第31話 嵐の到来と、エスト要塞の初動
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「――全軍、進撃を開始する!」
王都の最高司令部から発令された号令は、大陸全土に狂騒の嵐を巻き起こした。
ちょうど1年前に王都で目論まれたら、『王国の計画』。
新開発された広域攻撃魔法を誇る魔法兵団と、地方から強制徴集された膨大な数の平民兵たちが、津波のように周辺国へと押し寄せていく。ガルバルド帝国、ギルガニア帝国、リステル王国、レムリア公国、ブネストリア共和国――中央大陸の主要国が突如として仕掛けられた同時多発侵略に混乱し、世界は一瞬にして血と炎の戦場へと叩き落とされた。
だが、その狂気の牙が真っ先に向けられるはずだった辺境のエストの町は、王都の予想を完全に裏切る姿へと変貌を遂げていた。
「おい、第一物資班、西門の備蓄糧食の搬入を急げ! 帝国軍の先遣隊が隣の村を焼き払った、こっちへ来るぞ!」
トビーの張り上げる怒声が、緊張に包まれたエストの町に響き渡る。1年の歳月をかけて築き上げられた分厚い巨石の壁と、幾重もの罠が仕掛けられた迎撃路。それはもはや、ただの寂れた辺境の町ではない。王都の身勝手な戦争の波をせき止める、独立独歩の要塞都市そのものだった。
町の中心にあるエスト商会の一室では、リカルドが広大な大陸地図の上に置かれた無数の木製の駒を、ものすごい速さで動かしながら指示を飛ばしていた。
「東の街道を進んでいた王都の正規軍は、ギルガニア帝国の迎撃を受けて足止めされている。今がチャンスだ。レムリア公国との密約ルートを使い、難民化している周辺の村人たちを、このエストの地下避難経路へと誘導しろ!」
「リカルドさん、北の物資中継地点から連絡です! 王都の徴用兵から逃れてきた者たちが、続々と町の外壁に集まっていますが……どうしますか?」
「全員受け入れろ。追ってきた王都の犬どもには、僕たちが用意した特製の足止め罠と、アル君が張った結界でたっぷりお灸を据えてやるさ」
リカルドの目は、かつて王都にすべてを奪われた深い冷徹さと、目の前の命を絶対に救うという熱い決意に満ちていた。
一方、その頃。町の外れにある静かな訓練場では、アルが静かに剣を抜いていた。彼の周囲には、かつては戦うことなどできなかったエストの町民や若者たちが集まっている。
「みんな、聞いてくれ。王都の連中は僕たちのことを『ただの数』『使い捨ての駒』だと思っている。だけど、僕たちは違う。ここにいる一人ひとりに生活があり、守るべき仲間がいる」
アルの言葉に、集まった者たちが力強く頷く。剣を握る者、盾を構える者、そして――その後方で、誰よりも忙しそうに走り回る僕の姿があった。
「レン君、こっちの医療用ハーブの仕分け、頼む!」
「わかった、今すぐ持っていく!」
僕は泥まみれになりながら、背負った大きな木箱を次々と仕分け小屋へと運び込んでいた。
王都の正規軍が仕掛けたこの無謀な大戦争は、瞬く間に大陸全土を破滅の淵へと追いやっていった。他国を侵略するはずの王都の軍勢は、各国の必死の反撃と予想以上の泥沼化によって、次第にその統制を失っていく。勝てば官軍、負ければ地獄。中央で繰り広げられる無慈悲な殺戮の連鎖は、やがて敗走する兵士たちや、国を追われた無数の難民たちを外縁部へと押し流していった。
そして、その行き着く先――すべての戦線が崩壊し、大陸の端っこで逃げ場を失った者たちが最後にたどり着く「最後の地」こそが、このエストの町だった。
王都から見れば、エストは掃き溜めのような「外れ者の集まり」に過ぎない。罪人、厄介払いされた者、国を捨てられた者、そして戦いに怯える名もなき平民たち。社会の底辺に追いやられた者たちが集まるこの町が、今や大陸全体の命運を握る最後の砦になっていた。
「レン! 東門の物資搬送ルートに、王都の敗残兵が迷い込んだって! 武器は持っていないみたいだけど、怯えて暴れているんだ!」
トビーが息を切らせて駆け寄ってきた。
僕は背負っていた荷物を下ろし、首に巻いた手拭いで汗を拭うと、まっすぐ前を向いた。
「わかった。行ってくるよ。あいつらもきっと、王都の連中にいいように使われて、捨てられた被害者だろ?」
「……頼むよ、レンさん。あんたなら、きっと話が通じるはずだ」
僕は剣を持たない。魔法の加護もない。ただ、リカルドにもらったバッジと、みんなと築き上げた物資のネットワーク、そしてこの町で培った泥臭い足取りだけが、僕の武器だった。
王都が始めた狂気の戦争の炎が、いよいよこのエストの町を飲み込もうとする中、僕はたった一人で、怯える敗残兵たちの待つ東門へと走り出した。
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