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4/11

03 底から始まる


 さて、先ずは図書館にでも赴いてみて欲しい。


 俺は活字ってものが嫌いだからこの時点で辟易と溜息を吐くのだろうが、もしも平気なのであれば――クソつまらなそうな歴史書だか、埃をかぶった史録だかを開いて頂きたいわけで。

 すると恐らくは、俺を取り巻く内情が理解出来ると思うわけで。


 魔王ギルベルク=ギスカード。


 災厄に最悪を重ねて塗りたくったような害悪。良いも悪いも捨て置きただ単純に全ての人間を滅ぼさんと欲する彼の魔王。最強にして最凶にして史上最悪。クズ。


 様々な書物においてそんな紹介をされるのは本当に不服だが、それでも奴等が言ってる事は間違っちゃいない。

 思い込みで上塗られようが、この口を開く暇が無かろうが、僅かでも合致している部分があるのなら、否定なんて出来るわけがない。


「…………ぅ」


 とは言え同じクラスになったからには皆さんと仲良くしたいと思ってます! 目指すは友達おくせんまん! 青春は使えど減らぬが使わな淡く脆く消えてゆく!

 という訳でこれからの1年間、どうぞ宜しく――。


「――王よ。速やかに起きて下さい」

「ん……って、がッ!?」


 可及的に後頭部を撃ち抜く凄まじい衝撃が前頭を駆け抜け目下の机にヒビを穿ち、天高く積み上げられていた書類達が鳥のように空高く舞い上がる。そう、それらは鳥のように、それはそれは美しく舞い上がった。


 俺は絞り出すように呻きながら、涙目で背後の鉄拳女を振り返り。


「えと……エルゼ……クラスの自己紹介は?」

「夢でしょうね」

「な、まさかお前友達億人マジモテ困っちゃ☆うふふ生活も――」

「魔人類史上最低な夢でしょうね」


 目の前、やはり可及的に溜息を吐き捨てるこの女はエルゼベート=エルゼベーナ。通称エルゼ。ぶっちゃけると吸血鬼である。

 ヴァンパイアの血統の証である紅髪を緩く揺らし、同色の瞳が冷たく光る。


 チャームポイントは真赤な眼鏡との事だが、それがむしろ冷たい視線と相乗し見事にチャーミングさを剥ぎ取り、深海の如し雰囲気を確定付けていると俺は思う。


 とまあ兎にも角にも、エルゼは鮮血のように艷めく髪を解くように撫ぜ。

 やはり何処までも俺の秘書らしく――言う。


「さて。仕事は既に終えられたのですか?」

「……あーもう終わったよ。終わった死ぬ気で終わらせたけどさ。果たして書類仕事ってのは俺がやるべき事なのか?」


 奴は息を吐いて眼鏡に触れる。あら知的。


「元はと言えば王がやると言い出したんでしょう。お忘れですか」

「いやお前、やると言わねば何処かの美人秘書に殺される雰囲気だったろうが……つってもこの俺に抜かりって文字はねえ。おら持ってけ美女秘書野郎――……」


 とまあここに来て。

 とまあここまで来て、俺はようやくこの部屋の惨状に気が付くわけで。


 徹夜で仕上げた我が血肉。汗水垂らして書き上げた超大量の書類達が散らばる雪崩的、空き巣被害的、ある意味幻想的なこの現状に気が付く――わけで。


「見事にぬかったぁぁぁああああああッ!!」


 全力で要らない紙束の群れを掻き分け、本命の超重要書類を血眼で探す。散らばっているのは主に本命書類を完成させるために必要だったどうでもいい参考資料共。辺りにそれらをぶちまけつつ俺は呟く。


「いや落ち着け大丈夫だ。あの超重要書類は紐で纏めたから散らばる事は――」

「王よ」


 見ると、エルゼは何故か自分の頭を指さしていた。頭大丈夫かのジェスチャーにも見えるが多分違う。俺は首を傾げつつ、ふと上を見上げて――。


「お頭大丈夫ですか? 角に紙束がぶっ刺さってますが」

「いやぁぁああああああああああああああああああッッ!!」


 やけに重い頭は頭痛のせいでは無かったのか。


 とにかく神速で紙束を頭から引き抜いて、恐る恐る書類を見るが当然の如くお穴様は空いてやがるわけで。エルゼを仰ぐが使えるわけがねーだろバカと無言で罵られ涙目なわけで。


 俺は机に突っ伏すようにして――踏み止まる。


 大丈夫だ。確かに心は踏み潰されたが、諦めるにはまだ早い。今回は主に魔術契約系の血統書が殆どであるから、慣れと気合い次第では一時間程度で終わらせる事が出来る。その自信がある。


 俺は緩く背筋を伸ばし、息を吸って、吐いて。

 大切な、本日のタイムリミットを確認すべく、壁時計を仰ぎ――。


「ギル様お早うございます! 今日は間に合いました学校行きましょう!」

「ぎゃッぁぁああああああああああああああああああああああああああ!」






  ◆  ◆  ◆






 昔々――と言ってもそれ程昔ではない。

 何十年か前、三大陸を巻き込む巨大な戦争が巻き起こった。


 それは人類種及びそれに準ずる亜人種と、魔人種率いる魔族の種族間での戦争。両者が望むのは種の繁栄であり、他種族の排除。明確な勝利が敵の殲滅であるが為にそれは歴史上最も凄惨で、最も破滅的な戦い。


 数は多くも、力に乏しく魔力も月並みな人類と。

 数こそ劣るが、圧倒的な戦闘力を誇る魔族。


 戦況は圧倒的。魔族が人類に負ける可能性など無きに等しい。

 ――そのはず、だった。






  ◆  ◆  ◆






 魔法学園デル・トリエルタ、0組教室にて。


「……はぅぅぅ」

「おいおいレーナ。時間にも間に合ったことだし、元気出せって」


 そう、結論から言うと俺達二人は間に合った。理由はエルゼ。


 なんとまあ、信じられないことに彼女が彼女が俺の代わりに例の書類を引き受けてくれたのである。あの眼と瞳と双眸からは想像もつかないが、これまでにも度々彼女の粋な計らい、素直な優しさには助けられることがあった。


 俺が人の学園に通うと言い出した時だって、耳を傾けてくれた。


 確かに雰囲気は氷山帯だが本当は優しいエルゼには感謝して止まないのである――とまあこんな具合で褒めちぎれば明日から全部仕事やってくれんじゃねーかな天才かなと思いきや鼻一つで追いやられた。やっぱ怖いよあの女。


「はううギル様……皆が、教室の全員が私を見てました……」

「まあ、普通はそんなもんだ。初めてなら緊張するのはしょうがねえさ」


 そう言って、隣に座るレーナを軽く慰める。この女は時折言動と行動が暴発する天下無双の阿呆女だが、それでも基本的には人見知りだったりする。これが俗に言う可愛い所もあるじゃねえかという現象なのだろうかと首を傾げる俺に。


「もうアレです、穴があったら全員ぶち込みたい所存です……」

「……非道理極まりねえな」

「あ、ギル様はうめませんもちろん! 共に奴等をうめましょう!」


 可愛さの微塵もないぜこの女。

 息を吐き、順番が回ってきた俺はゆるりと立ち上がる。


 指定された教室の前、教壇の上に立ち。地毛なのか何かを勘違いしたのかショッキングなピンク色の髪を持つ女教師に目を向ける。

 ここからは簡単だ。過去に繰り広げた億千のイメージトレーニングを軽く洗って、最高の一つを指先でなぞるだけ。失敗なんざすすすする訳ない。


 落とし込むように息を吐き――吸って。


「俺は――」

「待つのですわ」


 眉が捻じ曲がるのを感じながらその女に目を向ける。

 眩しい金髪。目を引く縦ロール。軽く捻りながら彼女は言った。


「ラシャーナ=シャルエルムですわ。シャルエルム家の長女」

「……あーヨロシク金髪縦ロール。でも悪いな今はお前の番じゃねーの。俺の自己紹介の時間ですわなの。席順で回ってる事くらい秒で察しろ寝てたのお前?」


 軽く苛ついたので喧嘩を売ってみたが秒で流された。体躯こそ小柄だが、整った容姿と鋭い目付き。貴様に何を言われようが知らぬの佇まい。

 見習わなきゃなと少し反省。


「貴方には、ここで一つして頂きたい事が有りますの」

「あー自己紹介なら今からやるから座ってくんねえ?」

「ええ。その前に――謝罪を」


 息を吐いて横を見る。

 そこに居るのは天下無双のショッキング女教師、ミーシャ・クロロノフ。


「ら、ラシャーナちゃん? 今はベルクルス君の――」

「直ぐ済むので黙って居て下さい」

「…………」


 糞の役にも立たない新米桃色教師を傍目に、俺は席に付いたままのレーナに視線を送る。何があろうと絶対に手を出すな、と。死ぬ程不安だったが、意気消沈中なのが幸いしたのか今の所彼女に動きはない。


「……んで、何故に俺が謝んなきゃならねえんだチビロール?」

「――な! ラシャーナですの」


 ギロリと睨んだ後。ラシャーナは言う。

 知らぬの佇まいはどこ行った。


「『筆記で怒号の零点を取った癖、前代未聞の2万点超えを叩き出した馬鹿野郎』とは、貴方の事で宜しいですわね」

「……あー。またそれですか」


 初っ端からの馬鹿野郎呼ばわりについては不問にしてやるにしても、昨日と言い今日と言い。流石にそのネタはもう飽きた。それに、そもそも噂になっている自覚も俺には無いのだ。


「貴方がどんな手品を使ったのか、どんな不正を働いたのかは知らないですし、本来ならば一組然るべき私がドブの0組に落ちてしまったのも。輝かしい私の学歴に一点の汚点が残ってしまうのも過ぎた事。それについて今更どうこう言うつもりは有りませんの」


 無いと言いつつ皮肉は既に垂れた後。

 実に巧妙でズルいと思う。


「けれど、それもこれも、元はと言えば貴方があの会場の魔物を狩り尽くしたせいで! 私達Bブロックの試験生が実技で1点も取れなかったせいで! つまりはあれもこれも全部貴方のせいなのですわ!」

「……結局全部垂れ流すのかよ」


 とは言え。そういう事かと息を吐く。


 と言うのも実技試験当日の日。俺は柄にも無く焦っていた。理由は実に簡単で、前日に行った筆記試験の結果が中々に――いやその通り0点だったからである。


 そしてこの学園は実技と筆記、それぞれの相対評価の合計で合否を決める。

 つまり、俺はあの試験で『本気』を出さざる負えなかったのだ。


「俺が全ての魔物を屠った為にお前の持ち点は0点。よって敢え無くゼロ組落ちする羽目になった。だから謝罪しろってか?」


 そんな事をこのゼロ組で言うこと自体どうかと思うのだが。そんな事は微塵も気にする素振りも見せず、ラシャーナは頷く。


「被害者は私だけでは有りませんのよ! ねえスロト!?」

「えっ――!? いや、僕は別に……」


 突然振られた茶髪の少年が、戸惑ったような声を上げる。それを見て額をを押さえため息を吐くのはラシャーナだ。知り合いなのかは知らないが、何にせよ自分で振っておいてこの仕打ちである。


「とにかく、私だけでは有りませんのよ。私達は運良く筆記で満点に近い点数を取れたから良かったものの、この他にも貴方のせいで不合格になってしまった者達が大勢居るのですわ。この中にもまだ、名乗りを上げていない被害者が居るかも知れません」

「……はあ」


 確かに、と言うか。薄々気付いては居たが、前に出た時から俺に対して向けられる視線が明らかに異質だった。それは確実にクラスメイトに対するものではなく、自分とは違う、完全に異質な何かに向ける――敵意の目。


 理由はやはり彼女の言う通り実技の件だろう。直接的な被害を与えていようがいまいが関係無く、悪目立ちして良いことは何も無いと言った所か。


「――義務。そう義務ですわ! 貴方には義務が有るはずです!」

「…………」


 俺の内心を読んだワケではなかろうが、ここでラシャーナは明らかに勢い付いた様子で。ビシリと、俺に対し人差し指を突きつけ、声高に宣言する。


「さあギル=ベルクルス! 私達に――」



 瞬間。

 風が吹く。



「ッッ!!」


 その錯覚が現象として現れるよりも早く。誰かが何かを言うより先に。俺が息を付く前に――金髪女の座る長机が木っ端微塵に爆散した。


 ズッッパァン、と胸を打つ轟音が遅れて響いて。


 妙な煙が不自然に巻き上がるその中心で、爆発的な惨状の爆心地で、全ての事の中心で――白い少女は笑った。


「ああもう。穴があったら入りたいです」


 崩れ去った机の上、詰まらなそうに残骸の山に片足を掛け。単純なる己の腕力のみ、むしろ華奢な右拳一つでそれをやり遂げた化物は――。


「ので。掘りますか」


 ドン、と足がブレて地面に大きな穴が開く。


 恐ろしいほど静かに漂う冷気。周囲を包み込む怒気と殺気。そして同時に教室中を余すこと無く支配した沈黙を俺は丹念に吸い込んだ後。


「ギル様に仇なす女。叩き落とされるよりかは自分から踏み入ったほうが幾分楽かと思いますが――どうしまひん!?」


 ツカツカツカ――スパァン、と。俺は歴史上類を見ない阿呆レーナの脳天をぶん殴る。敬語での罵倒はガチ切れの一歩手前。阿呆に加減は要らず。つまりは全力。


「――ぎ、ギル様! 痛いですけど!!」

「痛過ぎるのはお前の頭と言動! 加えて片腹が糞痛いわ馬鹿レーナ!!」


 俺は全力で目下の馬鹿がこれ以上の狂気に走る前に押さえつけ、唖然とするクラスメイト達を一瞥し。口をパクパクさせてるラシャーナに向き直る。


「あー。えーとだな」


 吸って吐いての深呼吸。

 馬鹿のせいで飛び去った頭の中身を掻き集め。


「お前は俺に謝って欲しかったんだよな?」

「え? あ、ええ――」

「なら悪い。謝罪はしない」

「――ッ、」


 再び息を飲む金髪縦ロールを一瞥し、言う。


「別にあの試験じゃ単騎で獲物を借り尽くしちゃいけないなんてルールは無かった。正々堂々全力でと言われたから従ったまで。そもそも他の試験者との直接戦闘での妨害も許されてたじゃねえか」

「…………」

「獲物を狩り尽くすってのは――ある意味、最高に上等な妨害だろ?」


 開き直ってみた。金髪縦ロールは苛ついたようだ。


「それは法で咎められない戦争なら人を殺しても気に病む必要は無いということと同義ですわ。別に私は不正だろうが本当だろうが、貴方を吊るし上げるつもりは無いのです。仲間となるのならただ一言、精神的に、謝って欲しいと――」

「だから謝らねー。今回においてそれは、濡れ衣を自ら羽織るようなもんだろが」


 そこまで言うと、ようやくラシャーナは口を閉じた。

 やれやれ終わったかなこれでようやく俺のターン、号泣必死の自己紹介が開幕するぜと意気込んだ俺はすぐさま度肝を抜かれることとなる。


「決闘ですわ! やる気は無かったけれども、致し方無し! 貴方をこの手で叩きのめして、あの時の不正を暴いて差し上げますわ!」

「……うーわ」


 面倒くせえ、と呟く俺に。

 金髪縦ロールは。


「ははん――怖いんですのね!? 負けて全てを白日の元に晒される事が!」

「いんや」


 軽く頭を掻き混ぜて。


「弱い者いじめは基本嫌いなの。ほら俺って優しいから」

「――ッッ!!」


 ラシャーナの堪忍袋の緒がぶちギレたであろうその瞬間。実にタイミング良く、そして運良く、授業終了のチャイムが空気最悪の教室に響き渡る。


「は、はいはーい。そこまでよー? 続きはまたお昼休みが終わってから! 見るも無残な机と床の件についてはこの後じっくりお話ししましょうねー!」


 こうして、待ちに待った俺達の青春は始まったのだ。

 最高からは程遠い、ドン底の状態から。










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