#4 初めての依頼完遂
「いらっしゃいませ~」
お客様を笑顔で出迎える。今来たのは、近くで建設中の建物で働いている作業員の方々です。
「5名様でよろしいですか?お席にご案内しますね」
碌に接客をしたことのない私ですが、何も飲食店未経験ではありません。色んな飲食店の店員さんを参考に、演劇部時代仕込みの営業スマイルで接客をすればいいだけです。
普通に接客をしていたら、なぜか店長さんにすごく気に入られ、娘さんに接客の指導をすることになったのです。娘さんは次女と三女。次女さんは14歳で三女さんは8歳。8歳でもう家業のお手伝いをしているのは驚きですが、この世界では珍しくないそうです。
私がこの店でウェイトレスを初めて、もうじき1ヶ月になります。この世界は1週間が6日あり、それが5週間で1ヶ月。16ヶ月で1年になり、480日もあるので地球より1年が長いのです。
ウェイトレスの仕事は週5日。開店時間の6時から閉店までの21時の15時間。合間に休憩はありますが、労働基準法があれば普通にアウトなのではないでしょうか?
まぁ、10歳未満の子供が働いて当たり前の世界で、日本の労働基準なんてアテになりませんよね。私は休日の間に町の散策と、身の回りの荷物を揃えることに専念しました。なにせ、着替えがないのですから。この世界に来た時に着ていた服と下着しかなく、お金もありません。ここが日当制でなければ月末まで着替えがなかったところです。最初の休日までは洗った服や下着をバタバタさせて無理矢理乾かしていましたが、替えが買えてからは楽になりました。他にも町の構造の把握のための散歩も行い、町の地理はそこそこ詳しくなりました。スラムに住んでいるスリの悪ガキにはかないませんが……。ええ、そうです。何度かやられました。お給料の2割は持っていかれていますよ。
「それではお昼休憩いただきまーす」
アイドルタイム。だいたい14時から17時くらいの、昼過ぎの暇な時間。お客様が少なくなったタイミングで休憩に入りました。休憩の順番は日替わりで、今日は私が最初でした。
「はふぅ……」
休憩場所は普通にダイニングです。元々、家族だけで経営する店舗付き住居の食堂です。店の名前は「腹八分」。満腹でないところに店長の拘りが感じられますね。
「お疲れ様、アイナちゃん」
ダイニングの椅子で休んでいると、キッチンにいた奥さんがまかないを持ってきてくれました。
「ありがとうございます」
今日のまかないはチャーハンです。元々は無かったメニューですが、簡単ですぐに作ることができるメニューとして私が提案しました。他にも幾つかの地球料理を提案し、メニューに採用されています。調理技術も色々教えました。まかないに出てくるのは、材料を減らした簡易版のものになりますが、地球の調理技術のおかげで味は格段に良くなりました。
だからでしょうか、私がこの店に来てから、日に日にお客様が増えたのです。結果、ウェイトレス3人と料理人2人では店が回らなくなり、急遽人を増員。冒険者ギルドだけでなく、一般の人からもバイトを募集し、現在料理人はご両親の他に2人増え、ウェイトレスも私と姉妹以外に4人も増えました。それだけ雇えるほど、この店はウハウハな状況のようです。ちなみに住み込みは私だけ。
「それにしても、アイナちゃんが来てくれて本当に助かってるよ」
「いえいえ、こちらこそ。働かせてもらうだけでなく、住む場所も食べ物も貰えて、本当に感謝しています」
この店と出会っていなければ、私は今頃どうしていたかわかりません。
「けど、いつまでもウチで働くわけにもいかないだろ?」
「……ふも?」
ちょうどチャーハンを頬張ったタイミングだったので、変な声が出てしまいました……。
「ほら、アイナちゃんって、冒険者ギルド経由で雇ったわけだから、そのうちウチを辞めて他の依頼を受けるんでしょ?」
「………………あ」
忘れてました!そういえば私は冒険者でした!町の小さな大衆食堂のウェイトレスじゃありませんでした!
「……もしかして、忘れてたのかい?」
「…………はい」
奥さんの言葉に私は小さく頷きました。
そう言えば、冒険者カードの有効期間がどうのこうのと説明があったはず。すっかり忘れていましたが、もしかして私の冒険者カード、期限切れなのではないですか!?登録抹消されていたら、どんな理由があっても再登録はできないはずです。
いきなり冒険者の道が断たれてしまったのではないですか!?冒険者の人が従業員の依頼を引き受けない理由、理解しました。が、後の祭りです。
アイナ・フォルレイク、13歳。冒険者生活、失敗。
「もし辞めるなら、冒険者ギルドの方に連絡しとくから、早めに言っといてね」
「…………え?」
奥さんの言葉に飛翔しかけていた意識が帰ってきました。どういうことですか?
どうやらこのタイプの依頼、毎日依頼を受けている形になるらしく、私は毎週5連続でこの店の依頼を受け続けていたそうです。日当は全て依頼の報酬だったわけですか。
辞める時に店からギルドに依頼の完遂報告がされ、依頼人評価、拘束期間、依頼難易度からギルドがポイントを計算してカードに加算されるそうです。
アイナ・フォルレイク、13歳。冒険者生活、まだまだ続けることができるようです。
「でしたら、今月いっぱいで辞めて、次の仕事を探すことにします」
残りのチャーハンを平らげてから、私は奥さんに宣言しました。もう私がいなくても、この店は問題なくやっていけるはず。料理は少し手間がかかるようになりましたが、人数は増えました。家族だけの店ではなくなりましたが。
ともあれ、こうして私のウェイトレス生活は幕を下ろしたのでした。初めてのアルバイトでしたが、なかなか楽しかったです。
ウェイトレスを辞めた私は、とりあえずギルドに顔を出しました。ここに来るのも1ヶ月ぶりです。
スイングドアを開けると、扉の上部に付けられた小さな鐘が鳴ります。すると、ギルドにいた冒険者が一斉にこちらを見てきます。うん、前回と同じ反応ですね。私は無数の視線を無視して窓口に向かいます。
「お久しぶりです」
冒険者登録の手続きをしてくれたお姉さんがいたので、早速挨拶をしました。
「お久しぶりですね。連絡は受けていますので、アイナさんの冒険者登録は抹消されていませんよ」
よかった。やっぱり実際にギルドの人から聞かないと、安心しきれませんでした。
「それではギルドカードを」
私はギルドカードをお姉さんに渡しました。私のギルドカードを受け取ったお姉さんは、判子のようなものを取り出し、それをカードの上にかざしました。すると、判子からキラキラと光が溢れ、カードに吸い込まれていきます。おそらく、あれは魔力ですね。
だいたい5秒ほどでしょうか。判子からの光が消えると、今度はカードの色がゆっくりと変化しました。白から黒。準ギルド員から新米冒険者へ。ちなみに文字は黒から白に変わりました。黒地に黒字だと見えませんからね。
「おめでとうございます。ランクアップです」
お姉さんは笑顔でカードを返してくれました。
「これで黒の掲示板の依頼を受けることができるようになりました。また、2階にある図書館も使用できるようになりました」
この上に図書館があるのですか。お姉さんの話によると、ギルドの図書館には魔物図鑑や植物図鑑などがあって、採取や討伐の依頼を受ける時に、対象の姿形を確認するために使うそうです。確かに、魔物なら初見でもある程度は名前から姿を想像できるのでわかるかもしれませんが、植物となると名前だけで判断できないかもしれません。
ちなみに、これは後ほど知ったことですが、白から黒に上がるには、だいたい10個の依頼を達成すればいいそうです。なので大抵の人は1週間ほどでランクアップするのだとか。
新しくなったカードを受け取った私は、1度ギルドを後にしました。今度は引っ越しをしないといけません。宿についてはすでに目星をつけています。「腹八分」の常連さんの1人が宿屋を経営していたので、3日前に話をして部屋を予約していたのです。まずは宿屋に行って確認。それから食堂に戻って荷物を運びます。
色々買い揃えたとはいえ、大きな荷物もなく、着替えも5着分しかないので、食堂と宿屋を3往復するだけで引っ越しは終わり、「腹八分」の人達に最後の挨拶をして、私は宿屋へ移りました。
宿屋の名前は「安眠亭」。安直な名前です。3階建てのそこそこ大きな宿屋で、旅人や冒険者に親しまれている店だそうです。というか、この世界の宿は旅人と冒険者しか使わないのではないでしょうか?
私は階段を登って正面にある南東の角部屋です。食堂に来た時にこっそりサービスをして確保した部屋です。ドアは部屋の北側にあり、窓は南と東に1つずつ。2.5メートルの大きなベッドは大柄な種族のお客様が来てもいいようにしているそうです。そういえば天井も少し高いですね。日本の家具だと背の高いものでも180センチくらいですが、この宿にあるクローゼットは230センチくらいはありそうです。手が届かないですが、部屋の端に踏み台があったので、それを使って着替えを収納しました。アイテムボックスが使えれば便利なのですが、そんな特殊能力は持ってないので諦めましょう。無い物ねだりをしても仕方がありません。
後は机と椅子とキャビネット。このキャビネットも高さが1メートル近くあります。少し高いです。
ベッドは分厚いマットを使ったくらいの高さなので、だいたい60センチくらいでしょうか?落ちたら普通に痛い高さです。
荷物を片付け、踏み台を使って2つの窓を開けます。それぞれの面が大きな通りに面しているので日中は明るく、賑やかです。部屋を出る時はちゃんと窓も鍵も閉めておきます。
30分ほど換気をして下に降り、昼食を済ませ、再びギルドへ。掲示板にある依頼を確認します。
採取と最下級の魔物の討伐が黒ランク冒険者のできる仕事。なのでどんな植物を採取するのか、どんな魔物なら相手をしていいのか、危険なのか。それを知るために名前の確認。後に図書館で図鑑を開いて勉強です。
魔物は私のイメージと大差ないので、各魔物の強さをざっくりと把握するだけ。
植物は大まかな用途に分類して覚え、さらにそこから素手で触って良いものと悪いもの。毒の有無、採取可能な時期。それらをまとめていきます。日記用にまとめ買いしたノートでしたが、5時間ほどで半分近くが埋まりました。
さて、今日はこれくらいにして、明日は今日書いた物の採取か討伐の依頼を受けることにしましょう。
私は図鑑を片付けると、宿屋へ戻り、夕食を済ませると、宿屋の中庭の井戸で身体を拭き、部屋に戻りました。
お風呂が欲しい……。
おやすみなさい。




