05 ルムガルド魔挟窟
流石にそろそろルムガルド魔境窟について述べるべきだろうとは思うが。
その前に少しだけ、この世界のお話を。
三大陸。
この世でしばしば語られる『世界』と言うモノは、基本的には三種の大陸で構成された三大陸の事と定義づけられる。温暖かつ裕福で、我らが魔法学園も門を据える《ミルス大陸》。密林が多く湿潤で獣人や竜人が住む《リバイア大陸》。年中寒冷な戦争地帯の《ルナール大陸》。これらを総称して『三大陸』である。
そんな中で、ルムガルドがどの大陸に位置するかという話はしばしば人類種の間でも白熱する論題らしいが、そんなことは例の奢りでカスまで搾り取られた金髪のお財布事情ぐらいにどうでもいいことであるし、何というかどうでもいい。
という訳で、ここからが主題的で本題的な、本意のお話。
なにかに例えるとするならば、ルムガルド魔挟窟は砦に近い。城にしてはみすぼらしいし、一つの町にしては機能不全。住居にしては機能過多。となると何かから何かを守るために建てられる、それは砦に至極近いと言えるだろう。
地中を駆け巡る『魔脈』の影響で三大陸中に存在する魔境や秘境やダンジョンらと比べても、飛び抜けて危険で圧倒的に凶悪。間違って足を踏み入れれば、まず生きては出られないような――それは砦だった。
そうなると当然、衛兵が居る。
それは八武衆と呼ばれる最強の魔族軍団。彼の魔王がとある目的のために集め連ねた魔人の衆、個々それぞれが人間における最強を遥かに凌駕するような化物の集い。そしてルムガルドが守るものを守る番人である。
砦と番人が揃ってしまえば、やることなんざもう一つしかない。
そう、ルムガルド魔挟窟の目的は守ること。
それで『何を』だなんて、そこまで野暮な問い掛けも少ないだろうさ。
◆ ◆ ◆
「…………さま。ギル様? たべないのでふか? 美味ひいでふよ!!」
その一言で俺はようやく思案の底から浮上する。
ここはルムガルド魔挟窟の第二層、食堂である。豪壮な円卓が据えられた巨大な空間で、卓上にはこれまた豪勢な料理が大量に盛られていた。
吐息を絞り出しつつ右を見ると、不安そうながらも全力で肉を頬張る阿呆と目が合って、俺は思わず二度目の息を吐くのだ。
「レーナ。一つ質問だ」
「もしゃもしゃごくん…………はい! 何でしょう?」
言って、少女は斜めに白髪を揺らしながら隣の皿に手を伸ばす。
「お前は曲がりなりにも《オクタラス》の一員。そうだな?」
「ばりばりぼきぼきむにむにむっくん…………ええ! その通りです!!」
とまあ元気な返事であるから文句はない。
ルムガルド魔挟窟を語る上では外せない重要な要素かつ戦闘員『八武衆』。そのうちの一人にこの阿呆が居ることでオクタラスという組織自体がすごく阿呆なものに見えてしまうのは致し方ないのだが、まず勘違いして欲しくないことが一つ。
本気を出したレーナは強い。それこそ阿呆みたいに。
「そんなお前だからこそ一つ聞く。オクタラス唯一にして無二の掟を答えろ」
「バキバッキゴリリリリボッキ……ブチチチチチバッキッッ――――はい?」
ため息ながらに右手で豆を弾き飛ばし奴のデコに命中させる。あうう、と涙目になりながらも咀嚼は止めない阿呆を見て真剣に面子の見直しを考える俺でした。
けれど流石のレーナも今回ばかりは即座に俺の意図を汲んだらしく。
「『晩御飯はなるべく皆で食べること!』――ですよねギル様!」
「……ああ。その通り。その通りだよ。そのとおりなんだよ」
俺は小さく頷いた。因みにこの円卓はオクタラス全員と、魔王である俺が座れるように九つの座席が設けられている、とここいらで周囲の状況を見てみよう!
空席空席空席空席空席、はい起立。
「ッ何なんだよこのクソみたいな出席率は! 過疎化か!? とどのつまりこれが過疎化なのか!? 少年少女も老若男女も新郎新婦もみんな仲良く出稼ぎなのか!?」
「るせーぞ旦那。そもそもここには過疎るほどの人も居ねえだろーが」
その言葉に俺は渋々と着席し、大仰に息を吐きながら左方を見る。
佇むは輝く銀髪と犬歯を揺らす色男。奴はウルズ。魔族堕ちした他の銀人狼種が既に軒並み狩られていることから最後の銀人狼とも呼ばれる人狼種。
八武衆の一人である。
「……んだよウルズ。黙って欲しいならまずこの舐め腐った出席率を説明しろ」
「単純に皆忙しいんだろーが。アンタだって少し前までエルゼから仕事を山程渡されて、飯どころじゃなくなってたろ。棚上げってな最低だぜ」
その言葉にはやはり息を吐くのみである。俺は少し前までサボりにサボっていた己の仕事にカタを付けるため、飯もロクに食わずに一月ほど自分の部屋に籠もっていた時期がある。
それを出されちゃ痛いのだよとつぶやく俺を見て、奴は見事な銀色を艶めかせ。
「旦那。強制参加にしたいなら『なるべく』の四文字を消しゃ良いだろが」
「強制にしたらこの時間の意味合いが変わっちまうだろ」
「強者ってのは望まれるべくして支配するモンだと思うがな。旦那」
そんなことを言って、目の前の狼野郎はちまりと肉を頬張った。
ウルズはその見た目と言動から猪突猛進な馬鹿と勘違いされやすいが、実は中々にクレバーな男である。単純に頭が良いのもそうだが、保有する情報量が凄まじく、単純な知恵比べであればあの眼鏡秘書エルゼをも凌ぐ。更には整理好きと来たものだから、奴はルムガルドの情報管理を一手に任されているのだった。
インテリジェンスに富み切った色男を再度一瞥し、俺は言う。
「俺は支配欲だの独占欲だのに駆られて喚き散らすような魔王様にゃあなりたくねえの。常習的に陰口叩かれて悲しい気持ちにはなりたかねえの! 一丁前に服従本能満たそうたってそうはいかねぇんだよ犬っころ風情が!!」
「おお言うじゃねえか旦那。俺としちゃあ久々に殺ろうってんなら別に良いぜ?」
「はーはん。犬畜生がこの俺に喧嘩ふっかけるたあ、偉くなったじゃねえか――」
瞬間。
ガッッッシャン、と乾いた轟音が部屋中に響き渡り、俺とウルズの顔面がほぼ同時に眼下の皿へと叩き付けられる。俺達は微かに唸り声を上げながら後頭部へと手を伸ばし――ケタケタと笑う骸骨を床へと全力でぶん投げた。
「もう。ギルちゃんとワンちゃんたら、そうやってすぐじゃれようとするんだから。駄目だよ。行儀が悪いし、ご飯を作ってる七魔達も可愛そうでしょ?」
言って、降り注ぐ下僕の破片を一瞥しつつ頬を膨らませるのは金髪の少女。
奴はアネモネ。八武衆である。
かつて世界を震撼させた《死人の王》の末裔だ。能力はその名の通り【死人創造】。大量の保有魔力から生み出されるアンデッドの大群の制圧力はえげつなく。一国をも一夜で落としてみせるほどである。
彼女は黒のネグリジェを軽く揺らしながら、四隅を骸骨に支えさせたベッドの上で転がってみせる。美少女、本人曰く美幼女が横たうその光景を見つめながら、俺とウルズは息を吐いた。
「煩かったのは確かに認めてやってもいいが、お行儀云々をお前に言われる筋合いは皆無だろうがよう、この万年食っちゃ寝女?」
「煩いよギルちゃん。私は死人を統括する立場上、平俗な地べたなんぞに足を接するようなことがあってはならないの。ご飯中であろうとこの天界から降りることは許されないのー!」
「……あーあー俺らは所詮平俗ってか、この色気皆無女?」
「煩いもん。色気なんかなくても儚さとか可憐さで補って余りあるもーん!」
皆無な胸を張るアネモネを見て、そしてぐっちゃぐちゃになった晩飯を見て、俺とウルズは再びのため息を吐いた。
因みに今この場に居るのは俺とレーナ、ウルズに美幼女の四人だけである。本来は九人で全員であることを鑑みるに俺達の結束は案外壊滅的なのかもしれなかった。
「なあ、ウルズ。例の変態御三家が居ないのはまだ理解出来んだよ。ただエルゼとアスモスが居ねえのはどういう算段なんだろうか」
普段は何食わぬ顔で参席している美人眼鏡秘書と年中マフラー男の姿を微かに思い浮かべながら、俺は言った。
「前に旦那がやり残した仕事を見つけたらしくて奮闘中なんだと。アンタじゃなくアスモスを手伝いに引っ張り出してる辺り、多分だが相当気を遣われてんぞ」
「……あー。それは」
俺のせいですね。それも全面的。出席率云々を口にだすのはもう止めます。
にしてもエルゼのやつ、俺に対して直接的には大抵厳しいが、時々隠れたところで凄まじく優しい計らいをしてくれることがある。丁度今回のように。ツンデレ天使かな? アスモスには喜んで死んでいただこう。
「ねーギルちゃん。そんな事よりモネは学校の話を聞きたいなー友達できた?」
「あー。友だちというか、友だちのような金髪縦ロールが……一人、うん」
まあ現状だとお財布的関係な気もするが。
「えー少ないね。モネは友だち三兆は居るよ?」
「えーやばいな。因みに生きてる輩の内訳は?」
「ぜろ!」
ほろりと涙ぐむ俺を見て、アネモネはベットに寝転がったまま首を傾げた。
彼女には俺のまかり知らぬ所で幸せになってもらおう。
「ぎふさまぎふさま! あやつはぎふさまのしゃてーでは!?」
「……汚えから飲み込んで黙れ。内容に関しては触れないでやるから」
さっきまで無心に食らっていた癖をして。何故にこの話だけ食いつくのだろう。
再び凄まじい勢いで咀嚼を再開する女を見て軽くため息を吐いた後、今度は左方、ウルズから声を掛けられて顔を上げる。
「なあ旦那。一つ良いか」
「ああ、皿に顔を突っ込まねえ類の話なら何でもかもんだぜ?」
言うと、奴は一度嫌そうな顔をしてぐちゃぐちゃになった眼下の料理を眺め、そしてぐしゃりと銀髪を撫ぜた後に口を開いた。
「アンタは何故に学校なんざに通おうと思ったんだ?」
「ギル様。……その、お口に合いませんでしたか?」
その問い掛けで、俺はようやく思考の底から浮き上がる。
俺はまだ食堂に居た。ウルズとアネモネは既に自分の住まいへと帰ったようで姿はなく、レーナといえばすぴーと気持ちよさそうにいびきを撒き散らし、机に突っ伏しよだれと共に熟睡中。女が廃るとはこのことだろうか。
絞るように息を吐いて声の発生源へと顔を向けると、ロココ調の白いスカートを揺らしながら不安そうに首を傾げる青髪の少女と目が合うわけで。俺は二度目の吐息を零すわけで。
「悪い。ナナリロッゾ、ちっと考え事してた」
「あ、そうなのですね。良かったです。もしやお料理が美味しくな――」
「いーや心配せずとも普段通りクソ不味かったぞ。うんもう究極的」
ふだんどおお!? と奇妙な反応を返すナナリロッゾ。
彼女はルムガルドの家事全般を担いつつ歌って踊れる万能メイド『七魔近衛兵』の一人である。無駄に広いことで有名なルムガルドは彼女達が回していると言っても過言ではないが、この女単体に関してはメシの一つもロクに作れない残念具合だった。
「いやーお前らの飯は美味い美味いって評判なのに、なんっで料理の腕最悪のお前単体が俺の飯を作りだがるかなー? お前は掃除しか出来ねえんだから万年トイレ掃除でもしてりゃ良いと俺は思うんだけども特に飯時は!」
そう言うと、彼女は何故か常に持ち歩いている箒を抱えて涙ぐむ。
実を言うと、彼女らはアネモネが作り出した総勢七名の最強アンデッド軍団だ。その実、そこで食器を片付けている灰色髪のメイドさんも、厨房で皿を洗っているであろう黄色髪のメイドさんも、この青い涙目少女も生きてはいない。
まあ、だから何だと言われればそれまででもあるのだが、こうして彼女達と接していると、アネモネって女の凄さが身に染みたり染みなかったり。
「……ギル様。これを」
小さく伸びをする俺に、涙を拭き、何かを差し出すナナリロッゾ。
首を傾げながら受け取ると、どうやらそれは何かの服のようである。
「制服です。焦げてしまって、所々穴も空いていたので」
「直してくれたのか」
例の炎髪女との馬鹿みたいな攻防を今更ながらに思い出し、地味に疲れが溜まってるのはそのせいかと肩を竦めつつ。
「……なあ、まさかとは思うが、お前が直したんじゃねえだろうなあ?」
「ち、違います! 今回はちゃんと、キキちゃんに、頼んで……」
俯いてしまった少女を見て、俺はほんの少しだけ可哀想な思いに駆られてしまうが致し方ない。この女が手を加えればそれはたちまちゴミと化す。
ここで優しい言葉を掛けて痛い思いをするのは俺なのである。
ふっと息を吐いて、今度は大きく伸びをして、俺は立ち上がる。
真偽は定かではないが、一応はエルゼとアスモスが俺の尻拭いをしているらしい。まあ呼ばれていないのだからこちらから向かう義理はない――ってのは流石に、些か感謝の念ってやつが足りないにもほどがあるだろう。
「そろそろ行くとするわ。制服サンキュな。キキトリーナにも伝えといてくれ」
「わかりました」
それと――と、ナナリロッゾは前置いて、切り揃えられた青色を小さく揺らし。
「ウルズ様からの伝言です。吐く気がねえなら久々にバトろうぜ、だそうです」
「うーわ」
戦闘狂が、そう呟いて、今度こそ部屋を出ようと歩き出す。途中、妙な寝言をのたまう阿呆が視界に映るがこんな阿呆は知りませんね。
そして食堂を出るその一歩手前、背後で誰かの驚くような声が響き渡った。
「ぎ、ギル様!? まさか全部食べてくださったのですか!?」
「……おえ」
俺は軽く振り返り、片手を上げて。
「精進な」
ぶわっと瞳から何かを滲ませて、全力でお辞儀する箒少女を一瞥し、踵を返す。
その後、軽くゲロったことは言うまでもない。




