短編「…………やがて二人は一糸纏わぬ姿で」-記憶の執筆者-
紙に字を書く……という習慣がなくなったオレたちが、現在を生きているこの時代
…………より数十年前は確かにノートに字を書いて授業を受けるという風習が世界的にあったようだ。
そんなことを父親の日記から知ったオレ、天条心二もまた、父に習って日記なんて物を書いてみた。
その習慣は案外続いていて、高校入学と同時に書き始めた日記はいつの間にか100日を突破していた。
今日の分の日記を書き終えて、オレはため息を吐く。
「……しかしよくもまぁ、こんなに続くなぁ。」
二冊目の日記帳も終盤までページを埋め尽くし、そろそろ三冊目に手が出るというところ。
座っていた椅子にもたれながら、腕をピーンと伸ばす。
「…………色々あったよなぁ。」
オレは日記に書いてきた思い出も含めて、高校入学から現在までの思い出を思い返してみる。
高校入学初日。オレは中学の時から知り合いの垣峰守郎と共に入学式へ出席した。
そういえば、そん時は優璃はおろか、奏ちゃんや古旗や李女とも面識はなかった。
本当にガチガチに緊張しながら入学式を終えて今の1年3組の教室へ入ってったんだ。
「………………そうだ。」
唐突に思いついたオレは椅子から立ち上がり、一冊目の日記が隠しているはずの押し入れを漁る。
「あったあった。」
表紙に「自習用ノート」と書かれた日記帳を手に取る。
たまに開く日記帳は割とワクワクするものだ。もちろん黒歴史が潜んでる可能性も否定できないが、それもまた一興。
オレは早速日記の記念すべき1ページ目をペラリと開いた。
〜1日目、入学式前日。オレは日記をつけ始めることにした(๑•̀ㅁ•́๑)✧”
これからこの日記には、オレのファンタスティックな日常の数々が記録されて行くことを考えるとワクワクが止まりません。
オラ、ワックワクすっぞ!〜
「…………うぜぇなオレ。」
構わず続きを読み進める。
〜準備も万端。あとは寝る前に一発○くだけだ。〜
「……は、恥ずかしいっ!」
下ネタとは、ツッコむ人がいてこそのものであり、日記なんかに下ネタを入れちゃうと読み返す時にただただ羞恥に悶える罠になってしまうのだ。
〜というわけで今から何で○くかを考えようと思う。オレ的には今日の気分は浴衣お姉さんだ。っていうか浴衣って最強だと思うんだよね。だってだって、浴衣だよ?はだけた浴衣の間から見える女の子の柔肌。
実にそそるものがあり、また、浴衣は乱れ方がどうあってもエロいから卑怯だ。
高校で浴衣デートとかしたいなぁ。
なぁこれ読んでるお前はどう思う?浴衣最強だよな?な?どう思う???〜
「死ねっっっこのガキ‼︎と思います‼︎‼︎‼︎」
言いながら思いっきりオレは日記を床に叩きつけた。
「っっなんだこの日記は初日から浴衣浴衣浴衣ぁぁ‼︎日々の記録を書けよ‼︎‼︎‼︎」
さらに追撃を食らわせるべく床にくたばった日記をげしげしと踏んづける。
「しんくん!」
すると隣の姉の天条紅空の部屋から怒鳴り声が聞こえた。
やっべ、うるさくしすぎたかな。
「床○ナならもうちょっと静かにやって!」
「してねぇぇぇぇぇよ‼︎‼︎」
もうやだぁぁ……とオレは布団に倒れ込んだ。
しかし、それでもオレは先ほどの足蹴を食らわせた日記へと手を伸ばし適当にページをめくる。
〜16日目、オレは優璃が好きだ。〜
ぶっっ‼︎と吹き出すオレ。
「まっ、ままままマジかオレ……。日記にこんなこと書いてたのか……黒歴史なんてもんじゃねぇぞこれ……今すぐ燃やしたい。」
顔を真っ赤にしながら、それでもオレはこの悪魔の16日目の日記を読み進める。
〜ほんっっと、優璃可愛い。優しいし胸大きいしいい匂いだし気軽に喋ってくれるし下ネタにも乗ってくれるし。一緒に厭らしいことをノリノリでやりたい。あぁぁぁもう告ろうかなぁ。でも振られるの怖いっ。元の関係に戻れなかったら本当死ぬより辛いなぁ。でも付き合いたいっ!手を繋いでデートしたりチューしたり一緒にゴムを買いに行きたい。〜
「…………キモい。いやいやいや、キモ。」
嫌悪感を露わにしながらオレはそのページをそっとめくった。
「……もうこれは絶対人に見せらんねぇな」
もっと懐かしいことを書いてないのか、とオレは次の日記を読み始める。
〜17日目、今日は優璃と守郎と帰り道にマクドに寄った。〜
「うわ、守郎ひでぇ扱いだな。ざまぁ。」
〜優璃はナゲットを頼んでいた。いやぁ本当に可愛い。食べる仕草がいちいち可愛い。小さな口でもぐもぐ食べるその仕草はそう……まるで、羽をもがれたエンジェル〜
「黙れよ。」
〜本当優璃ちゃんマジ女神。女神降臨のダンジョンにボスで出てきてもおかしくないレベル。〜
「あー、そういやぁこの頃にはもうパズドラやってたっけなぁ」
唐突に出てきたパズドラ話にようやく懐かしい思いをできたオレは少し口元に笑みを含ませる。
〜そういえばやっと女神降臨の地獄級でワルキューレがドロップした。
はやく進化させてヴァルキリーを使いたい。ヴァルキリー可愛い。でも一番はサクヤ様かな。強いし可愛いし、頼もしすぎる。前のゴッドフェスで引いてからマジ運命を感じる。あ、守郎は前のゴッドフェスでゴーレム引いたらしい。ざまぁ。明日は休日!優璃の家でタコ焼きパーティーをする予定!うわぁぁぁぁぁ!楽しみやぃぃぃぃぃぃ‼︎〜
「マクドの話はどこいったよ。パズドラの話ばっかじゃねぇか。」
しかし、次の日の日記にはタコ焼きパーティーの詳細が書かれているはずだ。
ようやく日記らしい日記を見れそうだ、と期待感が自然とページをめくらせた。
〜18日目、今日は昨日言ったとおり優璃の家でタコ焼きパーティーをした。
オレと優璃と守郎、それに最近知り合った奏也や古旗と一緒にタコ焼きの材料を買いに行った。
優璃の部屋でタコ焼きが出来るまで待っていたらオレは衝撃を受ける物を発見してしまった。〜
「ん?衝撃を受けるもの?」
何のことだっけか、とオレは首を捻りながら続きを読む。
〜ベッドの下から、なんと数冊のエロ本を見つけちゃったのだ〜
あー、とオレは納得した。
この頃あたりから優璃の思春期丸出しの本性を知ることになるのだ。
〜その現場を優璃に見つかった時は本当に焦った。でも案外気さくに絡んできて、オレは優璃の本当の優璃を知った気がした。意外と変態な女の子というのが、今の優璃に対しての印象だ。〜
「……なんか一気に冷めやがったな。」
しかし、慣れというのは怖いもので、いくら優璃がちょっとやり過ぎな言葉を発する変態さんでも、今のオレの中には確かに優璃を想っている気持ちはある。ぶっちゃけオレの身近には、優璃を上回るくらいの残念な言動をしてくる姉ちゃんがいるのだから優璃を受け入れるのもそう時間はかからなかった。
「……って、たこ焼きパーティーの話全然出てきてねぇし。」
呆れて適当にパラパラとページをめくっていく。
すると、気になる文字が心二の目に止まる。
〜62日目、2年ぶりに風邪をひいちゃった。
くそぅ、せっかくの休日にオレは遊ぶことすらできない。遊んでるやつらみんな今すぐ風邪引けばいいのに。〜
「ひねくれすぎだろ。」
しかしオレもこの日のことはよく覚えていた。
家にこもっていたのに、散々な一日だった……。
すると、バタン!と急に部屋の扉が開かれた。
「っ⁉︎びっくりした〜」
「おやおや、床○ナはもう終わったの?」
扉の前に立っていたのは隣の部屋からやってきた姉ちゃんだ。
「だからやってねえって……つかノックくらいしてよ!」
仁王立ちしていた下着姿の姉ちゃんは意気揚々とオレの部屋へドカドカ入ってくる。
「……急にドキドキしたくなっちゃった。」
オレの首の後ろに両手を回して抱きついてくる。
何故か、姉ちゃんの表情からは冗談な顔色が伺えなかった。
「え、ちょ……嘘だろ姉ちゃん?」
「しんくん、私を抱いて!」
「だぁぁぁ!深夜テンションでおかしくなったか⁉︎」
抵抗するオレに姉ちゃんは唇を突き出してくる。逃れようとするが首に手を回しているので引き剥がそうとすると痛い。
「くっ……、このっ!……」
近づいてくる姉ちゃんの桜色の唇を直視していると、オレの中で何かが壊れた。
「あっ、もういいや」
禁断の恋をした二人が、今日……結ばれたのだった。
「…………やがて二人は一糸纏わぬ姿で互いの身体を愛撫し始めた。そして……そしてぇっ…………」
オレは日記を丸め、ゴキブリをぶっ殺す勢いで床に叩きつけた。
「……ってこれ官能小説じゃないかーー!」
日記の63日目に書くことがないからという理由で書かれた官能小説を途中で読み進めるのを放棄して、オレはひたすら自身の日記を踵で踏みつける。
「もう嫌だっ……黒歴史すぎるぞこの日記。」
未だ恥ずかしさで顔を真っ赤にするオレは日記を踏みつけることでしか気を紛らわすことができなかった。
「ちょっとしんくん!いつまで床○ナやってるの!うるさいからさっさと出してよ!」
「だからやってねぇだろ!」
オレは涙を流しながら、隣の部屋に向かって吠えた。




