マンションにて
分厚いカーテンの隙間から差し込むわずかな光が、漂う埃の輪郭を白く浮かび上がらせる。薄明かりしかない部屋に流れる空気と時間は淀んでいて、隅でもぞもぞと動く影が無ければ静止画にしか見えない。
しゃがみ込んだ、中背の影。
隣の部屋から、Tシャツと短パン姿の男が入ってきて影に声を掛けた。
「本気かよ、和助」
探るような手の動きが止まり、影が立ち上がった。話しかけた男とそう変わらない、平均より高めの背丈。持っているのは大きめのバッグで、足元には衣類が散らばっていた。
「うん」
和助と呼ばれた影は男の方を向いて頷くと、バッグのファスナーを閉める。もう一度しゃがむと床の服をビニール袋に詰め始めた。がさがさという音だけが室内に響く。
その様子を黙って見つめていた男が、絞り出すような声を出す。
「なんでだよ…」
今度はその顔に向き合うことなく、手を止めないまま和助は答える。
「耐えられないんだよ」
和助は部屋に冷ややかな一瞥を投げる。
そうだ耐えきれない。
こんな二つしか部屋の無いマンションの一室に、むさ苦しい男四人の生活。そして近頃はそこに素性も知れない子供が住み着いている。外から窺われぬよう日中でもカーテンを閉め切った部屋に、週に二回の買い出し以外は缶詰。
「これ以上ここに引きこもってたらおかしくなる」
中身を詰め終わったビニール袋を左手に持つと、バッグを右肩に掛ける。ベルトは重量を感じさせる食い込み方で、シャツに皴が広がる。
和助の言わんとすることを察したのか、男は玄関まで歩く背中に声を掛けないまま見送った。靴を履くため座りこんだ和助は、背中越しに付け加えた。
「それにそろそろ意味を知りたい」
「…意味?」
眉根を寄せた男の怪訝そうな声は靴箱の辺りで霧散した。和助は自分自身に言い聞かせるように言葉を重ねる。
「あのとき、俺だけ生き残った意味。十年間もこんな生活するために、俺は死ねなかったのかどうか」
幾重にも積み重なる亡骸、片端から消えていくそれらの奥、血の色だけではないドス黒さに覆われた悪鬼が立ち尽くす。
冷えていく父親の下から垣間見た景色を幻視し、和助は身震いした。あの時の自分の息遣い、血の臭いに酔ったはずの鼻が捉えた生臭さはいつまでも忘れられない。
もう返事のない部屋に立ち上がって見切りをつけると、和助はドアを押し開き、眩しい日がそこらを埋め尽くす外へ足を踏み出した。




