人探し
「あぁ~、長かった!」
そう言って伸びをするクレアは、小さいバッグの他は何もない、身軽な格好だ。その横にいる鴎も、背負っていた荷物は見当たらない。
ホテルに堂々と入っていったクレアは、予約をしていたようで簡単なチェックインだけすると、自分の荷物と、加えて鴎の荷物を有無を言わせずフロントに預け、またホテルを出ていった。
「カモメはもうお昼ごはん食べた?」
こちらに振り向くその顔に、言おうとしていたことをぶつける。
「あの、その前にさ」
「ん?」
「君はだれなの?ていうかなんで僕連れ回されたの?まだちっとも状況が分からないんだけど」
“可能種”であることは、どうみても未成年のクレアが一人で宿泊するのに疑いも持たないホテルの従業員の態度でよくわかった。しかし、それ以外の情報は何も与えられていない。
「さっき言ったでしょ?私はクレア・ハーパー。イギリス生まれの日本人とイギリス人のハーフ。それに“可能種”。ちなみにイングランドね、育ったのは」
「いや、それでもよくわかんないし、ハーフなのは言ってなかったよね!?」
クレアはうーんと口にしながら両腕を組む。困った風に眉根を寄せているが、困っているのはこちらだ。しばらくすると、腕を解き鴎に尋ねる。
「お腹すいてない?」
流石にムッとするものがあり、鴎は首を振る。ずるずるそのペースに引きずられてここまで来たが、これ以上おもちゃにされるつもりはない。
「すいてないよ!」
そう口にした途端、鴎の腹から怪獣の唸り声のような音が響いた。
「…」
「あそこのレストラン、空いてるしおいしそう」
すたすたと歩き去る後ろ姿を見ていると、今度はため息も出なかった。鴎はとぼとぼと
それについていく。
歩き回っているうちに飯時は過ぎてしまったせいか、レストランの中はクレアの言った通り他の客があまり見当たらなかった。
案内された奥のテーブル席に着き、クレアはナポリタンを、鴎はグラタンを選んだ。
それぞれ手を洗った二人が席に戻る。鴎は改めて少女と向かい合った。
日本人離れした、という表現が思い浮かぶのは、そのどこかに日本人の要素を感じ取ったからだろうか。ハーフだという言葉が今になって腑に落ちた。
イギリス生まれ、イングランド育ち。鴎の中で、今一つ実感を伴わない言葉をもう一度脳内に並べてみる。
他の情報としては、かなり可愛い、そして強引、マイペース、それくらいだ。
得体の知れない“可能種”と二人だけだと考えると、自分がひどく不用心に思えてきた。今のところ敵意や害意は感じないが、自分を殺しかけたカエルは、同じように警戒していなかった同級生の仕業だったことを思い出す。
鴎が薄っすらと発しだした緊張感に気づいたのか、クレアは心外だとでもいうような顔をする。
「心配しなくたって、話してくれればご飯代くらい払うから」
「いや、そんなこと心配してないよ…」
似ている。このどこかかみ合わない会話を、最近誰かと何度も交わした。そのことを思い出すと、少し緊張が解れる自分がいる。
「そうなの?すごく辛気臭い顔だけど」
本当に不思議そうな顔に、結はここまでじゃなかったかも、と思った。
「まだ聞いて無いからだよ。イギリスから来たのなら、どうしてなのか。なんで僕に話しかけてきたのか。ていうかなんで僕ここにいるの?」
「どうしてイギリスから来たのか…」
呟きを漏らすと、クレアは指の先でコップに触れた。冷たさに驚いたように指を離し、手を握る。
「日本に来たのは、人を探すため。カモメに話しかけたのもそれに関係があるの」
「人探し…誰?」
クレアはそこで片目を閉じると
「それは秘密」
「ええ…」
鴎を置いてきぼりにしたまま、クレアは机に乗せていた両腕を膝の上に滑らせる。
「“可能種”とは言っておくけど。カモメもそうでしょ?このあたりに住んでる他の“可能種”のことを訊きたかったわけ」
この辺りの“可能種”。
そう言われると、六城家の二人の顔が思い浮かんだ。
尤も、クレアの目的が分からないこの段階で、それを伝えるつもりはない。
そしてそうなれば、自分が“可能種”であるという誤解は解けない。おそらく自分がクレアを認識できたのは、“可能種”である彼らと親しくしていることが関係しているからだ。
「“可能種”ってそこらへんに住んでるの?」
とぼけつつ、純粋に浮かんだ疑問を尋ねる。てっきり結たちが例外で、他はみな京都にいるのかと思っていた。
「そりゃ大半はここじゃなくても、何人かいるでしょ。主流争いに負けた一族だったり、お家騒動から逃げてきたり、何処の田舎にもぽつぽつ。イギリスはそうだったけど、日本は違うの?」
鴎はわからないとブンブン首を横に振る。主流争い、お家騒動。“可能種”にそんなゴタゴタがあるのも初めて知った。
思えば大谷に関する事件を終えてから、結とその手のことについて会話した記憶はない。避けていたわけではないが、巨大ザリガニが現れるようなこともなかったので、自然と話題は日常的なことに限られてた。英語の時間の会話はずいぶんと珍しい出来事だったのだ。
「知らないんだ…」
当てが外れたようで、残念そうに眉の端が下がる。
「じゃあご家族は?流石になにか知ってるでしょ」
「いや、僕は一人暮らしだから」
なるべくさりげない風を装い、鴎は口にする。受験期に親と大喧嘩して以来、鴎は一人でアパート暮らしをしている。あまり人に話したくはないことで、クレアが触れてこないことを祈った。
「うーん、なら…」
鴎の強張りに気づいたのか気づいていないのか、クレアは腕を組むと考えこんだ。
そこに頼まれた料理が運ばれてきたので、しばらく二人は食事に集中した。




