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キュンマグ!  作者: てきてき@tekiteki


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立ち位置の確認

ごめん。

なんか、急に真面目になりすぎた。


楽しく話そう。

マンガの話してる時くらい、

余計な駆け引き抜きでさ。


……うん。

ごめん、ちょっと構えすぎた。


今のはね、

踏み込みすぎた私の方。


中村が「楽しく」って言ったの、

ちゃんと伝わってる。


じゃあ切り替えよ。

重たい分析モード、いったんオフ。


……でさ。

あのマンガの一番好きなコマ、どこ?


私はね、

告白でも修羅場でもなくて、

何も起きてない回の、

背景だけで感情が分かるところ。


ああいうの、ずるいよね。

静かなのに、刺さるやつ。


——ファストフード店で、

三人が揃っちゃうところ。


通話の向こうで、千代田が小さく息をついた。


「……ね」


その一言で、

まだ話が続くんだと分かる。


「この話さ」


少し間をあけて、


「新田って、

誰にも文句言われない選択しかしてないんだよね」


中村は、ベッドに仰向けになったまま、

天井を見上げていた。

スマホは片手に持ったまま、耳に当てている。


「お子様セットのこと?」


「そう」


即答だった。


「欲しいって言っていいし、

冗談にもできるし、

断られないやつ」


通話越しに、

千代田が少し考えている気配が伝わる。


「本当に欲しかったものじゃなくても、

“欲しいって言っても許されるもの”を選んでる」


中村は、ゆっくり息を吐いた。


「……安全圏、って感じだな」


「うん」


短い返事のあと、

中村は少し考えるように続けた。


「でもさ」


通話の向こうで、

千代田が姿勢を変えたのか、

ガサッ、と少し大きめのノイズが入る。


「新田、

ただ安全なものを選んだだけじゃないよな」


「……どういう意味?」


声は落ち着いているけれど、

逃がさないトーンだった。


「残る物を、選んだんだと思う」


中村は、言葉を探しながら続ける。


「しかもさ、

それ、天聖院が買ってきてくれた物だよ」


通話の向こうが、静かになる。


「誰かに選ばれたものじゃなくて、

“あの人が持ってきてくれた中から”

残るものを選んだ」


少ししてから、


「だからさ」


中村は、声を落とした。


「特別なんだよ。

あれ」


言葉が落ちたあと、

ガサッ、という音が遅れて聞こえた。


しばらくして、

千代田が小さく息を吐く。


「……それ、

ずるい視点だね」


その言葉に、

中村の指から力が抜けた。


――ガタン。


スマホが、ベッドの脇に落ちる。


「ちょ、ちょっと待って」


慌てて拾い上げる。


「今の、聞こえた?」


「聞こえた」


落ち着いた声。


「びっくりしただけでしょ」


「……うん」


誤魔化すみたいに短く答える。


その直後、

何かをごまかすみたいに、

通話越しにガサッと布の擦れる音が混じる。


「悪い?」


「ううん」


中村が言うと、

千代田は少しだけ笑った。


「むしろ、

ちゃんと見てるなって思った」


短い沈黙が、通話の向こうに落ちる。


「……中村はさ」


少しだけ声のトーンが戻る。


「新田のあの顔、

どこが一番引っかかった?」


中村は、すぐには答えなかった。

さっき落としたスマホを持ち直し、

天井ではなく、暗い画面を見る。


「笑ってるとこ」


「笑ってる?」


「うん」


言葉を選びながら、ゆっくり続ける。


「羨ましそうなのに、

ちゃんと笑ってる」


「“欲しい”って顔と、

“これでいい”って顔が、

一緒にある感じ」


通話の向こうで、

千代田が静かに頷いた気配がした。


「……それ」


声が、ほんの少し柔らぐ。


「私が一番嫌いで、

一番好きな顔だな」


「嫌いなのに?」


「嫌いだよ」


即答だった。


「だって、

逃げ場なくなるから」


「でも、

分かっちゃうから」


中村は、胸の奥が少しざわつくのを感じた。


「なあ、千代田」


「なに?」


「この話さ」


「うん」


「恋愛マンガっていうより、

立ち位置の話だよな」


「そうだね」


「だから余計、

自分がどこに座ってるか、

考えさせられる」


千代田は、小さく笑った。


「それ、

このマンガの一番ずるいところ」


「ずるい?」


「だってさ」


少しだけ、茶目っ気が混じる。


「読み終わったあと、

キャラじゃなくて

自分の席、見ちゃうでしょ」


中村は、返事に詰まった。


「……うん」


「ね」


千代田は、静かに続けた。


「新田はさ、

あの場で一番“空気読めてる”」


「うん」


「でも、

一番“欲しいもの言えてない”」


「だから、

最後のコマで全部持ってかれる」


「……あのおもちゃと?」


「そう」


「にこにこ笑ってるやつ」


「何も知らない顔でさ」


中村は、あのコマを思い浮かべる。


テーブルの上の空箱。

紙袋。

小さなおもちゃ。


それを持つ手。

ほんの一瞬だけ浮かんだ、

羨ましそうな表情。


「……ていうかさ」


中村が、少し照れたように言った。


「この時間に読むマンガじゃなかったかも」


「あー、それは分かる」


千代田の声が、少し軽くなる。


「夜に読むと、

変なところまで残るやつ」


「だよな。

ポテトの冷め具合とか、

妙にリアルでさ」


「そこ?」


くすっと笑う。


「でも、分かる。

味じゃなくて、

“時間経ってる感じ”が来る」


「そうそう。

もう一口いくか迷って、

結局食べちゃう感じ」


「……やめて。

今それ想像させないで」


「ごめん。

急にお腹すいてきた」


少し笑いが混じる。


「じゃ、今日はここまでにしよっか」


「うん。

続きはまた今度」


「おやすみ」


「……おやすみ、中村」


通話が切れる。


画面が暗くなっても、

中村の頭の中には、

にこにこ笑っているおもちゃと、

ほんの一瞬だけ浮かんだ、

あの羨ましそうな顔が残っていた。


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