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8.何気ない日々(2)

8.何気ない日常(2)



 不思議だな。ジャスティーは思った。久しぶりにここに来た。荒野と砂漠が大半を占めるネスにおいて、ここだけは、人の手が加えられている。守られている。守られてきた?

 石造りのレンガの足元。そしてその中心には丸くレンガで囲まれた泉からやむことなく水色の液体が溢れ出ている。

 水。水って、こんなに青いのか? ジャスティーはその綺麗で透明な、透明故に何色にも染まるその恵みを見ていると、自分の心もなぜか透明になっていく、透きとおっていくような感覚を覚えた。

「ここには、何かが住みついてる気がする」

 静かに泉に顔を近づけ佇んでいるジャスティーの横にミズが来てそう言った。

「ミズ……」

 ミズ。

「……どうした?」

 ジャスティーは一瞬だけミズの顔を見ると、その顔を下に向けて、何か考えを巡らせているようだった。

「いや……」

 ジャスティーはそういうと、続きを言わないまま考え事の続きをした。正確には思い出していた。

 レイスターが言ってた。希望の泉。「水」なんて安直な名前だとあの時の俺は思ったけど、「ミズ」の名前の由来は、家の水道から、井戸から出る水じゃなくて、この青碧の湖畔のこの「水」からとったんだ。それはとても特別なんだ。

「ミズ……。ミズって、どこから来たの?」

 ジャスティーは、真剣な面持ちでミズを見た。

「……ジャス?」

 ミズはいつものジャスティーではないような気がして心配になる。

「俺は……、どこから来たんだろう……」

 そしてジャスティーは自分に対してもそう言った。ミズがどこから来たか? 青碧の湖畔が生んだんだ。そうだ。ミズには昔から特別なところがあったんだ。ミズが生まれたのは奇跡なんだ。

 レイスターだってそう言ってた。

 じゃあ俺は?

 俺はどこから来た? 俺って、ジャスティーなのか? どうしてジャスティーなんだ? レイスターとアスリーンがつけた名前なのか? いや、そうは思わない。なぜか、思えない。

「ごめん。ミズは、ここから生まれたんだよね。希望だ。ネスの希望」

 ジャスティーはミズに微笑んだ。その微笑みはどこか悲しげだった。ジャスティーに微笑みは似合わない。大きく笑うか、大きく怒るか。それだけだ。絶妙なその表情はジャスティーを不安定に見せる。

「……。ジャスは実際は僕の兄貴かもね。僕よりちっちゃいし、バカだから弟って思ってたけどさ」

「え?」

「先にここで生まれたのはジャスティー」

「俺は……、こんな希望の場所で生まれたんじゃない」

「ここで湧き出るものは、必ずしも希望だっていうなら、ジャスティーもまた、ネスの希望だよ。僕たちの本当の親なんてどうでもいいだろ? ジャスティー、僕たちは兄弟だ。正真正銘の。そして、レイスターとアスリーンが僕らの親だ。そうだろ? ここで生まれた僕たちを、拾い、育ててくれたのは、あの2人だ。じゃあ、あの2人が僕らの親。そして、僕たちが兄弟。そして、それを合わせて僕らは家族だ。他に何を望む?」

 ミズはそう言って泉に右手をそっと入れた。

「冷たくて、気持ちがいい……。確かにこの星の聖域だな」

 ミズは目を閉じていた。ジャスティーはそんなミズをじっと見た。泉が、ミズの体から疲れや悪いものを取り除き、そして泉の力がその手を通してミズの体に巡っているような気がした。

「うん……、そうだな。なんだろう、ここに来たら、感傷的になっちゃって」

「……なんでそうなるかな」

「さぁ、どうしてだろ。ここには、親なんていない奴らだって多いのに……。自分は恵まれてるってわかるのに。どうしてか1人になったみたいな……」

「ジャスティー」

 ミズはその言葉の続きをジャスティーには言わせなかった。

「お前のことは必ず守る」

 ミズは力強い眼差しでそう言った。

「……どうして……?」

「たった1人の、かわいい弟だからだよ」

 ジャスティーはミズの前では大人しくなる。いつもの生意気な態度もでない。つい、甘えてしまう。「どうして?」なんて、聞かなくてもわかるのに、ミズから直接言葉が欲しかった。

「必ずまた、ここに帰ってこよう」

「うん……」

 ジャスティーは顔を上げた。そして少しばかり目をごしごしと擦る。

「ミズ! だけど間違ってる!」

 ジャスティーは元気を取り戻してミズの顔に指をつきつけた。ミズは少し後ろに下がる。

「俺が、お前を守るんだ!」

 そして堂々とそう言った。

「はぁ?」

 呆れたようにミズが言う。

「お前はコウテンに降りなくていい! それは俺たち♠の役目だ!」

「♠落第しそーな奴の言うセリフ?」

 ミズは少し照れてそう言った。

「ライラが言ったのか? あいつっ!」

「ジャス、頼むからさ、俺にお前を守らせてくれよ」

 ん? なんだその言い方、とジャスティーは不思議に思った。

「ジャスを守ることがさ、ハッキリと言える、僕の正しい行いなんだ」

「……」

 ジャスティーとミズは顔を見合わせた。

「なんだ、それ。ミズがやってることはみんな、正しいことだよ」

 ジャスティーはふい、と目を逸らして車に戻る。

「もう帰るの?」

「当たり前! 長くいたらミズが変なこと言いだす」

「お前が感傷に浸るー、とか言って落ち込んだだけじゃないか」

 うっ! ジャスティーは恥ずかしくなる。

「うるさい!」

「ははっ! いいさ、時間はたくさんある。いつか、何気なくここに来れたらいいな」

 ミズは軽くそう言ってジャスティーの隣に乗りこむ。

「そのために……」

 ハンドルを握り、ジャスティーの目はどこか遠くを睨みつけていた。

「ああ、そのために」

 ミズが爽やかな顔で合槌を打つ。

「コウテンを落とす」

 燃える瞳でジャスティーはそう言うとエンジンを勢いよくかけた。




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