第二十二話
「お前、レオナール王子に偉く気にいられたみたいだな」
家に帰り夕食後、紅茶を飲みながらランフレッドは嬉しそうに言うが、ティモシーの方は嬉しくない。逆に避けたい相手である。
「勘弁してほしい。ブラッドリーさんとも仲いいみたいだし……」
ため息交じりにティモシーは、そう返す。
「仲いいってお前。ブラッドリーさんは、レオナール王子の部下だぞ? ハルフォード国の人だ」
「え? ブラッドリーさんって、王族なの?」
「いや、違うって。王族以外全くいない訳じゃないし。自分たちが魔術師だからか、魔術師だと名乗る者が忠誠を誓えば、囲まってるらしい。まあ、彼がそうかは知らないが」
やっと二人の関係がわかり、スッキリするティモシーだが、別に安心感を得られた訳でなかった。
レオナールに逆らえば、ブラッドリーがこっそり相手を始末――なんて事もありえるのではないかと、恐ろしい想像をしてしまう。なにせ、殺さなかったはいえ、エイブにした攻撃は容赦なかったのだから。
翌日、まだ筋肉痛の腕で三人は調合を行い、午後からは、一か所しかないので三人で配達となり、倉庫の手伝いでなくてよかったと喜んで出掛けた。
今日の配達先は、トラスアイテム。街が造られた時から開業している大企業である。薬師が使う道具や研究所が使う道具など、始めの頃は薬師の道具だけだったが今では幅広く生産している。
トラスアイテム印の道具はブランド品として他国でも人気で、国外でも販売されている。勿論、王宮での道具は、全てこのトラスアイテムの物を使っていた。
また、観光用に薬草付きの道具などを販売しており、たまに配達があるのである。
そして、ティモシーは今日、それを知ったのだった。
「全く、お前には呆れるわ。薬師の癖にトラスアイテムを知らないなんて……」
ため息をしつつダグはそう言うも、ティモシーならおかしくもないとも納得する。むくれるティモシーだが、お店も開いていると聞いているので、見て帰れるとワクワクしていた。
時間にして九十分ほど。ティモシー達には苦にならない距離である。天気もいいしルンルンでティモシーは歩いていた。
「お前があまりにも機嫌がいいと、何かよくない事が起きそうで嫌だな」
「何それ!」
ダグがからかうと、いつものようにティモシーが反応しケラケラとダグは笑う。
「もう、ダグさん、機嫌悪いよりいいんだから、ティモシーをからかうのやめて、あ、ここを曲がろう」
アリックは、こっちと道を曲がった。
「こっち? もっと真っ直ぐじゃなかったか?」
ついて行くが、真っ直ぐの道を指差しダグは言う。
「裏口の方が手前にあるんだよ。建物が大きいから十分ほど短縮なるよ」
「え! お店屋さんは!」
店を見て回るのを勝手に楽しみにしていたティモシーが驚いて言うと、二人はあきれ顔だ。
「あのな、店は別な場所にあるんだ。こんな所にある訳ないだろう? って、言うかお前は、ホント懲りないな」
「え、だって、配達……」
薬草をここに持って行くのだから、ここで販売をしていると思っていたティモシーにアリックは丁寧に教える。
「あのね。ここで作った道具と一緒にセットにして、商品としてお店に送っているの。だから、お店は別の場所だよ。それにお店には寄らないからね。仕事中はダメだってオーギュストさんに散々言われたでしょ」
ティモシーはガックシと肩を落とす。ダグの言う通り辺りを見渡せば、遠くに見えるトラスアイテムの大きな建物以外には、トラスアイテムの社員用の宿舎ぐらいしかなかった。
ここ一帯は、昔からトラスアイテムの敷地で建物も建っていない空き地もあり、観光には不向きな場所だ。観光客が来るとすれば工場見学ぐらいだろう。
「わかったか? まあ、そんなに行きたいのなら早く上がれた日の帰りにでも連れて行ってやるよ。連れていくだけだけどな」
ダグはお金は出さないけど、買い物には付き合ってやると言うと、ティモシーは嬉しそうに頷いた。
「ホントちょろいな。大丈夫なのかよ……」
ダグを信用しているからの態度なのだろうが、この前それで痛い目に合ったばかりだ。
「僕も一緒に行くからね!」
アリックは、ダグを軽く睨みながら言った。
「お好きにどうぞ。俺は、アリックと違って下心ないし」
「僕にだってないよ!」
今度はアリックをからかい、ケラケラとダグは笑う。
そんなやり取りをしながら進んでいると、目的地のトラスアイテムの裏口についた。配達を終えて後は王宮に帰るだけだ。
「そういえば、三人で配達って初めてだな」
「そうだね。一か所でも今までは二人で行っていたよね」
ダグの言葉にアリックは頷き、二人はティモシーを見た。二人でティモシーを見張れって事だとなと意見は一致する。
「もう面倒だから手っ取り早く、誰かティモシーを大人にしてくれないかな」
「何言ってるのさ!」
「おや、アリックは何を想像して?」
「別にしてないよ!」
アリックは、ダグにからかわれ、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「どうした?」
少し前を歩いていたティモシーは、そう言って振り返った。アリックが顔を真っ赤にしているのを見て、ダグにからかわれただけかと、気にせず前を向いて歩き出す。そして、空き地に走り出した!
「おい……」
ダグはため息をつきながらボソッと言うも、先は行き止まりなので慌てず歩く。アリックは対照的に慌てて後を追った。
ティモシーは空き地に植えてあった一本の木を見上げ立っていた。
「どうしたの?」
「私がいた村にも同じ木があったなって思って……」
いきなり走り出し木を見つめるので、そんなに珍しいのかと思ったら懐かしんでいるだけだった。
何となく殺風景なので、色づく木を空き地などにトラスアイテムで植えていたのである。
「お家に帰りたくなったか?」
「別にそういうんじゃない!」
ダグの言葉にティモシーが、そう返した時だった。後ろに気配がしてティモシーは振り返る。そこには三人の男が立っていた。ティモシーと目が合うと、ニヤッと笑う。
「何かようか?」
ダグが一言そう聞いた。
男たちは、見慣れない恰好をしている。この国の者ではないとすぐにわかった。それなのに、観光名所でもないこんな所をうろついているのは怪しい。三人は警戒する。
「いや、迷子になりましてね。道をお聞きしようと思いまして」
「で、どこに行きたいのですか?」
真ん中の一番背が高く、紫の髪が一番明るい男が答えると、アリックは聞き返しティモシーの前に出た。ティモシーからは、三人の男の姿が見えなくなる。
「王宮に用事があったのですが……」
「ハナノチノナミイモナスイ……」
先ほどの男が答えるが、小さく発する言葉も聞こえる。聞いた事のない言語だ。エクランド国の言葉が標準語の為、他の言語など三人は聞いた事がない。
「外国語……?」
アリックが驚いてそう呟くが……
「呪文なのか……」
ダグは聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた!
(呪文って、昔、魔術師が使っていたというやつか?)
探ってみると、微かに相手の一人から魔力を感じた!
(マジかよ! こいつら魔術師なのか!)
わかったところでティモシーにはどうする事も出来ない。逃げるしてもここは空き地で、道に出るのには、男たちの方に行かなくてはならない。
「え!」
考え込んでいると、そう一言発してアリックは振り向くと、ティモシーを庇う様に抱きしめた! その時に一瞬視界に黒い小さな物体が、こちらに向かってくるのが見えた! ダグも身構えている。
何が起こったかわからないティモシーだが、辺りに砂埃が舞い自分達を包んだ時、ハッとする。
エイブが黒い小石の様な物を投げ、地面で粉々になって氷の刃になったのを思い出す。
(氷の刃が来る!)
ティモシーは焦るが、対策が何も浮かばなかった……。




