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02 瞠目


 クラスカースト制度。


 根っからの成績至上主義であるこの学園は、全てのクラスを成績で割り振る事が特徴だ。例えば一期生。この学園では入試の得点上位者を一から順に振ってゆき、十まで振った時点で残りの受験者をバッサリと斬り捨てる。

 本来はこの十クラスが主たる組となるのだが、味付け程度の例外が一つ。


 0組。通称クラス=ゼロ。


 他の呼び名としては『ドブ』『底辺』『クソ雑魚ナメクジ』等々。それらの呼び名から分かる通り、0組は本来なら落とすハズだが何か一方面がずば抜けていたり、単純にあと一歩だった者などを拾い上げる、救済処置的な意味合いが強い。


 この組が発足した主な理由としては、成績優良だが問題行動を起こした者の受け入れ先を確保するためである。この国のとある特色から、孵化寸前の金の卵を、国が保有するこの学園から追い出すことはあまり望ましくないのだ。


 とまあ、そんな学園カースト最底辺の。

 とあるクラスの目の前で。


「――――うし」


 ギル=ベルクルス。本日付けで0組所属。つまるところの俺は眼前で『0』の数字を引っさげた扉を睨みつけ。上りて消える空言のように紹介文句を暗唱しつつ。

 深呼吸の後、静かにその扉を蹴破らんが勢いで開き入る。一行矛盾!


「さーせん諸々あって遅れましたが俺の名前はギル=ベルクルス! 好きなものはこれから待ち受けるであろう学園生活嫌いなものは特に無し! これから一年色々あるとは思うが皆で乗り越えて素晴らしい青春を駆け抜けていこうと思う! いやマジ本当に宜しくな!!」

「――あ、ギル様!」


 唐突に聞き覚えのあるその声に遮られ、俺は全力の笑顔を解除し辺りを見回す。


 レーナの嬉しそうな声を聞いた俺は、全力の笑顔を解除し辺りを見回すけれど、この光景を忘れることは一生出来ないだろう。


 差し込む陽光、揺れるカーテン、佇む阿呆が一人だけ。


「思ったよりHR早く終わってよかったです。私、おなかすいちゃいました!」

「…………」


 心をぎゅっと鷲掴みにされるような笑顔に照らされて。

 俺は一人咽び泣くのだ。







 大魔法学園デル・トリエルタの特徴その二。

 クソ広い。


 国土が限られる都市国家と言うミスルリナの性質上、一教育機関のために大きな敷地をあてがうことは難しいはずなのだが、この学園は毎年突発的に新入生の行方不明者が頻出する程度に広大だ。


 そもそも広いということはそれだけの施設数を確保出来るということでもあり。実際に相当数の建物を保有するこの学園では、魔法教育に対する直接的なアドバンテージとして働いているのだろう――。


 と、そんな中。


「いやー良かった良かった!」


 無駄に広い中庭を悠々自適に歩く俺の足取りは軽い。

 先刻までの哀愁どこへやら。ギャップも切り替えの早さも捨て置いて。


「まさか明日だなんてな! 自己紹介!」

「ギル様が幸せそうで、私も嬉しいです!」


 わははは! と、俺とレーナは道のど真ん中で声高に笑う。


 傍から見れば変態認定どころか医務室かむおん的事態も否めなかったが、それも気にならないくらいに俺達は幸せなのだった。盲目とはそれ即ち幸福なり。


「さて、今日はさっさと帰って明日の自己紹介に備えるとするか!」

「はい! ギル様!」


 うんうんと頷いて、俺は足下の小石を蹴っ飛ばす。愉快痛快気分は爽快。小石ちゃんは俺達二人に見送られ、遥か前方の草むらの中へと消えて――回れ右。


 こちらへ全力で返ってくる小石に俺は首を傾げ。


「いや初散歩の子犬かな――ってぎゃあああああああああああッ!?」

「ギル様ッ!?」


 ぶっすりと額に小石の先が突き刺さり、凄まじい痛みに全力で地べたを転がりまわる。顔を真っ青にして慌てふためくおろおろレーナさんだったが、その表情が視界にあるだけで痛みが数倍増しになるので辞めてほしい。


 というわけで涙で視界を滲ませながら今ほど小石が飛来した茂みを仰ぐと、小さなため息とともに呆れたような呟きが零れてきた。


「……たく、何なのよもう」


 俺達二人と同じ制服。控えめなラインも一年生カラー。


「ここの生徒は成績優秀品行方正仲睦まじくてクソつまんないって聞いてたのに」


 しかし、まず目を引くのはその髪色だろう。


 それは轟々と盛る炎が如く、それは優美に踊る不死鳥が如く、見るものの心を直接掴んで焦がすような赤髪。少女は風が弄ぶことを良しとしないように、鬱陶しそうに、その赤色を押さえつけ。


「アンタ。人様に向けて石蹴飛ばすとか――正気?」

「――――」


 その言葉に、俺は痛みも忘れて息を呑む。


 これはどうしようもないほどに彼女の通りだ。俺は身の回りの幸にだけ眼を向けて、周りには目もくれずに欲望のままこの小石を蹴り飛ばした。それも誰が居るかも分からない茂みの中へと向けて。


 下手をすれば彼女に当たっていたかも知れないし、打ちどころが悪ければ大怪我を追わせていた可能性だってある。周りの迷惑も考えず、欲望のままに石を蹴るなどまともな人間のすることではないだろう人間じゃないけれど。


 俺はそんな当然のことを、今更のように思い知った。

 けれど――。


「人、様、の、顔、面、に、石ぶつけた人間の台詞じゃねえよなそれはァ!?」

「――ッ寄るな変態」

「なッ!?」


 パァン、と頬に掌打を喰らい再び地面に手を突く。じんじん痛む頬を押さえる姿は完全にフラれた男のそれであるが、嫌そうな顔で右手を拭く少女を見て、今回ばかりは流石の俺も――どろりと深淵から湧き出すような笑みを零す。


「おーけー。喧嘩だな? 喧嘩売ってんだな? よしきた俺が全て買い占めた――」


 瞬間。


「――ッッ」


 俺は背後から恐ろしいほどに冷たい何かを感じて即座に振り返る。それは辟易として触れたものを射殺すような。良いも悪いも捨て去ったような。


 殺気。


「……〇す」

「待て待てレーナ俺キレてないから全然余裕だから止めてお前もキレないで!」


 殺る気スイッチを全力で探す勢いで押さえつけるがレーナは止まらない。それどころか奴は俺は軽く吹き飛ばしながら少女に迫る。いや何食わぬ顔で何しやがってんのこの世話係?


「…………はあ」


 殺人ダメ絶対! とレーナを押さえつける俺の奮闘を見て、赤髪少女は息を吐く。それはそれは、心の底から鬱陶しそうに。いやお前この阿呆解き放ってやろうか。


「もう良いわ。ただし、石は投げないように。危ないから」

「……テメエな」


 俺の文句など気にする様子も無く、彼女は相変わらずの赤髪を靡かせ踵を返す。これには流石の俺も手中の阿呆を開放してやろうかと悩んだが死人は不味いというわけで踏みとどまる。


 けれどやっぱりこのままやられっぱなしと言うのも些か悔しいわけで。


「…………つーか。お前。何故にあんな茂みに居たんだよ」

「…………」


 何も言わず振り向きもしないと。ああそうですか。

 糞食らえ。


「あーゴメン。あれか、あれだね。あれだよね。ぶっちゃけ野○ソか?」

「――ッ!?」


 確実に無視されるだろうと思ったその矢先、地獄色の髪をした地獄耳少女は以外にも振り返り。その頬から耳までを地獄色に染めて――。


「違うっ! 人前に出たくないから入学式をサボったのよ!」

「……入学式程度で人前って。お前この先大丈夫?」

「入試優良者! 新入生答辞! 辞退したのに聞いてないとか言い出すから!」


 そこで完全に、お口の車に乗車中である事実に気が付いたのだろう。彼女はまさに地獄絵図なお顔で俺を睨みつけ、今度こそ踵を返す。


 その右肩には『1』の数字が静かに揺れていた。







「ぷんぷん。ああもう何なんですかあの女はもうぷんぷん!」

「一つ言っとく。擬音口に出せば可愛いとか思ってんなら勘違い。おら鍵出せ鍵」


 少しだけ肩を落としつつ、然し大人しく鍵を開けるレーナ。


 この柔らかい色合いの一軒家は俺とレーナが借りている物件で、蜘蛛の巣状に広がるこの都市の南やや東寄りに位置する。学園からはほど近いのだが、如何せん路地の裏にひっそりと建っているために活気も陽気も人通りもないのである。


「……ま、早めに家具も持ち込まねえと」


 ――抜け殻とは言え。

 この家に誰も来ないとは言い切れないのである。友達とか百人欲しいし。


 とまあ俺達は全くを持って生活感ゼロ、空き巣さんむしろウェルカムなほどに殺風景な我が家を進み、迷うこと無く物置へと向かう。暖かな春先で。手を洗うでもなく、昼寝と洒落込むでもなく。料理でもなければ日向ぼっこでもない。


 俺は地下室の奥にひっそりと佇む物置へと向かい。


「んじゃ、先に帰ってっから」

「はい。ギル様……」


 先刻の可愛くない宣告に心抉られたのだろうか。俯き加減で頷くレーナを見て。俺は小さく息を吐きつつ――その中へと足を踏み入れた。


 瞳を閉じる。暗闇。鼻孔をくすぐる煤の香り。


 そして俺は消え去りそうな暗闇の中で、身体全体が淡い光に包まれることを感じ取る。しかし当然慌ても驚きもせず、ただその不思議なベールが消え去ることを大人しく待ち続け――そして。


「……あ、ギルさんいらっしゃい」


 目を開くと、先程までの埃臭さは微塵もない。


 それは何処までも続く漆黒の大地。何もかもを焦がし尽くした上で、上塗るように焼き尽くしたような、喉にまとわりつくような――黒。焦げた荒野にポツリと建つ。そんな塔の上に、俺は居た。


 目の前で首を傾げるのは一人の青年。淡い紺色の髪を持ち、水色のマフラーを年がら年中巻き続け。飯だろうが風呂だろうが手放そうとはしない優男。

 

 その寒がり野郎に目を向けて、俺は。


「…………なあ、アスモス。どっからどう見てもここは玉座の間じゃねえよな」

「まあ、それなら、俺が王様ってことになるでしょうし」


 眷属の塔だと、その返答には息を吐く。

 そうなると考えられることは――。


簡易回廊(インスタンス・コーダ)の不具合ですか?」

「もしくはアマイモンの不満具合が最悪なのか」


 あーそれ有り得る、と頷くマフラー野郎を見て俺は肩を竦め周囲を仰ぐ。


 生物が生存することは到底不可能と分かる貧相な大地。鼻をくすぐる饐えた臭い。遥か遠くからは喧騒が漂って、黒濡れた光景は瞳を介して脳裏に焼き付く。


 ここは魔界の最奥にして最果て。

 最強にして最凶にして――史上最悪の大魔王が住まいし砦の奥の奥。


 ルムガルド魔挟窟深部。


「つーか、アスモス。調子はどうだ」

「微妙です。俺、実は頭痛持ちで朝から偏頭痛が――」

「誰もお前の調子なんざ聞いてねえ。防衛ラインはいまどの辺りだっての。今日はそれなりに向こうさんもやる気みたいじゃねーの」


 すると奴は途端に気まずそうな顔をした。

 しかし俺がため息を吐くより先に、奴は素直に白状する。


「……二番です。それも終盤」

「テメエ報告は」

「…………すいません」


唸る左拳。


「………………ひどい」

「何処がだ糞野郎。お前の仕事は骸骨共が押される前にテメエの眷属獣で援護することだろうが。押されている事実を加味した上でのサボりなんざ普通は問答無用で首が飛ぶ。分かったら頭を地面に擦りながら速攻で片してこい」

「俺、今日頭痛いのに」

「……エルゼが聞いたら文字通りに首飛ぶぞお前」


 然しまあ、それでも目の前の馬鹿は心底気だるそうに。そして心の底から面倒そうに立ち上がる。それはある意味、確かに、見ようによっては体調が芳しくないとも見て取れるような動作であり――。


「はあ」


 俺は息を吐く。


「あーもう仕方ねえ。今回は、今回だけは俺が片付けてやるよ」

「その実、暴れたいだけでしょう?」

「……お前な」


 とは言え実際、奴が言っていることもあながち的外れという訳でも無く。俺は緩く足を持ち上げ塔の縁に掛け、遠方を覗いて目を細めた。

 微かに響く地面の鼓動。否が応でも感じる我敵のどす黒い威圧感。


 そんな俺を仰ぎながら、背後のマフラー野郎、アスモスは言う。


「書類仕事しないとエルゼさんに殺されますよ」

「…………五分で戻る」

「ギルさん」


 まだ何かあるのかと、眉を潜めながら振り返ると。

 奴は自分の首元を軽く指しつつ。


「王冠。流石にそのままじゃ死にますって」

「んなこと分かってるよ」


 言って、俺は学生服の胸ポケットから黒いネックレスを取り出す。

 闇を塗ったような金属のチェーンに、闇を飲んだような装飾。

 その先には、血に濡れた黒の王冠。


 紛うこと無き魔王の称号を――掛ける。


「――ッッ!」


 瞬間、空気が丸ごと爆発するような衝撃波にアスモスは吹き飛ばされた。

 残念無念空の彼方。奴は明後日まで飛んでゆくかと思われた――が。


「……ギルさん酷すぎ」

「ばーか。タカが拳一発程度じゃ甘過ぎて反吐が出ちまうだろ」


 奴がギリギリ塔の縁に手を掛け生き長らえていた事実に肩を竦めて。


 最強にして最凶にして史上最悪の大魔王。

 ギル=ベルクルス。その本名をギルベルク=ギスカード。

 つまるところの俺は――。


「じゃな」


 二本の角を真っ暗に光らせながら。

 闇を狩る。




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