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 次を迎えた朝。


「……あれ?」


 目が覚めて、思い出せないことがあるのに気づく。

 最初の記憶。

 彼と……どうやって出会った?

 想いは心にあるのに、その想いがどうやってでき上がったのか。最初の出会いが思い出せなかった。


「事故のことも、全然思い出せないままなのに……」


 生きていた時のことは覚えている。

 友だちと、最後に交わした言葉も全部。


「あれ? そう言えば……記憶って、どこに行くんだろ?」 


 普通なら、脳が覚えたり忘れたりする。

 幽霊になってからの思い出は、幽霊のどこに残るのと言うのだろう。

 現実は、もうないのに。

 こうやって、忘れてしまうのだろうか。昨日に作ったことも、今日のことも。明日になれば?


「――仕方ないって、割り切れないよね……」


 震える身体を抑えようとしても、どんどん湧き上がる感覚。

 死ぬのが、怖い――

 実際はもう死んでいるのだけれど、こうなってから気づくのも悲しかった。

 概念は理解していたはずだったのに。

 唇を噛み締める。


 大丈夫だ。


 大丈夫、だから。


 そう言い聞かせて、無理矢理に震えを止めた。

 いつもの自分で居ること。それが精一杯。だって、この世界に存在していることが最大の贅沢だから。

 ……と、ノックの音で気を取り直す。

 返事を返すと、彼だった。


「具合は、どうだ?」


 そう聞いてくるということは、わたしが何らかの体調変化を起こしている確信があるのだろう。

 大丈夫だよと返し、ふと、気になったことを聞いてみた。

 記憶、その行方。

 彼は……正直に話してくれた。苦痛に歪んだその表情で。


「記憶は、どこにも刻まれない。いつしか、泡のように消えてしまう。

 この町の霊は、過去に囚われている。ここに存在してからずっと、過去を振り返り続ける」


 動くことなく、ずっとずっと繰り返して。

 ただし、異例もある。

 ボーカルの彼や、無自覚だった彼女――須山さんのように。

 過去に未練がなければ、囚われることはない……らしい。要は、前を向くか向かないかだけど、とても難しい話だった。

 わたしが記憶しているのは、実は覚えている状態ではなく、わたしという魂に留まっている状態に過ぎないそうだ。だからどこにも刻まれず、時間が経てば消えてしまう。

 今、どのくらい記憶があるか分からない。未練を持ってしまえば同じ行動を繰り返すだけ。

 消えてしまわないうちに、新しい記憶を作れば……過去に思った想いを、今日思い出し想えば、新しい記憶になるはず。

 一つ心配なことがある。


「ねぇ……消えたらアナタからも、記憶が消えてしまうのかな?」


 わたしが存在した代償として。

 それは嫌だった。


「それは、ない」


「わっ、言い切った。何で?」




「キミの思い出は、オレの中で紡ぎ、築かれている。オレの……心の一番近くで」




 だったら、嬉しいな。




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