18
彼がその悲しみを紡ぐ。
大森さんは泣いていた。『バカだよ』と呟いて、成仏していくまでずっと。
須山さんは思い出した。最後の光景と、最後の想い。そして、自分がもう居ない存在だと。
知り、自らの手で終わらせたその理由を教えてくれた。
これで目的は果たされた。言葉で言い表せない結末で、だ。
「死んだらそれで終わるって……多分、当たっているよね」
「……そうですね。現実はそうでも、姉は信じたかったのかもしれません。死んだら、心に強く残ると……。
ですが思えば、選んだ時点で……既に狂っていたのかもしれません。自分にも、世界にも」
人には限界と言うものがある。
どんなに強く想っていても。どんなに強靭な心だと言われていても、ある一点を超えてしまえば、ボロボロと崩れてしまう。
間違ってしまう時だってある。間違ったまま、進んでしまうこともあるんだ。
須山さんは多分、そうだと思う。
「――キミは、これからどうする?」
「義兄と、話をしたいとは思っています。姉さんを失って、どう思っているかを。今も尚、愛しているのか」
「そうか」
大森さんは強いと思った。
大切な身内を失っても、原因と向き合おうとしている。
普通なら、そんなことは出来ない。ただ、恨むだけ。
「もし……もし、キミのお義兄さんが泣いていたのなら、何も言わないで欲しい」
「何故ですか?」
「それは、彼女の悲しみが……紡がれた証だから」
泣いていたのなら、心に残っている。変わらなければ、想いはムダ。
一つの、賭けなのかもしれない。
「……分かりました。縁として出会った貴方たちの言葉ですから」
「縁でも、悲しい縁だよね」
「でも、僕はこれでよかったと思います。出会えて、良かったです」
泣きそうな笑みを見せ、大森さんは帰って行った。
この先がどうなるのかなんて、きっと、大森さん自身も知らないんだ。
左手を見る。
いつの間にか彼を掴んでいた利き手。
そっと手放し、感触を握り締めた。
「どうした?」
「え、あっと……今回の場合、存在の記憶は消えないんだなって」
「ああ。確かにオレは紡いだが、オレが全部を受け入れたのではない。オレを介して、彼に紡いだ。だから残せた。あの時は紡ぐ相手が居なかったからな。心に残せないのは、残念でしかない」
「そう……だね。でも、心に強く残るなら、さ……幸せがいいなって、思った」
「そうか」
彼らしい言葉を言うと、握り締めている左手を掴まれた。
握手をする訳でも、手を握る訳でもない。そのまま、彼の心臓に当てられ……。
「何?」
「いや……何かを悩んでいるようだったから」
「確かに悩んでいるけど、さ……」
そんなことをされれば、悩みなんて吹っ飛んでしまう。
この左手が透けて見えたのは、きっと錯覚だろうと。
生きている鼓動を感じた。
確かに、ここに在るから。
「――もう大丈夫、かな。うん、大丈夫」
「なら、よかった」
「……うん」
掴んでいた手が離れる。
だけど、温もりは残ったまま。こんな些細なことでも、心に強く残ればいいなと思う。
自分でもなく。誰でもない。
彼の、心に――
「……あ、やっぱりそうなんだ」
「何がだ?」
「いや、案外っていうか、結構? 自覚するまでが鈍いんだな~って思っただけ」
「意味が分からないんだが?」
「何て言うか……秘密」
「は?」
ますます意味が分からないという表情を浮かべる彼に、少しずつ笑えてくる。
彼でも気になることがあれば、こんな顔をするんだ。
凄く意地悪をしたくなる。
決して鬼じゃないけど。
「アナタが、凄く大切だよ」
言った瞬間、わたしは大笑いした。
目の前に、真っ赤に茹で上がった彼が居たから。




