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夜明け前の空は、薄く青かった。


学園は静まり返っている。


誰もいない。


――いや。


正確には、“誰も気づいていない”。


(今日で終わらせる)


私は訓練棟の外周へ向かう。


昨日よりも、“ズレ”が濃い。


空気が重い。


景色の輪郭が、わずかに揺れている。


「……本当に来たのね」


ヴェルサイユが小さく息を吐く。


顔色は良くない。


それでも逃げる気はないらしい。


「逃げる理由がないもの」


私は答える。


ベルが周囲を警戒している。


「干渉反応、増大しています」


「対象の存在強度が不安定です」


(時間がないな)


私はレンが消えた場所を見る。


昨日、確かに“戻りかけた”。


なら。


今日で届く。


「始めるわ」


私は前へ出る。


風が止む。


空気が張りつめる。


“向こう”も気づいた。


(見てるな)


だが、もう止まらない。


私は静かに口を開く。


「レン」


声が夜に溶ける。


「聞こえる?」


沈黙。


だが。


昨日より近い。


確実に。


「レン」


「私はここにいる」


「お前を覚えている」


言葉を重ねる。


存在を固定するように。


「レン!」


ヴェルサイユも叫ぶ。


「戻ってきなさいよ!」


ベルが続く。


「対象レンの存在認識を維持」


「固定処理を継続します」


空気が揺れる。


ザザッ。


ノイズ。


だが、昨日とは違う。


“押し返している”。


『……カ……』


声。


薄い。


だが、確かに。


「レン!」


私は一歩踏み出す。


「もう少しだ!」


その瞬間。


ブツン。


世界が止まる。


(来た)


景色が凍る。


風が消える。


音がなくなる。


そして。


“あれ”がいる。


形のない存在。


輪郭のない視線。


ただ、こちらを見ている。


ヴェルサイユが息を呑む。


「……また、これ」


「下がってなさい」


私は前を見る。


(邪魔をする気か)


頭の奥にノイズが走る。


『修正対象』


声。


直接、脳に響く。


ヴェルサイユが顔を歪める。


「……何、今の」


(声が聞こえた?)


なら。


観測が深くなってる。


『逸脱を確認』


『修正を継続』


冷たい声。


感情がない。


まるで世界そのものが喋っているみたいだった。


「……レンを消したのは、お前なのね」


私は低く言う。


返答はない。


ただ、視線だけがある。


『対象の固定を確認』


『危険度上昇』


空気が軋む。


圧が増す。


ヴェルサイユが膝をついた。


「……っ!」


「ヴェルサイユ!」


「平気よ……こんなの……!」


強がっている。


だが限界が近い。


(長引かせられない)


私は前を向く。


「レン」


呼ぶ。


「戻ってこい」


『……テ……』


「そうだ」


「こっちだ」


私は手を伸ばす。


空間が揺れる。


薄い影が浮かぶ。


昨日より、ずっとはっきりしている。


金色の髪。


小さな輪郭。


「レン!」


ヴェルサイユが叫ぶ。


その瞬間。


“あれ”が動いた。


空気が裂ける。


ザンッ。


視界にノイズが走る。


(消される!)


『存在切断を実行』


「させるか!」


私は叫ぶ。


「レンはいる!」


「私は覚えてる!」


世界に叩きつけるように。


否定させない。


「ベル!」


「はい!」


「固定を!」


「実行します!」


光が走る。


ヴェルサイユも顔を上げる。


「レン!!」


三人の声が重なる。


その瞬間だった。


空間が、大きく震える。


『―――』


“あれ”の輪郭が、揺らいだ。


(効いてる)


認識を奪い返している。


「レン!」


私はさらに手を伸ばす。


「戻れ!」


影が近づく。


指先が触れる。


温かい。


確かな感触。


その瞬間。


世界が戻った。


風が吹く。


止まっていた音が、一気に流れ込む。


膝をつく小さな影。


乱れた金髪。


震える肩。


「……レン」


少女が、ゆっくり顔を上げる。


涙で滲んだ瞳。


「……カテリーナ…?」


静かな朝だった。


だが。


確かに。


“消された存在”は、戻ってきた。


ヴェルサイユがその場に座り込む。


「……ほんと、無茶苦茶ね」


ベルは小さく息を吐いた。


「存在固定、完了を確認」


私はレンの前に膝をつく。


「おかえり」


レンはしばらく呆然としていた。


やがて。


小さく、泣きそうに笑った。


「……はい」


風が吹く。


夜が終わる。


だが。


私は知っている。


“あれ”は消えていない。


まだ、見ている。


それでも。


今は。


この結果で十分だった。

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