金曜 部活棟(1)
結が攻撃を受けたのを見て、鴎は悲鳴に似たうめき声を上げた。
「あぁっ!」
すぐさま止まっていた足を動かし、吹き飛んでいった方向へ駆け出す。
たどり着いた先、部室棟はひどい有様だった。
どこの誰のものともわからないシューズや、いかがわしい表紙の雑誌などが地面に散乱する中、そこだけ地震が起きたように陸上部の部室が倒壊していた。
もともと部屋があった場所はバラバラになった屋根で覆われており、ただ残骸が並んでいるようにしか見えない。その惨状だけでも結の受けた衝撃が窺い知れる。
鴎は荒い呼吸を繰り返すと、意を決し瓦礫の中に足を踏み入れた。崩れるのを気にしてちまちまどかす暇はない。かき分けるようにして板切れやブロックを取り除くうちに、白い足が見えた。
「六城さん!」
見えた部分を手掛かりに、結の体の大部分を隠している戸棚の破片を除けると、ようやくその全体像が見え、鴎は呼吸が止まった。
腹の辺りが落下するような感覚に襲われながら、血の気が引く音を聞く。
隙間から覗いていたのは右足で、もう片方の足には細い木片が突き刺さり、血が流れ出ている。
しかし、体の下にできた血だまりの大きさは、明らかにそこ以外にも大きな損傷があることを示していた。だらしなく伸びた両腕の内、右腕はリンゴ大のコンクリートがめり込んでいる。頭はだらしなく垂れ、表情は見えない。
治るはずだ。時間が経てばちゃんと治るはずだ。
意識が血の赤で塗りつぶされそうになるのを必死で堪えながら、鴎はほとんど絶望的な気持ちでもう一度呼び掛ける。
「六城さん」
これではノミだって起こせやしない。そう思っても、喉から出てくるのは本人の動揺を伝える震え声だけだ。ピクリと左腕が動かなければ泣き出してしまったかもしれない。
「六城さんっ!」
一縷の望みを掛け、もう一度結を呼ぶ。一呼吸ごとに寿命がみるみる縮んでいくような数秒が経ち、鴎の膝から立っているほどの力も失われそうになったとき、沈黙を保っていた銀色が微かに揺らぐ。
ゆっくりと、結の頭が持ち上がる。言葉にならない安堵の声を上げる鴎の前、虚ろな瞳がその姿を朧げに掴み、必死に焦点を合わせようと凝らされる。
「分かる?六城さん、僕、鴎だよ!」
「かもめくん…」
少し体をよじると短い悲鳴を上げ、頭をがくんと下げる。その様子に改めて怪我の重さを思い知らされるが、治るのを待っている暇はない。
「肩を貸すから、とにかくはやく…」
鴎は結の右肩を掴む。すると結は、首を振ってそれを拒んだ。鴎が驚きながら
「六城さん!?」
「もういい…」
そう口にすると、結は鴎の両手を押しのけようとする。その手に力はなく、鴎が結から手を離したのは、意思そのものに押されるような感触を得たからだ。
「もういいの」
繰り返し口にする結に、鴎は困惑そのものという声で尋ねる。
「いいって、なにが…」
鴎の手助けを拒むのになけなしの気力を使ってしまったのか、結は肩を上下させ、息を整えようとする。
鴎はそこで、いつの間にか足元まで血だまりが広がっていることに気づいた。出血が止まっていない。
“可能種”は自分でケガを直すはずなのに、なぜだ。自分と出会ってからは、力が強まったのに、自分が“楔”になったはずなのに、どうして。
反応できない鴎の前で、結は途切れ途切れに続ける。
「お母さんのこと、向き合えたから、もう、いいの…」
え…、という呟きが口から漏れた。
「生きてなくて、いいの」
濡れている、そう思わせる声だった。
瞬く間に消え入るほどか細く儚いその言葉は、しかし鴎の耳から離れなかった。
鴎は金縛りにあったように動けなくなった。俯き肩を震わせる少女の前、膝をついたまま彼女の髪を見つめているだけだ。こんな時でも、その髪は類のない美しさで、少女が独りであることを際立たせる。




