18.最後の団らん(1)
18.最後の団らん(1)
レイスターは急いで皆の集まっている場所へ行く。4年前、ジャスティーを初めてここに連れて来た日を思い出す。あの時の、まだ来ぬ遠い未来だった日が、まさに今日だ。
レイスターは整列しているカードたちの前に立つ。あの日と同じように。ぐるりとネスのカードたちを見る。人数は、減ったか? それとも増えたか? 確実にあの頃とは違う。皆、「戦士」の顔をしている。大人になった。いや、俺が大人にさせた。だがそれも、全てはコウテンの黒い陰謀のせいだ。輝く進化を遂げたと聞くコウテン。その勢力、権力を宇宙全体の星たちにまで及ぼしたいとは、傲慢で、欲張りで、虫唾が走る。
レイスターは冷徹なる青い怒りの炎を目に宿し、真っ直ぐに前を見た。
「号令をかけずとも、よくできた整列だ……」
レイスターはボソ、とそう呟いた。皆の目はすでに戦いにいく準備ができているようだった。特に……、♠隊。ライラに任せて正解だ。
「4年前のあの日、ここにこうやって皆で集ったな」
レイスターは優しく話を始める。
「皆の顔を見ていると、今までどれ程の訓練を受け、自分自身と、また戦友と呼べる友と戦ってきたのかがわかる。うずうずしていただろう?」
レイスターはにやりと笑った。
「自分の力を出しきるのはまさに今からだ。今までの成果をあげることができるのは、これからだ。自分の限界を知るのはこれからだ。ネスの未来を守るのは、これからだ。そして、再びここに帰ってきたとき、平和で穏やかな未来を、皆でつくりあげていこう。その未来への一歩。コウテンのネス侵攻を止める。これなしにネスの未来はない。新たな未来への一歩は、今、これからだ。ネスの大地に愛された子どもたちよ。今こそ、戦う時だ。それぞれの誇りを、守りたいものを、しっかりと胸に刻め。恐れることは何もない。俺は最後まで、総長、否、♠のKとして、全ての責任を持つ。誰1人として死なせやしない!」
その時ライラが「ふん」と鼻で笑った。嘘つきだな、まったく。ライラはそう思っていた。
「スペースシフター!」
レイスターは一際大きな声を出した。皆に喝を入れるように。士気を上げるように。
「発進準備!」
「はっ!!」
皆が敬礼した。
「さてと、お前らはスピードに乗りこめよ。まさか壊しちゃいないよな? ジャスティー、バインズ?」
ライラは♠に選ばれし自分の精鋭たちに緊張感もなく尋ねる。
「……、俺は多分大丈夫。今急ピッチでハゲ電工に見てもらってる……けど」
ジャスティーはバインズを見た。
「……すみません」
バインズは下を向く。
「なんだと?」
ライラの声色が変わる。
「でっ、でもっ……」
「いいんだ!」
ジャスティーがバインズを庇おうとしたが、それをバインズは許さなかった。俺が悪い。俺が売った喧嘩だ。
「ちっともよくないな……」
「あれ?」
その時その場の雰囲気にそぐわない声でミレーが言った。
「?」
皆がミレーを見る。
「マナシーは?」
……皆の時が一瞬止まった。
この場には、ライラを含め11人しかいなかった。
「あいつ……もしかして寝てんのか!?」
バインズが思い出したように真剣な面持ちで言う。
「んなわけないだろ」
ランドバーグが冷たくあしらう。
「いや、マナシーならあり得るかも……」
シスカが引きつった笑みを浮かべながら言った。確かにありえるような気もした。皆がそう思ったのでその言葉に反論する者はいなかった。
「でっ、でも、おかしいですよ! 最重要緊急連絡としてネス全体に響き渡ったはずよ。砂漠の民のところにだって連絡はいってるはず」
アリスが不安そうにそう言った。「何かあった?」
「急いで見て……」
ジャスティーが動こうとした。
「あれれれ? 足りないの? ライラ隊長?」
その時、聞き慣れない声がした。その人物の胸には❤の紋章が見えた。
「……❤隊か、なんの用だ。お前らもさっさと準備しろ」
「♠はカードの中で最も強いカード。なのに、1人不在だなんてふざけてるわ。一体どんな神経してるのよ」
❤のKがライラに対してそう言った。
「どうでもいいが、用件はなんだ?」
全てを無視してライラが聞いた。
「貸してあげるわよ。私のカード。❤ってのは切り札になりやすいからねぇ」
「……いらね」
バッサリとライラはそう言った。❤のKはその口を開けたまま固まった。
「えっと……、仕切りなおして、俺が……」
ジャスティーが再び動こうとしたがそれもまた止められることになる。ライラはしっかりとジャスティーの腕を掴み、その足を止めた。
「いい。来ない奴を待つ必要はない。時は『今』だということを忘れるな。一刻も早く出るぞ。戦場がネスにならないうちにな」
「でっ、でも!」
「よかったじゃないか。何かのおぼしめしかもな。バインズ、マナシーのスピードに乗れ。これで戦闘態勢は整った。マナシーの穴はバインズ、お前が埋めろよ」
バインズはグッと唾を飲み込んだ。
「……はい!」
「よし、各機発進準備! ワープ予定点まで全速発進だ!」
ライラは声高らかにそう指示をした。
「はい!」
「ジャス……」
ハルカナが何か迷いを含ませた声色でジャスティーを呼んだ。
「んっ?」
ジャスティーにはそんな感情は量れない。
「……」
ハルカナは黙りこむ。私の気持ち、言うタイミングじゃない。でも、これでもう会えなくなったっておかしくない状況だ。
「緊張してんのか? 向こうで話は聞くから、ほら、早く準備しろ」
ジャスティーは笑みを浮かべてそう言った。『向こうで話は聞くから』。ハルカナはその言葉に気が抜けた。
「ふっ……」
「何笑ってんの?」
ジャスティーが不機嫌そうに聞く。
「なんか、緊張感なくなっちゃったなぁ~」
「はぁ!?」
「嘘。ジャス、また向こうで会おう」
ハルカナはしっかりとジャスティーの目を見てそう言った。ジャスティーもそれに応える。
「当たり前だ」
「ほんと、ジャス撃沈なんてシャレになんないからね」
「ルイ!」
ルイが相変わらずの嫌味口調でジャスティーの横を通る。
「機体がおかしくなったらすぐ僕に言って。戦闘中でも何かアドバイスできるかもしれないから」
そしてそう付けくわえた。
「お……おう!」
「ジャスティー!」
いざ、スピードに乗りこもうとした時再びお呼びがかかる。なんだよ、皆そんなに俺が心配かよ、ジャスティーはムスッとした表情で振り返った。
「ジャスティー、これ!」
そう言うと、アリスはジャスティーの手をぎゅっと握りしめた。ドキッとジャスティーの心臓が音を立てるのは仕方のないことだった。
「アっ、アリス?」
「ジャスティー、今までありがとう。ジャスティーがいちばん危険な特攻中の特攻を任されるんだもの」
え? 俺の死確定なの?
「だからこれ持ってて。きっと、守ってくれるわ」
ジャスティーはアリスに包まれた手を広げてみた。そこには薄ピンク色に光る水晶のような石のネックレスがあった。
「お守り。お母さんの形見なんだけどね。私のお母さんはネスのすぐ傍にひっそりとたたずむ別のちっちゃな星から来たのよ。そこの守護石なの」
「そっ、そんな大事なもの……」
「ううん。ジャスティーに持ってて欲しいの。そしたら私も安心できる。ジャスティーがちゃんと仕事をしてくれたら、私たちは後に続けばいいだけだもの」
アリスはにこっと笑う。戦いに行く者とは思えないほどの穏やかさがそこにあった。
「でっ、でも……」
「大丈夫。私、ライラ隊長の援護だから」
「……なら安心だな」
ジャスティーは苦笑した。そしてネックレスを首にかける。優しく光るピンク色はまさしくアリスの色だ。
「ありがとう!」
ジャスティーは元気よくそう言った。アリスは満足そうに頷くと自分のスピードへと駆けていった。
今一度その石をギュっと握りしめる。「よし!」、ジャスティーの心の準備は整った。