金曜 昼過ぎ
掃除時間を迎えるころには空に重く雲が立ち込めていて、この後一雨きそうだった。天気予報を見るのを忘れていたので、傘を持ってきていないことを思い出したがあまり関心は湧かなかった。
鴎は掃除用具入れから箒を取り出し、ロータリーの庭部分へ向かう。植えてある木々は若々しさに満ちていて、落ち葉はたいして溜まっていなかった。竹箒でその少ないはっぱを集めながら、鴎は自分の気持ちもこんな風に整理出来たらな、と思った。もう一人、ここの箒を担当する大谷の姿はない。
あの後気の進まない手つきで雑草取りを終え、戻った教室には大谷の姿はなかった。いつもその近くに集まっている女子によると、体調不良を訴えて保健室へ行ったらしい。
盗み聞きをして、ただでさえ泣いていた女の子を更に傷つけた。卑劣漢だ、と思った。あんな風に人の話を盗み聞いて、表情を窺うのは卑怯者のすることだ。
自分が会話を盗み聞いていたかどうか、大谷は分からないだろうがそれは問題ではないと思った。
自分が直接大谷を泣かせたような気分が尾を引き、鴎の調査も芳しくなかった。
クラスメイトへ話しかけようとすると、もし自分のように人に触れられたくない理由があったら、という考えが頭をよぎってしまう。そうすると、嫌でもあの見るに居た堪れない表情を思い出してしまい、続く言葉が出なくなる。
自分と同じように皆それぞれに事情を抱えているはずで、どかどかと土足で入り込むべきではない、そんなことはわかっていたはずなのに。
結局誰からも情報を聞き出すことなくこの時間を迎えた。力なく箒を動かしている鴎へ体育教師が厳しい視線を向けてくる。気づかないふりをして、地面に顔を向けていると、ようやくどこかへ行った。
ため息をつく。
「こらっ!」
振り返ると、声の主は大谷だった。後ろ手を組み、いたずらをした子供そのままの表情で鴎を見ている。
鴎が驚いていると恥ずかしそうに片手をあげた。どう声を掛けていいか分からない鴎に対して、大谷はいつも通りの調子で
「今朝振りだね」
向こうから触れてきた以上、知らない振りをするわけにはいかない。大谷のそれに比べるとぎこちなく
「うん」
とうなずく。
「体調は平気なの?」
「もう大丈夫だよ」
「そっか。よかった」
続く言葉が見当たらず黙り込む。
こちらの様子を見た大谷は少し上目遣いになった。
「やっぱり聞いてた?」
「…途中から」
「そっか」
大谷は一度顔を俯けたが、仕方がないという風に首を振った。
「悪いね、修羅場でびっくりしたでしょ」
笑いながら頭を掻く仕草を見ていると、申し訳なさがこみ上げてくる。
「謝るのはこっちの方だよ」
「いやいや、気にしない、気にしない。学校であんな話してたのが悪いんだから」
鴎に向けた手のひらを振ると、そこで視線を箒に向ける。
「まあ察してるだろうけど、別れ話でさ。授業さぼってたのはそのショックのせいだから。鴎君は関係ないよ」
最後は笑顔をこちらに向けつつ口にする。
「だからあんまり引きずらないでね。その方がきついからさ」
少なくともこれは本心だろうな、と悟った。いちいち思い出して、ぎこちない態度をとられる方が嫌だろう。
無理があるのは承知の上でこちらも笑みを作りコクリとうなずく。
「わかった」
「よし。それじゃ掃除しよう!また呼び出されたくないもんね」
そう言って大谷はクスクス笑うと離れていった。その背中を見送ると、鴎も再び箒を持つ手を動かし始めた。
大谷は気にするなと言ってくれたが、そう簡単に気持ちは切り替えられなかった。しかし、このままだと自分はその心情を態度に表し続けてしまうだろう。
それではせっかく話しかけてくれた大谷に悪い。鴎は無理にでも調査に専念することを決意する。ガツガツ食らいつくくらいの気持ちで、やっと日ごろの八割程度の元気だろうが。手始めに、この後は中学の聞き取りを再開しようと決めた。




