### 第3話:鉄路の刺客、あるいは相模原の断絶
### 第3話:鉄路の刺客、あるいは相模原の断絶
国道16号線を北上する霧崎の前に、巨大な鉄の影が立ち塞がった。
JR横浜線、橋本駅近郊。高架下を潜り抜けようとした瞬間、周囲の「音」が消えた。深夜の羽虫の鳴き声も、遠くを走るトラックの走行音も、何かに吸い込まれるように消失した。
――静寂の結界。
「……出てこい。隠れるには、その殺気は鋭すぎる」
霧崎が足を止めると、高架の支柱の影から、一人の少年が姿を現した。
年の頃は十六、七。ダボついたパーカーのフードを深く被り、首元には大きなヘッドフォンをかけている。だが、その腰に差されているのは、二振りの短い脇差だった。
「東京の『零番目』……。あんたの首を獲れば、僕も『守護職』の幹部に昇格できるんだってさ」
少年がヘッドフォンのスイッチを入れる。
途端、周囲の静寂を塗り潰すように、激しい重低音――ダブステップのビートが結界内に鳴り響いた。
「準都刀・双翼――権能解放。――『音響切断』」
少年がステップを踏む。
音楽のリズムに合わせて、空間そのものが波打つ。目に見えない音の刃が、四方八方から霧崎へ向けて放たれた。
「……面白いな。音を物理的な質量に変えたか」
霧崎は刀を抜かぬまま、最小限の動きで音の刃を回避する。
だが、刃は空を切るたびに周囲のコンクリート柱を豆腐のように切り刻んでいく。一撃でも掠れば、肉など容易く消し飛ばされるだろう。
「避けてばかりじゃ、いつか当たるよ? この結界の中じゃ、僕の音楽が世界の法律なんだ」
少年が空中で一回転し、二振りの脇差を交差させる。
重低音が最高潮に達した瞬間、巨大な音圧の塊が霧崎を正面から押し潰そうと迫る。
「法律、か。なら、その法ごと凍りつかせてやる」
霧崎がようやく、刀の柄に手をかけた。
親指一本で鍔を押し上げる。
――パキィン。
たったそれだけの、小さな音。
だが、その音は少年の流す大音量の重低音を、ガラスを割るような鋭さで貫いた。
霧崎の刀から溢れ出したのは、先ほどとは比較にならないほどの「死の冷気」だった。
「……!? 音が……凍って……!?」
少年が驚愕に目を見開く。
放たれた音波が、霧崎の数センチ手前で物理的な「氷の結晶」へと姿を変え、床に落ちて砕け散ったのだ。
それだけではない。少年のヘッドフォンから流れていた音楽そのものが、ノイズ混じりのスロー再生へと変質し、やがて完全に停止した。
熱力学の否定。振動という「分子の運動」そのものを、霧崎の霊力が強制停止させたのだ。
「お前の音楽は、単調すぎる。……冬の静寂を教わらなかったか」
霧崎が踏み込む。
一歩。それだけで、少年の足元から膝上までが氷の拘束具に囚われた。
「あ、カハッ……あが……!」
少年の顔色が土色に変わる。
慌てて脇差を振り下ろそうとするが、その腕も既に霜に覆われ、指一本動かすことができない。
「大宮の議会は、子供を使い走りにするほど人材不足か。それとも、お前のような『捨て駒』を各地に配置して、俺の消耗を待っているのか」
霧崎の刀の先端が、少年の喉元に触れる。
「ひ……助け……僕、は……ただ……」
「命乞いは、地獄の門番に言え」
霧崎に容赦はなかった。
刀を一閃。
首が飛ぶよりも早く、少年の全身は真っ白な彫像へと化した。数秒後、風も吹いていないのに、その彫像は細かな塵となって夜の空気に溶けていった。
あとに残されたのは、少年のものだった二振りの脇差だけだ。
霧崎はその片方を拾い上げ、月光にかざす。
「……『大宮』の銘じゃない。この術式構成……大陸の、大陸軍事魔導の癖がある」
霧崎の予感は確信に変わった。
関東編の敵は、かつての刀匠のような「伝統」を重んじる者たちではない。
合理的な殺戮と、海外からの技術介入を厭わない、新たな時代の適格者たち。
霧崎は奪った脇差を無造作に折ると、その破片を捨てて再び北へと歩き出した。
目の前の16号線は、もはやただの道路ではない。
東日本を二分する、血塗られた最前線へと変貌していた。
(続く)




