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 声が透き通る。

 前の人が、後ろの人に向けて放った言葉。間にいる存在は、ないものとして。

 これが、幽霊の世界。

 本当はこうなっていたはずだった。

 一人、寂しく帰る。

 まだ授業中だけど、『亡くなった』と言われた瞬間、誰もが見向きしなくなった。

 ポツリと、教科書が開かれているだけ。

 みんなの心には……残っていないのかもしれない。


「あ……」


 どうやって帰ったかも思い出せず。


「そっか」


 ドアに手をかけて、すり抜ける。

 わざわざ玄関を通らなくても、このまますり抜ければいいだけだ。

 良心という部分がチクリと傷むけど。普通に出来ないのなら、仕方ないと思うことで押さえ込む。


「た、ただいま」


 靴は二つ。

 一応、声をかけてみる。

 ドクドク脈打つ音が煩い。

 意味はないけど靴を脱ぎ、開け放たれたリビングへのドアをくぐる。


「――おかえり」


「あ……ただ、いま」


 変わらない表情。変わらない、『おかえり』の温かさ。

 こんなにも嬉しくて。こんなにも安心できて。

 知らず、泣いていた。

 彼が、だ。


「…………何で、アナタが泣くワケ?」


「ん? 何でもないが?」


「って言うけど、何でもない顔じゃないって。何が悲しいの?」


「……悲しい?」


「そう。アナタは泣いているの」


 確かめるように、彼の手を取り頬に触れさせる。


「………そうか……オレは、悲しいんだな」


 悲しさに慣れても、悲しさは感じる。

 彼の心にも、残っていた。

 その涙は、とても綺麗で。静かに泣く彼の、涙を拭いてあげたい。

 だけど、触れるのが怖かった。この手が、すり抜けていくのが……。

 そうして臆病になって伸ばしかけた手。引っ込めることもできずに居ると、この手を彼が掴んだ。

 正確には、掴んだように見えた。

 彼の手はすり抜ける。


「………………オレに、キミを形成する力はないらしい」


 虚空を掴んだ手を、彼は悔しそうな表情で見ている。

 血が滲むくらいに強く、強く握って。

 今のままじゃ、わたしには何もできなくて。それでも何かしようと、触れられない手を伸ばした。



「……好き、だ」



 触れられないわたしの手を取り、わたしはその手に引かれるまま動かすと、彼の頬に当たった。

 そしてポツリと呟かれた言葉。 


「あのさ……わたし、もう死んでいるけど?」


 思わず、そう返してしまった。

 本当は『ありがとう』なのに。

 多分、理由が知りたかったから――ということにしておく。


「死んでいても、現実に、オレはキミを好きだと思った」


「…………刹、那?」


「だから、告げられなかった」


 もう死んでいるから。

 ずっと、この辛い想いを抱き続けて……。


「こうなることは分かっていた。分かっていたなら、早くに伝えるべきだった」


「逆、じゃない? こうなると分かっているなら、伝えるべきじゃないって」


「……そうも、考えられる。けど、後悔はしたくないからな」


 目を閉じて語る。

 彼は今、満足はしていないだろう。だけど、後悔もしていない。


「――ウソを言っても、誰も救われない」


「あ、いや……ウソだとは思ってないけど」


「キミのことじゃない。自分の心にも、ウソを言いたくなかった」


 人にも、自分にも。

 言われた人も言った人も、心に罪悪感を抱く。

 だがら、この心に抱く気持ちにも、ウソは言えなかった。


「好きなのは、同じだよ」


「誰、と?」


「アナタ以外に居たら困るし」


 アナタが好きだと告げる。この気持ちは、同じなんだと。

 彼はしばらく動かず。次に動いた時は、口元を押さえ、真っ赤になっていた。

 自分で『好きだ』といった時は、平然としていたのに。他人から好意を口にされるのは苦手、と言うことになるのだろうか。


「死んでからも、嬉しいことってあるんだね」


 だから、なのかもしれない。

 満たされているから、できること。

 今なら。


「晴夏」


「あ、初めてまともに呼んでくれた。何?」


「……オレは」


 言いかけて、俯く。

 分かっている。

 紡ぎたくないと、言いたいのだ。

 それでも、そうして欲しいと言うのは酷なのか。そう言われても、彼にしか出来ないことだから。

 彼になら、想いを預けてもいい。


「オレは最初、キミに言った。覚えているか?」


「え、何を?」


 その時の記憶は……もう、ない。

 だけど、確かに聞いた。 




「キミの悲しみが、ここで紡がれて行くことを――」




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