第五十三話
トントントンとドアがノックされた。
「どうぞ」
その声でルーファスは中に入った。ランフレッドも続いて入る。
「ティモシーの様子はどうだ?」
そう言いつつ、レオナールが座る前のソファーにルーファスは腰を下ろす。
「薬でよく眠っておりますよ」
スースーと規則正しい寝息のティモシーに振り向き、レオナールは答えた。
「深く眠っているので、彼が接触してきても大丈夫でしょう」
そう付け足した言葉に、ルーファスの後ろに立ったランフレッドは、安堵した顔をする。今回の件は自分にも落ち度があると思っていた。ティモシーからエイブの夢を見たと聞いていた。しかしまさかこんな事態になるとは誰も予測出来なかっただろう。
「彼は今後も、ティモシーに接触してくるのだろうか?」
イリステーナに見られた後もという意味だ。
「それはわかりませんが。私としては、イリステーナ皇女との接触が気になります。今度は彼女とも取る可能性がありますからね。取引を持ち掛けられでもしたらと思っているのですが……」
「でも、元々取引を持ち掛けられているのでは?」
ルーファスの言葉にレオナールは頷く。
「応じられる取引を持ち掛ければ、揺らぐでしょう。それによって、私達の信頼を失えば、彼女は追い詰められる。そうならないのを願うだけです。……もう少ししたら国からあるモノが届きます。それを使ってイリステーナ皇女を説得してみます」
「説得?」
「魔術師の組織が欲しがっているという文献を見せてもらうのです」
「取りに行かせる気ですか?」
レオナールの言葉にルーファスは驚いて聞く。
「いえ。私は持って来ていると思います。魔術師の集団が欲しがるものです。魔術に関した文献でしょう……」
トントントン。
ドアがノックされ、三人はドアに注目する。時間的にブラッドリーやダグではない。
「お入りなさい」
「失礼します」
三人の予想通りドアを開けたのは、イリステーナだった。彼女の後ろにフレアが続きドアが閉まる。それをスッと通り抜けてもう一人皆には見えない人物も入って来た――先ほど話題に上がっていたエイブだ。
「ティモシーの様子はどうですか?」
「よく眠っておりますよ」
イリステーナが聞くと、ニッコリ微笑んでレオナールは答えた。
「そうですか……」
イリステーナは、ティモシーをジッと見つめてからレオナールに向き直る。
「……決心がつきましたか?」
レオナールの問いにイリステーナは頷いた。そして、彼に近づくと手に抱えていた箱を手渡す。
「これは?」
「文献です……」
「宜しいのですか?」
イリステーナな頷いた。
「最初からこのエクランド国を通し、あなたにお会いするのが目的だったんです。ですが、あまりにもタイミングよく目の前に現れたものですから変に疑ってしまいました。それにまさか魔術師の組織にここに来た事がバレてるなんて……」
「わかりました。まずは拝見させて頂きます」
受け取った箱をテーブルに置き開けると、中身の文献をレオナールは手にする。後ろからエイブがそれを覗く。
「私はほとんどその文字を読む事が出来ません。……ですが、その文献にハルフォード国という単語があるのです。ですから、あなたにこれを見せれば魔術師の組織が狙っている訳がわかるかと思いまして……」
イリステーナの言葉にレオナールは頷く。
「私の国にもこれに似た文献がございます。ずっと三カ国がどの国なのか気になっておりました。……こちらの方が詳しく書いてあるようです」
レオナールは、そう関心した。
「どういう事だ? 同じ内容のモノがそれぞれ保管されていたという事なのか?」
「と、いうよりは、同じ出来事をそれぞれの国が書き残したのでしょう。ただし、本来は三カ国の取り決めで、書き残さない事になっていたようです。ですので、私の国にある文献には詳しい事は書かれていなかったのです」
ルーファスの質問にレオナールが文献に目を落としたまま答えた。その答えには、イリステーナも驚く。
「では、そのもう一カ国で魔術師の組織は文献を発見し、我が国の文献をも手に入れようとしたと?」
「おそらくは、ですが……。しかしそれも詳しくなかった。私の国には何も接触がありませんでしたから、あなたの国名しか載っていなかったのかもしれません。しかし、少し疑問が残ります」
その疑問とはと、皆、レオナールを見つめる。
「この文献を見ると、昔はヴィルターヌ帝国とハルフォード国の二国が勢力を持っていたようです。そうなるともう一カ国から見ると我々の国は、二大勢力だった。それなのになぜ、片方の国名しか記さなかったのか? という疑問が持ち上がります」
そう言いながら、レオナールはページをめくった。
「なるほどそういう事ですか」
「何かわかったのですか?」
ルーファスの問いにレオナールは頷いて答えた。
「この先の話は、私の部屋に行ってからお話致します」
レオナールがそう言うと、イリステーナとルーファスは頷いた。
「ランフレッド。あなたはここに残りティモシーを見ていて下さい」
「わかりました」
ランフレッドが答えると、レオナール達は部屋へ向かった。勿論エイブもついて行く。だが、彼だけは部屋の中に入れなかった――。
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「やっぱり無理か……」
腕を組み部屋の前でドアを見つめエイブは言った。
「しかしあんな文献を持って何しに来たんだろう? せめて会話が聞こえればなぁ……」
エイブは、魔法陣の力で景色は見える様にはなったが、音は聞こえないのである。
「でもまあ、見張れと言われた目的はわかった。あの文献で十中八九間違いなさそうだね。……そう言えばティモシーさんって寝ていたよね? 具合が悪い? それとも眠らされた?」
エイブは、ティモシーの部屋に戻って来た。ランフレッドがソファーに座り、ティモシーを心配そうに見つめている。
エイブはティモシーに近づいた。
「ティモシーさん……。ティモシーさん……」
反応が無い。ぐっすり寝ているようだ。
「顔色も優れないし、体調を崩したみたいだね。まあそれも仕方がないか……。暫くは、部屋から出て来ないだろうし……」
エイブはそう言うと、スッと王宮から移動し始めた。ついた場所はエイブが寝泊りしている建物だ。彼はその一階に入って行く。
数人の組織の連中とトンマーゾがいた。
「……トンマーゾさん?」
ふと、トンマーゾが振り返る。エイブは慌てて隠れた。
「いや、隠れなくてもいいのか……。しかし何かの方法で見えるかもしれない。って、明日にでも何かする気なのか?」
普段はいない彼に、そう勘ぐる。エイブはフッと浮かんで自分の部屋に戻った。そして、体に戻った――。
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――レオナールの部屋のソファーに四人は座っていた。
レオナールの横にルーファスが、向かい側にはイリステーナとフレアが座っている。
「先ほどの続きですが、他国名を書かないのは、ある場所を隠す為にあえて名を伏せているようです」
「ある場所とは?」
レオナールの言葉にイリスが身を乗り出して聞いた。
「書いてある訳がありません。それがどのような場所かも書いてはいません。……ただ邪なるモノと記されています。それは、我が国の文献とも一致します」
「それってもしかして、封印した?」
ルーファスがボソッと言うと、レオナールは頷いた。
「可能性はあります。封印したモノも場所も書かなかったのは、それだけ危険なモノだった。魔術師の組織の目的は、それを手に入れる事なのかもしれません」
「でも結局は、どの文献にも書かれていなかったって事ですよね?」
イリステーナの言葉にレオナールは頷くも浮かない顔だ。
「そうであってほしいのですが……」
「どういう意味ですか?」
ルーファスの言葉に、レオナールは首を横に振る。
「今はまだ。ですが、一緒に調べて頂いています。緊急にしているので明日には情報が手元に届くでしょう。それからです」
ルーファスとイリステーナは、顔を見合わせる。二人には全く何も思い当たらなかった。
そして夜も更けて行った――。




