第37話 さようならは、物語の始まり
最後まで読んでくださると嬉しいです!
「みんな、大好きだよ。……バイバイ!」
僕が笑顔で手を振った瞬間、光は一気に弾け、チーンという、耳に馴染んだコンビニの自動ドアの音が頭の中に響き渡った。
次に気がついたとき。
僕のローファーは、エストの路地裏の土ではなく、濡れたアスファルトを踏みしめていた。
目の前には、朝4時、あんなに長かった異世界での生活は、もとの世界では2時間しか立っていなかったようだ、見慣れたコンビニの自動ドア。
手元には、財布。
すべては一瞬の夢だったかのように、現実世界は何一つ変わっていない。
けれど、僕の胸の中には、あの世界で紡いだ確かな絆と、人からもらった温かさが、消えない炎のように息づいていた。
「……よし。元気にやっていくか!」
深く被っていた帽子を被り直して、僕は顔を上げる。
「頑張ろう!」
「おう!」
目を閉じれば、今でもエストの仲間たちの威勢のいい声が聞こえてくるような気がした。
「よし。いくか。」
誰もいない早朝の住宅街。僕はスマホを取り出し、何度も脳裏をよぎったあの子のトーク画面を開く。
今度はもう、逃げない。
「夏休み中、どこか空いていない?」
スマホの画面を見つめながら、僕は小さく息を吐いてメッセージを送信した。
少し震える指先で送ったその一言は、これまで僕が送ってきたどんな言葉よりも、僕自身の意志がこもっていた。
異世界での、泥まみれで、でも温かかったあの旅。
そこから戻ってきた僕の、本当の意味での「自分探しの旅」が、この現実世界で新しく始まったんだ。僕の夏休みは、いや、僕の長い長い人生は、まだまだ終わらない。
それから、3年の月日が流れた。
202x年、20歳になった僕は、地元の居酒屋で行われている中学の同窓会にいた。
会場は、昔の同級生たちの賑やかな話し声と笑い声で溢れている。
かつての僕なら、きっと壁際に一人で引きこもり、スマホをいじりながら「早く帰りたい」と冷めた言い訳を頭の中で繰り返していただろう。他人の眩しさに嫉妬して、傷つくのを恐れて、殻に閉じこもっていたはずだ。
けれど今の僕は、色々な人と笑顔で、ごく自然に仲良く話している。
泥をすすりながら、色々な人とぶつかり、助け合って生き抜いたあの世界での経験が、僕の心を少しだけ、けれど決定的に強くしてくれていた。
「ねえ、蓮。ちょっと飲み物取ってくるね」
隣から、鈴の鳴るような優しい声が聞こえる。
「うん、ありがと」と答えて微笑む。
まさか、あの放課後の教室で僕を哀れむように見ていたあの子と、今こうして付き合うことになるなんて、あの頃の僕に言っても絶対に信じないだろう。
あの夏休み、僕が勇気を出して送った一杯のメッセージから、僕たちの関係は少しずつ、でも確かに変わり始めたんだ。
戻ってきた彼女が、僕の隣にちょこんと座って嬉しそうに微笑む。
愛おしい、と思う。
(……僕は、この人をずっと守る)
今の僕には、守るべきもの、守らなければならないもの、そして何より、心から守りたいものがある。
ただ息をしているだけだった空っぽの僕に、この世界を生きる本当の理由が生まれたんだ。
ふと、窓の外に広がる夜空を見上げる。
ネオンや街灯がキラキラと輝く、現代の、静岡の夜空。あの大自然に囲まれたエスト町の満天の星空とは、全然違う景色だ。
(あいつら、元気にしているかな)
リカルドさん、トビー。今日も3人で、ヒーヒー言いながら商会とギルドを回しているだろうか。
そしてアル。君は今も、世界のどこかで誰かを優しく救う旅を続けているんだろうか。
「僕は、元気だよ」
心の中で彼らに語りかけながら、フッと自然な笑みが漏れた。
「蓮、どうしたの? 楽しそうだね」
あの子が不思議そうに僕の顔を覗き込む。
「ううん、なんでもない。ただ、今がすごく幸せだなと思って」
そう言ってあの子の手をそっと握ると、彼女は少し照れたように、でも嬉しそうに握り返してくれた。
居酒屋の賑やかな喧騒の中、僕たちの席を照らす明かりはどこまでも温かい。
深夜の冷たい暗闇に怯えていた少年は、もうどこにもいなかった。
僕たちの夜は、深く、けれどどこまでも明るく更けていった。
(完)
最後まで読んでくださりありがとうございました!
別の作品や次の話も是非見てみてください!
面白かったらブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです!




