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 彼が立ち止まる。

 それは突然だった。

 いつものように、夕飯の買出しをしていた帰り。この町で、彼を呼び止める人なんて居ない。振り返る彼につられ、振り返ると、


「えーっと?」


「何か、用が?」


 身体が透けている女性が立っていた。

 間違いようがない。

 けど、霊に『霊ですか?』なんて聞くのも気が引ける。 


『――――――』


 女性が何を言ったのか、やっぱり聞こえない。


「……ここは、霊に会える町として有名な町、迎ヶ町と言えば分かるか?」


『――――――』


「誰か、会いたい人が居るから来た。この町に居る理由はそれしかない」


『――――――』


 最後の言葉は、ありがとうと言っていたのは分かった。多分女性はそう言って笑ったのだと思う。そのままどこかへ行ってしまった。

 おかしな人だ――というのが、わたしの印象だ。


「ねえ、アナタの言葉から思うに、何かおかしな会話っぽかったけど」


「…………彼女は、無自覚者だ」


「無自覚って、死んでいることに? だからあんなおかしな会話になるんだ」


 そんな人に『アナタはもう居ないんです』なんて言えば、もしかすると狂うかもしれない。

 もちろん、百パーセント信じてそうなるとは限らないし。笑って、冗談に済まされるかもしれない。

 どっちに転んでも、あまりいいことじゃないのは確か。

 難しい所だ。


「あの人……どこへ行くのかな?」


「分からない。成仏できないのなら、ずっとこの町に居ることになる。いつかは成仏できるとは思うが、それは何時の話だろう」


「ずっと、か」


 成仏出来るまで、どのくらいだろう。

 明日か明後日か。一年後かあるいは……、



「それこそ、永遠――なのかもしれない」



 取り残されていく、『永遠』という時間。

 今、わたしは取り残されているのだろうか?

 進むべき未来へ向かっていない気がして、何だか不安になった。

 死ぬ瞬間、死後。

 想像なんてしない方がいいのだけれど、後悔を残さないようにするには、想像するしかない。

 なんて。


「――あの、すみません。この写真の女性を見かけませんでしたか?」


 会話が途切れてどれくらい経った頃だろう。

 声に振り返ると、少し疲れた様子の青年が、わたしたちに写真を向け尋ねていた。


「あ、さっきの人」


 それは無自覚な霊――さっき見かけた女性を写した物だった。

 タイミングが悪い。


「…………やっぱり、この町に居たんですね」


「やっぱり?」


「何か、事情がありそうだな」


 聞かせて下さいと彼が言うと、青年は考え込み。すぐに何か思いついたのか、返事をした。


「見かけたのは貴方たちだけ。これは何かの縁、かもしれませんね」


 青年は大森真哉と名乗り、写真の女性は姉だと言った。言われてみれば、目元とか似ている。

 姉は須山華奈美。結婚して一児の母で、一週間前に……亡くなったそうだ。自らの手により――

 何故そうしたのか。大森さんは理由が知りたくて、この町に居るかもしれない可能性を思い、来たという。

 だけど、その彼女は無自覚者だ。


「それで、どうすれば姉に会えますか?」


「どうすればって……」


「幽霊に会える町だと聞きました。だけど僕は、幽霊に会えていません。だから……」


 彼は、答えを言わない。

 霊に会えていないのは、大森さんが視えない体質の人間だから。言ったら、落ち込むと思う。

 分かってしまった答えの先。

 沈黙を破ったのは、やっぱり彼だった。


「――キミは本当に、霊の存在を信じているか?」


 静かな声に、大森さんははっきりと返した。


「死んだら人は、それで終わると思っています。だけど僕は、姉がこの町に居ると信じています」


 彼は頷き、


「なら、視えるはずだ」


 指す方向。

 探していたお姉さんは、そこに立っていた。

 視える、視えない。それは彼の力だろうか。

 多分、違う。

 もしかしたら、心の問題なのかもしれない。この町の視えない人は、当たり前すぎて、視界に入るのが嫌だから、居ないものとして?


「姉さん」


 大森さんの呟きが聞こえたのか、お姉さん――須山さんの口が、言葉を紡ぐ。

 聞こえないのは、わたしと大森さん。彼が通訳する。


「彼女はキミに、何故ここに居るのかを聞いていた」


「そんなことはどうだっていいよ、姉さん! 姉さんは何故、自ら命を?」


『――――――』


 須山さんの言葉を聞いた彼は、小さく首を振った。

 その問いは無意味だ、と。


「どうしてですか?」


「彼女は、亡くなっていることを自覚していない」


 『え?』という表情が重なる。

 大森さんの驚きは、無自覚であることに対して。

 須山さんの驚きは、亡くなっていることにだ。

 どちらの気持ちも分かる。辛いってこと。


「キミはもう、居ない。この町の人が無視をするのは、キミが霊だからだ」


 誰かが言わなければならないのは分かっている。分かっているけど何故、彼が告げなければならないのだろう。

 義務がある訳じゃない。親切だからでもない。

 酷なことを告げる彼の、悲しそうな表情は見たくないのに。 


『――――――』


「彼がそれを証明している。それに、嘘を言っても誰も救われない」


 そっと、彼は目を伏せる。

 どうすれば、誰かを救えるのか。

 そして目を開いた時、彼にはもう、悲しみの色はなかった。


「今のオレに、自覚を促す術はない。だから、キミ自身が思い出さなければならない」


 言葉は時に凶器で、時に驚かせられる。

 その言葉に、優しさも残酷さもない。あるのは、願い。


 ――イタイと思うのは、彼が言うから?



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