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キュンマグ!  作者: てきてき@tekiteki


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ずるい場所

 「気づいてないわけ、ないよ」


 千代田の声は、静かだった。

 責めるでも、慰めるでもない。

 ただ、事実を置くみたいな言い方。


「たぶんね、

 最初は『三角関係』だなんて思ってないんだと思う」


 中村は、黙って聞いていた。


「たださ、

 『困ってる人がいる』

 『話を聞けるのは自分』

 それだけ」


 少し間があった。


「それに――

 相談を受けてるうちは、

 まだ“当事者じゃない”でいられるでしょ」


 胸の奥が、わずかに痛んだ。


「選ばれる側でも、

 選ばれない側でもなくて、

 安全な場所に立っていられる」


 沈黙が落ちる。


「……臆病なんだよ」


 言い切りだったけれど、

 どこか、言い切りきれていない響き。


「自分が好きだって気づいた瞬間に、

 もう今の立場が壊れるって、

 どこかで分かってるから」


 中村は、息を飲む。


「だから、

 『気づかないふり』をするし、

 『勘違いじゃないかな』って、

 自分に言い聞かせる」


 声は穏やかだった。


「相談を受けるのは、

 優しいからでもあるけど――

 同時に、

 自分が傷つく未来を、

 先延ばしにする行為でもある」


 言葉を置くような沈黙。


「……ずるいでしょ」


 通話の向こうが、静かになる。


 中村は、苦笑い混じりに息を吐いた。


「……ずるいなー、千代ちゃんは」


 間を置いてから、付け足す。


「あ、今のはキャラの話ね?

 ……いや、半分くらい」


「……は?」


 千代田の声が、少しだけ尖った。


「なにそれ」


 一瞬の沈黙。


「ずるいのは、

 それ言いながら否定しない中村の方でしょ」


 中村は、返す言葉を探す。


「私がずるいのは認めるよ。

 逃げ道作って、

 優しい顔して、

 本音は胸の奥に隠してる」


 静かに、続ける。


「でもさ――

 それを『ずるい』って分かるくらい近くで見てて、

 それでも離れないの、

 そっちも同罪だからね」


 中村の喉が、わずかに鳴った。


「……ねぇ」


 千代田の声が、少しだけ低くなる。


「今のその言い方さ、

 責めてるふりして、

 ちょっと甘えてるでしょ」


 図星だった。


「そういうとこだよ。

 ほんと」


 中村は、少し考えてから、口を開いた。


「今さ」


 言葉を選ぶ時間。


「わざと『千代ちゃん』って呼んだの、気づいた?」


 通話の向こうで、短い沈黙。


「ちょっとだけ、距離感試したっていうか。

 ……やっぱ、馴れ馴れしかったかな」


「……気づくに決まってるでしょ」


 すぐに返ってきた。


「一瞬ね、

 『ん?』って間があって、

 そのあとで遅れてきた」


 少しだけ、声が揺れる。


「――あ、今、距離縮めたなって」


 中村は、息を止めた。


「馴れ馴れしいかどうかで言えば、

 正直、ちょっとね。

 ほんの少しだけ」


 息を置く。


「嫌だったら、

 今この空気になってない」


 中村は、何も言えない。


「呼び方って、ずるいんだよ」


 千代田の声は、落ち着いていた。


「意味なく変えたふりして、

 ちゃんと“様子見”してくるの」


 間が空く。


「……中村、

 そういうの上手くなったね。前より」


 胸が、きゅっと締まる。


「で?」


 問いが飛んでくる。


「今のは、

 軽い冗談?

 無意識?

 それとも、ちゃんとした意図あり?」


 中村は、少し考えてから答えた。


「意図はあるよ」


 自分でも驚くくらい、落ち着いた声だった。


「だってさ、

 有本も、そう呼んでたでしょ」


 沈黙が伸びる。


「同じ呼び方なら、

 同じ立ち位置に立てるのかなって、

 ちょっと思っちゃったんだよね」


 自嘲気味に笑う。


「どう?

 理屈っぽい?

 それとも、案外、深い?」


「……っ」


 息を呑む音。


「……深い、って言えば深いし」


 言葉を探す間。


「同時に――

 ものすごく危うい理屈」


 千代田の声は、静かだった。


「確かにね。

 有本もそう呼んでた。

 それは事実」


 一度、呼吸を整える。


「呼び方が同じ=立ってる場所が同じ、

 にはならない」


 中村は、黙って聞く。


「それ、マンガで言うとさ、

 同じコマに描かれてるから

 同じ役だと思った、みたいなやつ」


 はっきりとした指摘。


「有本はね、

 無意識で距離を詰めるタイプ。

 深く考えずに、名前を縮める」


 少しの間。


「私は――

 名前を縮められると、

 『意味』を考えちゃう側」


 中村の胸が、ざわつく。


「だから中村がそれをやると、

 ちょっとずるい」


 静かに、でも確実に。


「有本と同じ言葉を使って、

 同じ位置に立った“つもり”になって、

 でも本当は」


 声が低くなる。


「私がどこに立ってるか、

 揺らしに来てる」


 短く息を吸う。


「……ねぇ」


「それ、

 対等になりたいって話じゃないでしょ」


「『並びたい』のか、

 『割り込みたい』のか、

 それとも――」


 空気が張る。


「『私がどこまで許すか、

 試した』のか」


 中村は、言葉を失った。


「深いかどうかで言えば、

 ちゃんと刺さるところ突いてきたよ」


 少しだけ、苦笑が混じる。


「でもね。

 その一手」


 静かな間。


「マンガだと大体、

 取り返しつかなくなる直前のコマなんだよ」


 通話の向こうが、静まり返る。


「……で」


 千代田が、最後に言った。


「それ分かった上で、

 まだ聞く?」


 答えを待つ沈黙。


「それとも――

 今日はここで、止めとく?」


 中村は、答えを出せないまま、

 スマホを強く握りしめていた。


 通話は、まだ繋がっている。


 でも、

 もう戻れる場所は、

 どこにもなかった。


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