンはそれでも、首を横に振った。
「だったらなおさらここには居れません!」
「どうして? そんなにレオナール王子の事を信用できない?」
「えぇ。出来ません」
「え……なんで?」
「俺もそれは知りたいな。一旦預けた相手を信用出来ない?」
二人の会話に入って来た人物に驚いて振り向いた。そこにはランフレッドが立っていた。
「立ち聞きなどして申し訳ありません。ですが俺もティモシーの後見人なので薬師をやめさせるというのなら、きちんと説明を聞かせてほしいのですが」
ジッとランフレッドはミュアンを見て言った。
「息子の身の安全の為です」
「あなたといれば安全なのですか? 追われていると聞きましたが?」
「あの王子……」
ランフレッドの言葉にミュアンはボソッと呟いた。
「違うから! 話したのは俺だから! 魔術師なのも追われているのも俺が話した……」
「え?」
信じられないとミュアンは、ティモシーの顔を見た。
「母さん、レオナール王子もランフレッドも味方だよ。だから……」
「そんな単純な話ではないのです!」
ティモシーの言葉を遮るように、ミュアンは叫ぶ。
「わかりました。では、お願いがあります。精神を切り離す術があるんですよね? それでヴィルターヌ帝国の皇帝が拉致されました。それをエイブが助け出したのですが、それを阻止する対策がありません。知っていたら教えて頂けないでしょうか? また同じ方法で捕らえられる恐れがあるが、対処法が無い状況なのです」
「あなたに話してわかるのですか?」
ランフレッドの話にミュアンはそう返す。
「勿論俺じゃわからないです。知っての通り俺はルーの護衛兵です。本来なら彼を尾行などという役割は俺じゃない。ティモシーの後見人で事情も知っているからあてがわれているだけです。そして、俺が魔術師相手に歯が立つかというと、勝てないというのが本音です」
「では、辞退すればよろしかったのでは?」
「母さん!」
ランフレッドに返した言葉にティモシーは、何故そんな事を言うのだとミュアンを見た。
「俺が言いたいのは、エクランド国もこの騒動の渦中の中だという事なんですが。俺だけでは、残念だがルーを守れない。あの王子もお手上げの様子だ。せめてヒントぐらい置いて行ってほしい。それが出来ないのなら、ティモシーは渡せません!」
ミュアンは小さくため息をついた。
「あなたはこの国の為にティモシーを渡さないと言うのですか?」
「はい。俺が守るのはあくまでもエクランド国なので……」
「……わかりました。あの王子に話しましょう」
ミュアンの返事に二人は安堵する。
「ありがとうございます」
ランフレッドは頭を下げた。
三人はレオナールの部屋の前に居た。その三人を部屋の前に立つカミーユがジッと見つめていた。
ランフレッドはドアをノックする。
「ランフレッドです」
「お入りなさい」
レオナールの返事が聞こえ、ランフレッドはドアを開けた。ティモシーは迎えに来てドアの前に立つレオナールの姿に驚いた。
初めて会った時の純白の裝束だったからだ。彼の正装なのだろう。
「このたびは、我が儘を聞いて下さりありがとうございます。中へどうぞ」
軽く会釈しレオナールは、ミュアンを中に促す。
「様になってますね」
「ありがとうございます」
ミュアンの嫌みにレオナールはニッコリと返した。
ソファーには、ルーファスが座っていた。彼は立ち上がりミュアンに軽く会釈する。
「どうぞ、彼の前にお座りください」
レオナールに言われミュアンは、ルーファスの向かい側の三人掛けのソファーの中央に座る。そしてティモシーもミュアンの横に座った。
「ミュアンさん。イリステーナ皇女もお呼びしても宜しいでしょうか?」
「皇女?」
「はい。ヴィルターヌ帝国の皇女です」
「なんですって!」
レオナールからそう聞くと、ミュアンは立ち上がった。
「ヴィルターヌ帝国の者もここにいるのですか?!」
「えぇ」
レオナールは、ジッとミュアンを見つめて答えた。それをミュアンは睨み返す。
「あなたまさか……」
「彼女は、我が国に助けを求めに来ただけです。レオ殿が招いた訳ではありません」
ルーファスが立ち上がっているミュアンを見上げ言った。
「そうですか……。宜しいですよ。ですが、話が終わりましたら私達はここを出て行きます」
「ありがとうございます」
レオナールは、ミュアンに礼を言うと、通路に居るカミーユに声を掛ける。
「イリステーナ皇女を呼んできてください」
「はい。かしこまりました」
カミーユはその場を離れ、彼女を呼びに行った。
ティモシーは、いつもと態度が違うミュアンに戸惑っていた。
「何かお飲みになりますか?」
「いえ、結構です」
そんなやり取りをしているとドアがノックされる。
「カミーユです。お連れしました」
「ご苦労様」
ドアを開けて入って来たのは、イリステーナではなく、グスターファスだった。
「申し訳ありません。この国にも関わる事ですので、皇女を呼ぶように言った時に、一緒にお呼びするように言ってあったのです」
レオナールはそう説明した。
グスターファスの後に、イリステーナとフレアが入って来た。
「別に宜しいですよ」
一つため息をつくとミュアンはそう言った。
グスターファスは、ルーファスの横に座り、その更に隣にイリステーナが座った。そして、彼女の後ろにフレアが立った。
「あなたはお座りにならないの? 私の隣が空いていますが……」
ルーファスの横に立つレオナールに、ミュアンが言う。
「私はあなたの顔を見てお話をお聞きしたいので、ここでお聞きします」
「そうですか。では、お話ししましょう。ですが、話せる部分だけになります」
「構いません」
レオナールがそう答えると、向かい側に座った三人は頷いた。
「その昔、邪なるモノが発生し、それを鎮める為にハルフォード国とヴィルターヌ帝国は密かに手を組んだ。だが二カ国だけではどうしようも出来なかった。そこで、私の祖国、チミキナスナ国に手助けを求めた。私の国は、魔法陣などに長けていたので目を付けたのでしょう。私の祖国は今は、違う名に変わっておりますがね……」
「では、あの組織の名はあなたの国の名前だったのですか?」
ミュアンの話に驚いて、グスターファスは質問をする。
「私の祖国というよりは、その時代の国名です。そして、私が追われているのは、その事を記した文献を持って国を出たからです。悪事に利用されると思い持ち出した。勿論、もうそんな文献は処分しておりますが、相手は知らずに追いかけている訳です」
「そんな単純な話ではないだろう?」
ミュアンの話に今度はルーファスが意見するとイリステーナが大きく頷いた。
「私の国の文献を処分しようとしたのよ? あなたが持っている文献がほしいなら別の文献があると知れば、取りあえず手に入れようとするでしょう?」
「そんな事は私の知るところではありません」
イリステーナに平然とミュアンは返した。
「ちょっと、母さん……」
ティモシーは慌てた。目の前にいるのは、王族たちだ。
ルーファスとイリステーナは、レオナールを見上げた。何か言わないのかという事である。彼らと目が合ったレオナールは困り顔だ。
「本当の話はして頂けないのでしょうか?」
「本当の話? 嘘などついていません。全て事実です。いえ、文献に書かれていた内容です」
「その内容は、私の国にあった文献と変わらないではないですか!」
イリステーナがそう抗議するとミュアンはほほ笑んだ。
「では、私が嘘を言っていないという事になりますね」
「………」
その返答にイリステーナは、何も返せない。ミュアンの言う通りだからだ。
「さて、話は終わりました。行きましょうティモシー」
「え? ちょ、母さん」
ミュアンは立ち上がると、ティモシーも立たせようと手を引っ張った。
「ミュアンさん。私達にはこの説明で構いません。ですが、ティモシーには、全て話してあげてほしいのですが……。彼には知る権利があると思います」
レオナールは、ミュアンをジッと見つめて言った。
「今、話した事が事実です」
「申し訳ありませんが、あなたの事を少し調べさせて頂きました。勿論、脅すつもりで言っているのではありません。彼には、真実を話してあげてほしいのです」
レオナールとミュアンは、真剣なまなざしで見つめ合う。
「真実を知ってどうします? どうにか出来るのですか?」
「そ、それは……」
「それと、あなたは自分の力量をわかっていて行動していますか? 出来もしないのに首を突っ込まないで頂きたいのですが!」
それを聞いたレオナールは、一瞬驚いた顔を見せ、顔を伏せる。
「……申し訳ありません」
ボソッとレオナールは返した。
「母さん!」
あまりの言いようにティモシーは抗議するようにミュアンを見るが、彼女は険しい顔つきでティモシーを見た。
「行きますよ」
「………」
「ミュアンさん。少し私と二人でお話しして行きませんか?」
ゆっくりと立ち上がったグスターファスがミュアンにそう語り掛ける。
「申し訳ありませんが、私にはもう話す事はありません」
「では、私の話を聞いて下さるだけで結構です。魔術師としてではなく、薬師として私はあなたと会話をしたのですが。いかがでしょうか?」
今度は、グスターファスとミュアンが見つめ合う。
ミュアンは、小さくため息をつく。
「お節介の方が多いですね。わかりました。二人っきりならお話をお聞きます」
「ありがとう。では、場所を移しましょう。私の部屋でゆっくりと」
ルーファスがどけると、グスターファスがドアに向かう。その彼の後をミュアンが歩き部屋を出て行った。他の者は、茫然としてその二人を見つめていた。
「う……」
うめき声が聞こえふと目をやると、レオナールがうずくまっていた。
「レオ殿!」
「……ずっと、発作は起きていなかったのに……。はぁ……はぁ……」
「薬! 薬は?」
ルーファスの言葉に弱弱しく、レオナールは首を横に振った。
「ランフ!」
「はい!」
ランフレッドは、慌てて部屋を飛び出して行った。ブラッドリーを呼びに行ったのだ。
(え? どういう事? レオナール王子って病気持ちだったの? 全然そんな素振りなかったのに!)
「ダメだ。ちょっと見ててくれ」
ルーファスは、イリステーナな達にそう言うと、奥の部屋に入って行った。
イリステーナもティモシーも何が起きたのかわからなかった。
バン!
勢いよくブラッドリーが入って来ると、倒れ込んだレオナール―を抱き上げベットに横に寝かせた。
「レオナール様。どうして薬を常備しておかないのですか……」
そうレオナールに話しかけ、ブラッドリーは部屋を見渡す。
「ルーファス王子はどちらに?」
「あ、奥の部屋に……」
指差しながらティモシーはそう答えた。そうするとブラッドリーは、その部屋に入って行った。
「あの部屋って?」
「調合室」
ティモシーの質問にぼぞっとランフレッドは答えた。
ブラッドリーは奥の部屋から出てくると、レオナールを少し起こし口の中に薬を流し込む。
「口に含んで下さい。直ぐに楽になりますので……」
「げっほ。はぁはぁ……はぁ……」
次第に発作は治まって行く。
「すみません。……ご迷惑を……お掛けました……」
「少し横になりましょう」
ブラッドリーは、レオナールをそのまま横に寝かせた。
「一体何があって発作が……」
ブラッドリーは振り返り問いかける。
ルーファスは、チラッとティモシーを見て答える。
「ティモシーの母親の一言が引き金だろうな」
「え! ご、ごめんなさい! なんか、今日の母さんはいつもと違って別人で。あんな母さん、俺は初めて見た……」
ティモシーは、謝ると俯いた。
「虚勢を張っていたのかもな」
ルーファスがぼそっと言う。
「きっと……私達を遠ざけたかったのでしょう。彼女はもしかしたら……一人で全部背負う気なのかもしれま……せん」
そうレオナールも言った。
「え? それって、何をする気でいる……って……」
顔を上げレオナールを見て話していたティモシーは途中で話をやめた。彼はすやすやと眠ったようだからだ。
「ね、寝たのか? 先ほど混ぜた物って……」
ルーファスが言うと、ブラッドリーは頷く。
「この頃、あまり眠れないようでしたので……」
「眠り薬混ぜたのかよ」
ボソッとランフレッドは言う。
「あなたって調合出来るのね」
イリステーナの言葉にルーファスは片眉をピクッとさせる。
「私は、薬師の国の王子なのですが?」
「あ、あらごめんなさい」
「まだ、医者の資格は持ってないけどな……」
ボソッと言うランフレッドをチラッとルーファスは見ると
「君は一言多いんだ!」
と、言った。
「俺、どうしたらいいんでしょうか? 母さんについて行った方がいいんでしょうか? それともこの国に残って一年間勤め上げた方がいいんでしょうか? ……でも、俺、ここに居ても一年間勤め上げれる気がしないんだけど……」
ティモシーのこぼした言葉に誰も返事を返せなかった。
結局の所、何もわからないままだったのだから。




