表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/32

18



 彼がその悲しみを紡ぐ。

 大森さんは泣いていた。『バカだよ』と呟いて、成仏していくまでずっと。

 須山さんは思い出した。最後の光景と、最後の想い。そして、自分がもう居ない存在だと。

 知り、自らの手で終わらせたその理由を教えてくれた。

 これで目的は果たされた。言葉で言い表せない結末で、だ。


「死んだらそれで終わるって……多分、当たっているよね」


「……そうですね。現実はそうでも、姉は信じたかったのかもしれません。死んだら、心に強く残ると……。

 ですが思えば、選んだ時点で……既に狂っていたのかもしれません。自分にも、世界にも」


 人には限界と言うものがある。

 どんなに強く想っていても。どんなに強靭な心だと言われていても、ある一点を超えてしまえば、ボロボロと崩れてしまう。

 間違ってしまう時だってある。間違ったまま、進んでしまうこともあるんだ。

 須山さんは多分、そうだと思う。


「――キミは、これからどうする?」


「義兄と、話をしたいとは思っています。姉さんを失って、どう思っているかを。今も尚、愛しているのか」


「そうか」


 大森さんは強いと思った。

 大切な身内を失っても、原因と向き合おうとしている。

 普通なら、そんなことは出来ない。ただ、恨むだけ。


「もし……もし、キミのお義兄さんが泣いていたのなら、何も言わないで欲しい」


「何故ですか?」


「それは、彼女の悲しみが……紡がれた証だから」


 泣いていたのなら、心に残っている。変わらなければ、想いはムダ。

 一つの、賭けなのかもしれない。


「……分かりました。縁として出会った貴方たちの言葉ですから」


「縁でも、悲しい縁だよね」


「でも、僕はこれでよかったと思います。出会えて、良かったです」


 泣きそうな笑みを見せ、大森さんは帰って行った。

 この先がどうなるのかなんて、きっと、大森さん自身も知らないんだ。

 左手を見る。

 いつの間にか彼を掴んでいた利き手。

 そっと手放し、感触を握り締めた。


「どうした?」


「え、あっと……今回の場合、存在の記憶は消えないんだなって」


「ああ。確かにオレは紡いだが、オレが全部を受け入れたのではない。オレを介して、彼に紡いだ。だから残せた。あの時は紡ぐ相手が居なかったからな。心に残せないのは、残念でしかない」


「そう……だね。でも、心に強く残るなら、さ……幸せがいいなって、思った」


「そうか」


 彼らしい言葉を言うと、握り締めている左手を掴まれた。

 握手をする訳でも、手を握る訳でもない。そのまま、彼の心臓に当てられ……。


「何?」


「いや……何かを悩んでいるようだったから」


「確かに悩んでいるけど、さ……」


 そんなことをされれば、悩みなんて吹っ飛んでしまう。

 この左手が透けて見えたのは、きっと錯覚だろうと。

 生きている鼓動を感じた。

 確かに、ここに在るから。


「――もう大丈夫、かな。うん、大丈夫」


「なら、よかった」


「……うん」


 掴んでいた手が離れる。

 だけど、温もりは残ったまま。こんな些細なことでも、心に強く残ればいいなと思う。

 自分でもなく。誰でもない。

 彼の、心に――


「……あ、やっぱりそうなんだ」


「何がだ?」


「いや、案外っていうか、結構? 自覚するまでが鈍いんだな~って思っただけ」


「意味が分からないんだが?」


「何て言うか……秘密」


「は?」


 ますます意味が分からないという表情を浮かべる彼に、少しずつ笑えてくる。

 彼でも気になることがあれば、こんな顔をするんだ。

 凄く意地悪をしたくなる。

 決して鬼じゃないけど。




「アナタが、凄く大切だよ」




 言った瞬間、わたしは大笑いした。

 目の前に、真っ赤に茹で上がった彼が居たから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ