第37章 結末
僕は先ず、玲奈さんと響子さんに、藤倉秀樹の電話番号を知りたい、と言った。玲奈さんが、どうしてだ、と訊いた。僕は、例えば、厚労省の人間のフリをして、ヒロのお兄さんのUSBメモリが手元にあることを、藤倉秀樹に告げたい、と言った。そしたら、ナイフ男が、ヒロを狙うことも無いのではないか。玲奈さんが、了解、と言った。
次に、僕は、鞄からUSBメモリを取り出すと、机の上を滑らせるようにして、響子さんの前に押し出した。
「響子さん、これ、貰って下さい」
響子さんが、驚いた様に、言う。
「でも、それは、翔太君が命がけで手にいれたもので・・・」
「僕には、使い方がわかりません」
ヒロは言っていた。
ヒロのお兄さんは、真面目で優しくて。
ヒロのお兄さんが、官僚になった理由は分からない。
響子さんも、真面目で優しくて。
響子さんが、官僚になった理由は明確だ。
ヒロのお兄さんにも、きっと何か、あったのだろう。響子さんが、消費税反対してるのと同じ様な理由が。今の僕にはそれがない。
しばらくの間、響子さんは、身動きしなかった。
すると、不意に、玲奈さんが、しげしげと、僕の顔を見ながら、言った。
「今日のお前は、実に、いい顔してる」
「イケメンですから」
「無論、そういう話ではない」
と、玲奈さんは言うと、中腰になり、机の上のUSBメモリを取り、響子さんの前に置きながら、言った。
「響子、貰っとけ。使い道を考えるのは、この中では、響子が一番、適任だと私も思う。翔太が命がけで手に入れたものだ。ゆっくり考えればいい」
そうだ、そして、響子さんには玲奈さんが居る。
響子さんは、ようやく、口を開いた。
「うん。分かった。よく考えてみる」
「一年でも二年でも考えて下さい」
と、僕は言った。
藤倉を脅すのに使ってもいいし、藤倉の軍門に下るのもいい、それが、響子さんの目的に叶うなら。
僕は、響子さんを見ながら、心の中で、呟いた。
日本経済を良くするのに、使って下さい。
そんな僕の心の呟きが、伝わったのか、響子さんは、僕の視線を捉えると、真正面から、見つめ返して、そして、深々と頷いた。
僕は、この春、大学三年生になった。
今、僕がいるのは、例によって、NKKの部室だが、もちろん、玲奈さんと響子さんはもういない。あの二人が、単位不足とかそういう話は、もちろん、ない。響子さんは財務省に入省し、玲奈さんは、ある国会議員の秘書になった。
そんな僕の手元に、一枚の写真がある。
一連の事件が一段落して、響子さんに根掘り葉掘り聞いてたら、財務省の懇親パーティーに出た時に、写真館に行ったという。ピンと来た僕は、その写真を下さい、と響子さんに食らいついた。
響子さんが、一枚だけだよ、と行ってくれたのがこの写真だ。
響子さんは、玲奈には内緒ね、とも付け加えた。
その写真には、玲奈さんと響子さんが、写っている。
玲奈さんは、青の、スッキリしたデザインだが、これは、パーティードレスなのだろうか。響子さんは、白のスーツを来ている。ちょっと、高そうな奴だ。
その二人のポーズも表情も普段、見せたことのないものだった。
その写真は、何故か、スパイ映画のジャケ写のような写真で、響子さんは、片膝をついて、カメラに向かって、右手で作った拳銃の照準を向けている。玲奈さんは、そんな響子さんを守るように、後ろに立ち、同じく右手で作った拳銃の照準を、斜め前方に向けている。視線もそちらだ。
響子さんは、真剣な表情だが、何処か、茶目っ気を感じる。玲奈さんは、女スパイのような不敵な笑みを浮かべている。
そんな二人の瞳は、確信に満ちていた。
自分達の行動に間違いがないこと、自分達で未来を作っていけること、そして、クリスチャン系のOGらしく言えば、神様の庇護下にあること。
響子さんは、この写真を渡す時に、ボソッと呟いた。
「玲奈に出会えて本当に良かった」
「そりゃそうでしょう」
と、僕が、ため息交じりに言うと、響子さんが、慌てた様に、言った。
「翔太君にも、出会えて、良かったよ」
・・・どうだか。
僕は、右手で拳銃を作って、照準を響子さんの心臓に定めると、言った。
「アイスコーヒー、飲みます?」
響子さんは、僕の言葉に何かを思い出したかの様に、ハッとした後、しばらく沈黙してから、言った。
「翔太君、来月から、部費払って。アイスコーヒーだって、只じゃないんだから」
僕は、とびっきりの爽やかな笑顔を作って、言った。
「もちろんですとも」
さて、これで、僕の話は終わったんだけど、もう一つだけ、話してないことがある。
山田卓三さんが、亭主関白の終わりの部分を、僕の口を借りて、奥様に告げた時、僕は、ある一つのことを、決意した。
あの時、僕は、大村達也さんの初恋の人に、僕が、大村さんの気持ちを伝えよう、と決めたのだ。
「やっぱ、よそうよ」
と、大村さんが言う。
「ここまで来て、なんですか」
ここは、喫茶店の前で、初恋の人との待ち合わせ場所だ。
「いやだから、このまま帰っちゃえば、間に合うじゃん」
「もう。別に、大村さんの姿が見えるわけじゃないんですから」
「・・・そうだけどさ」
「いいですね、行きますよ」
「・・・うん」
僕は、意気揚々と、大村さんが、おどおどと、喫茶店に入った。
小学六年生の大村さんの初恋の人の名前は、長谷川菜摘と言う。
目印に青いシャツを着ているという。
直ぐに分かった。窓際の席に座っていた。
菜摘は、なるほど、美人だった。
が、どうしてだろう。
まるで魅力を感じない女性だった。僕は、内心、首を捻ったが、挨拶をして、向かいの椅子に座った。
「今日は、時間、作ってくれて、有難うございます」
「ああ、話って何?」
と言う、菜摘は、何処か投げやりな感じがした。
「お忙しいでしょうから、単刀直入に言いますが、小学六年生の時の同級生、大村達也さんって覚えてますか?」
「オオムラ、タツヤ」
と、菜摘は、ゆっくり噛みしめる様に呟いてから、言った。
「ごめん、覚えてない」
「・・・やっぱり」
と、大村さんが、ため息交じりに言う。
「・・・ええーと」
と、僕は、デブで、おどおどして、と言いかけて、慌てて、口をつぐんだ。
「ちょっと、失礼」
と、僕は、菜摘に言うと、席を立って、菜摘に背を向けて、大村さんに囁いた。
「何か、エピソードはないんですか?」
「エピソード?」
「菜摘さんとのですよ」
「・・・うさぎの飼育で一緒だった。飼育係」
「あるじゃないですか!」
僕は、作り笑いをして、再び、椅子に座ると、菜摘に言った。
「うさぎを飼っていたでしょう?大村さんとは飼育係で一緒だった」
「・・・一か月で死んだ」
「・・・それは」
と、僕。
ご愁傷様、というのも変だ。僕は、気を取り直して、続けた。
「で、大村さんは?」
「思い出した。アイツが餌やらないから・・・」
「・・・」
流石に僕も、この辺で、間違った、と思ったが、ここまで来たら、話を続けるしかない。
と、考えていたら、菜摘が、言った。
「あんた、誰?大村との関係は?」
「家が近所で」
「ふーん」
と、菜摘も、落ち着いたのか、ジロジロと僕を観察する。
「実はですね、先日、大村さんが、事故で亡くなりまして。その遺品整理をしてたら、日記が出てきて・・・」
「日記、小学の?」
僕は、ここで、短時間、熟慮した。
大村さんは、小学時代に、日記をつけるタイプじゃないだろう。
「最近のです」
「ふーん」
「その中に貴女の名前があったのと、以前、何かの時に、初恋の人の話題になって、その時に、貴女の名前が出たんですよ」
すると、菜摘は、吐き捨てる様に、言った。
「キモッ」
「キモッて・・・」
僕は気になって、横を見たら、大村さんが、頭を抱えてる。
菜摘が言う。
「で、話って?」
「だから、大村さんが貴女のことを好きでした、と伝えたくて」
菜摘は、僕の顔をしげしげと眺めてから、言った。
「貴方も、暇ね。話はそれだけ?」
「・・・ええ」
「そう。私は、じゃあ、失礼するわ」
と、言って、席から立ち上がろうとする。
僕は、慌てて、腰を浮かしながら、言った。
「ちょっと、待って下さいよ」
「何よ」
「何かないんですか?大村さんに」
「別にないわよ。それに、貴方に言った所でしょうがないでしょ」
「それはそうですが。・・・今度、墓参りに行きますんで」
「ふーん。私ね、遠藤君が好きだったの。それじゃ」
と、菜摘は言うと、椅子から立ち上がって、去ってしまった。
僕は、目の前にあるコップの水を飲み干すと、隣の、大村さんの顔を、恐る恐る、見た。
大村さんは、グドグドと言い出した。
「だから、言ったじゃないか・・・」
「シャットアウト!」
僕は、喫茶店に響き渡るほど、大声を出して、言った。
これは、ガラポン勝者の権利だ・・・。
了




