6.
侍女の横に転落した女生徒を見た皇女は、侍女に尋ねた。
「あなたに怪我はありますか?」
「いえ、私には当たりませんでした」
「なら、お離しください」
「失礼しましたっ」
侍女に離された皇女は、横向きに階段に叩きつけられ、そのまま階段をずり落ちた女生徒の傍に屈みこんだ。
女生徒は意識が無かった。
集まって来た野次馬に対して侍女は指示した。
「一人は職員室に連絡を!もう一人は医務室から先生を呼んで下さい!担架が必要です!」
生徒二人が急いで連絡に行った。
侍女の指示はなかったが、気を利かせた生徒がフレドリックにこの事件を伝えた。
「皇女は無事なのか?」
「皇女様は喋っていたのでご無事と思います。ただ、落下した女生徒が動かなくて…」
「分かった、ありがとう。皆、すぐ現場へ行くぞ!」
皇女は倒れたまま動かない女生徒の頭部、首筋、肩などに手のひらを近づけていた。
「皇女殿下は医療の心得がおありで?」
「大した事は出来ませんが、とりあえず応急措置をします。首の骨がずれているので」
実は侍女は女騎士なので、多少の応急手当の知識はあった。それでも首の骨の措置など出来なかった。他の部位なら添え木をきつく縛り付けるところだが、首を締める訳にはいかない。
皇女は倒れている女生徒の首の地面側に指を回した。その手が薄く光った。
野次馬の中にその光が見えた者がいた。
「え?まさか聖魔法?」
人込みにざわめきが広がった。
学院の専属医師や担架を持った教師などが立ち尽くす横を通ってフレドリックが皇女と侍女に近寄った。ちょうど皇女の治療が終わるところだったらしく、皇女の手からは光が消えつつあった。女生徒の首筋から手を離した皇女は、その場で階段に手を付いた。
少しして顔を上げた皇女は声を上げた。
「医師はいますか?」
「私です」
「首の骨がずれていましたが、とりあえず正常な状態に戻しました。ただ、専門の方に至急見てもらうべきです。神経系が傷付いているかもしれませんが、私はそこまで専門的な治療をした事がありませんので」
「分かりました」
「優先すべき点しか治療していません。だから他の打撲も調べるべきです」
「もちろんです」
「皇女殿下、少しよろしいか?」
フレドリックが立ち上がったアンジェリーナ皇女に声をかけた。皇女はフレドリックがいると認識していなかったらしく、驚いて小さく飛び上がった。
「殿下、気付かず失礼いたしました」
「いえ、それよりも女生徒は大丈夫なのでしょうか?」
「上から落ちた時に肩から落ちた様ですので、頭部にはそれほどの衝撃はかからなかった様です。ただし首には負担がかかったらしく、少し治療が必用でした。私にはそこまでの治療能力も知識もないので、首の部分以外は治療が必要です」
「どのような状況であの女生徒は階段から落下したのですか?」
また皇女は俯いてしまった。
「何かでバランスを崩して落下した様です。詳しくは分かりません」
「あなたの髪と服が濡れている事と関連は?」
「……」
皇女が黙ってしまったから、フレドリックは侍女に向かった。
「報告してくれ」
「踊り場より二階寄りの階段の手すりから女生徒がバケツをこちらに向けているのが見えました。あの女生徒が皇女殿下に水をかけたと見えました。一緒にいたらしい女生徒複数が二階に逃げて行きました」
フレドリックは皇女の前で跪き、皇女の右手を取った。
「皇女殿下、度々の王国民の無礼、重ねて謝罪する。そして、その様な悪意のある者にまでも及ぶ貴女の慈悲の御心に敬意を表する。だからこそ、今後はトラブルは素直に相談していただきたい。私達はあなたをこの様な目に遭わせたくないのだ」
皇女は口を強く結んだ後、口を開いた。
「申し訳ありません。殿下にご迷惑をお掛けしたくない一心で…それが悪い結果を招くなら、今後は相談させていただきます」
今度こそ皇女の気持ちを少しでも開く事が出来たと思ったフレドリックは微笑んだ。
「ええ。これからは必ず貴女を守ると約束しよう」
一段落、というところで本短編は終了します。6月初旬に投稿開始予定の中編、「王都の向日葵と月下美人(仮題)」にてこの二人の今後を書きますので、暇な時にでもお読みいただければ幸いです。




