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星の降る夜に、僕は何を願うのだろうか  作者: 大澤陸斗
星の降る夜に僕は何を願うのだろうか・下(少年編)
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第六章「逃亡」6

 僕らはパラナ村を出発してテトフス帝国に入った。山岳地帯を通ったためか、しばらくは兵士と思しき人と遭遇せずにすんだ。


 しかし、ヨサとの国境であるロタム山脈に差し掛かるころ、ついに彼の国の採掘場に当たってしまった。


 辺りは赤や白の砂っぽい土が多く、木も草も生えていない。岩が多く露出している地帯だった。近くからツルハシで岩を叩く音が聞こえてくる。僕らがいるところよりも下の方からだった。


 岩陰に入り山の斜面を見下ろすと、そこでは子供から大人まで、何人もの男が岩を掘削し、その様子を兵士が見張っていた。


「ここは?」


 エミリーが僕に尋ねる。


「塩の採掘場だ。テトフスは鉄だけでなく塩も輸出している」


「嘘でしょ。五年前は平気だったのに——」


「採掘場を拡大したんだろ。食糧生産が少ない以上、貿易で手に入れるしかないからな」


 それより、現場は見るに堪えない状態だった。採掘民は完全に奴隷のような扱いだ。食糧があまり与えられていのか、背中に骨の形が浮き出るほど痩せ細っている。おそらく使い捨ての物として扱われているのだろう。


 奴隷の一人、他より歳を召した男が塩の塊を抱えながらよろけ、倒れてしまった。その男に兵士は、何度も鞭を打つ。しかし、男はピクリとも動かない。もう体力の限界だったのだ。 


 兵士はもう使えないと判断したのかその亡骸を二人がかりで担ぎ、どこかへ持ち去った。おそらく一箇所に遺体を集め一度に火葬しているのだろう。


 隣でリオラが、声を絞り出すように呟く。


「ひどい……」


「テトフスが侵攻してきたのは食糧難が理由だ。彼らに回ってくる食糧がないのだろう。早く行こう。見つかったら厄介だ」


「ちょっと、助けないの?」


 エミリーが訊いた。


「ここで兵を皆殺しにしても新しい兵が派遣されるだけだ。彼らが解放されることはない」


 僕の言葉にエミリーは戸惑った様子だった。見捨てるのはあまり気分が良い物ではない。だが、これも仕方のないことである。


 兵士の立ち位置はまばらではあるが、幸いなことに採掘民を見下ろす形で立っているため、静かに通り抜ければ上側のこちらに気づくことはないだろう。


「行こう。僕らには何もできない」


 僕は馬の手綱を引き歩き出した。足場は悪く、小石が散乱している。気づかれてもすぐに走り去るということは出来ない。頼むから何も起こらないでくれよ。


 そう願った束の間、エミリーが手綱を引く馬が足を滑らせ小石が下の方へ落ちてしまった。上の方から斜面を転がり落ちる石に兵士が気づき、こちら側を凝視する。


「そこの者。何者だ!」


 兵士の重たく勇ましい声が山間にこだまする。僕はリオラに手綱を渡し後方に回った。


 再び兵士の声が飛んでくる。


「止まれ!!」


 そう言われても止まるわけにはいかなかった。


 ラルフ・ロドリゲスという名前は最も危険な人物としてテトフス帝国には知られてしまっている。おそらく国を滅ぼす因子として知られているだろう。そんな危険人物がいま国境を越えて国内に侵入し国の重要資源である塩の採掘場に現れたとなればどうなるか。


 その知らせは真っ先に帝都に伝えられ、現存する最大勢力がここへ送られてくるだろう。しかも帝都はここからあまり離れていない。半日もしないうちに兵が送られ追跡が開始される。さらにあらゆる国境も封鎖されるだろう。


 だが、一つだけ防ぐ方法がある。あまりとりたくない手法だが、こうなってしまったら致し方ない。


 後ろの馬の手綱を精一杯引いてなんとか進ませようとするエミリー。僕はエミリーのそばに駆け寄ると早口に言う。


「僕がここで奴らを食い止めるから、先に行ってくれ」


「でも、リオラは。あなたが見送らないと」


「大丈夫だ。すぐ追いつく」


 僕は連絡路を駆け降りる。


 殺気に心が支配されていくなかでも僕は冷静だった。心の整理は出来ている。


 僕は人を救うために人を殺す。この星に住まう人々を救うため聞き分けのない奴らを皆殺しにするのだ。自分でも矛盾した行為だなと思う。


『全く皮肉だよな。マルセル』


 弓兵が弓を構え僕に照準を向ける。待ったを言わす間もなく、矢は放たれた。


 僕は浮遊魔法を発動させる。自らに飛んでくる矢を翻し、放った兵士に向けて飛ばす。鋭く尖った矢尻が兵士の首元に突き刺さる。


 飛んでくる矢を全て同じように処理すると、その様子を近くで見ていた兵士が豪声で叫ぶ。


「貴様!! ラルフ・ロドリゲスか!!」


 残りの兵士が剣を引き抜き、一斉にこちらへ駆け出した。その数六。簡単に対処できる人数だった。


 採掘場の一番近い広い道にはすでに二人が待機していた。他の敵は全て下の方にいる。僕は足を止めた。


 二人の兵士は僕を挟むように向かってくる。僕はまだ剣を抜かない。


 二人の兵士が僕を挟み込んだ。ざっと地面を踏み締め二本の剣が左右に掲げられる。そして、同時に振り下ろされたその瞬間——。


 僕は障壁を張った。僕の左右、兵士との間に自分を挟むように二枚の障壁を張った。その瞬間、二人の剣を握る右腕の肘から先が切り離された。


 そのままの勢いで降ってくる剣を持つ二つの腕。僕は魔法で押し退けると駆け出す。


 腕を切断してしまえば彼らは戦うことはできない。仮に左腕で戦おうとするなら大量失血で死ぬ。


 僕は二人の兵をそのままにさらに採掘場を下に降る。下で待ち構えるのは一人の兵士だった。


 僕よりも頭二個分高い長身。短槍を両手で握り、その切先は僕の方を向いていた。


 僕が下に降りるとその兵士は迷うことなく立ちはだかる。


 まずは頭上からの斬り下ろし。僕は、左半身を後ろに引いてかわす。槍は顔の横スレスレを通過する。風切り音と金属の共鳴する音が直に聞こえるほど近くを槍は通った。髪が穂先に触れたのか黒い髪の毛が舞う。


 続いて、槍は穂先の向きが切り替わり足を掻っ攫うように振り払われた。僕は両足を咄嗟に引き上げ中空に逃れる。しかし、それで攻撃は終わりではなかった。


 左上への切り上げ。その軌道は僕の頭を通っていた。


 僕は素早く脚を地に下ろす。一瞬重心を沈めると後ろに飛び退った。


 間一髪。だが、頬に熱いものが疾っている。


 周りに目を向ければ、下の採掘場の方からは残りの兵士がこちらに登ってきていた。


 星滅の日に起こるであろうディアトロストの戦いのために魔力を温存しておきたかったが、仕方がない。


 僕は雷撃魔法を使った。


 気絶するくらいの微弱な威力にとどめたが、僕の手から放たれた電撃をうけ、男の体は一瞬にして硬直し、魂が抜けたかのように倒れ込む。


 その後の兵士には容赦無くあたるしかなかった。


 敵の攻撃をするりと交わして手早く腹や胸を剣で切り裂く。


 敵の攻撃が止む頃、そこに立っていたのは僕と、塩の採掘の手を止め僕を怯えるような目で見る奴隷たちだけだった。


 もうエミリーたちは採掘場を出た頃だろう。


 僕は汚れた剣を勢いよく振り払うって血を飛ばすと、鞘にしまった。


 その時——。


 『ビー!!』いう耳をつん裂くような大きな音が頭上を飛び、山々にこだました。


 矢笛だ。近くの兵士が異変に気づいてしまったのだ。


 採掘場よりも下、山の麓の方からはテトフス帝国の鎧を着込んだ兵士がゾロゾロと現れる。その数二十はくだらない。それだけの兵士を帝国は待機させていたのだ。まだ、矢の届かない距離だが、もたもたしていられる余裕はない。


 僕は元いた道に戻り、二人の跡を追った。




  *




 エミリーは馬を連れて歩き続けた。手綱を握って大きさが不揃いの石が散乱する道を、馬を誘導しながら早足で歩くのは、かなり消耗する。


 しかし、のんびり行くことはできない。ラルフが後ろで時間を稼いでくれているとはいえ、どこまで耐えられるかはわからない。王国随一の魔法剣士とはいえ、一人で多くの敵兵と向かい合うには限界がある。


 先を歩くリオラは馬に声をかけることをやめない。


「歩きづらいけど急いで。あなたも矢が刺さるのは嫌でしょ」


 リオラは馬に声をかけ続ける。子供を宥めるような優しい口調だが、焦りも紛れている。


 山肌を沿ってうねる道を進むと、何人かの兵士が道を塞ぐように立っていた。採掘場の出口だ。彼らはここで奴隷が別の国に亡命しないように見張っているのだろう。


「おっと、貴様ら何者だ。なぜここに女がいる。それにその馬の荷物はなんだ」


 一か八かはったりを言うしかない。


「私たち商人なんです。ロタム山脈を超えた先の街で商売するのでこの道を通るのが近道なんですよ」


「この先はヨサ王国との国境だ。何人もこの道を通ることを禁じている。貴様らが商人であってもここを通ることは許されない。


 ヨサ王国で商売がしたいんだったら出国許可証を持って関所に行きな。今回は見逃してやるからよ」


「仕方ない。リオラ一旦戻ろう」


「っえ!? でも、碧い泉にはここからじゃないと遠回りになっちゃうよ」


 その時、矢笛が採掘場の方から高々と鳴り響いた。その音を聞いた途端、兵士が狼狽えだした。


「矢笛が鳴った。何かあったのか」


「採掘場の方だ。お前ら見に行ってこい!」


 兵士二人がエミリーたちの着た道を駆けていく。そして、残った兵士の形相が変わった。穏やかさがあった表情から一変、殺気を纏った表情に切り替わったのだ。


 残った兵士三人は鞘から剣を引き抜く。


「悪いが緊急事態だ。不審な人物は殺さなければならない」


「どうしてさっき見逃すって」


「疑わしきは罰せよってやつだ。恨むんならついてない自分を恨むんだな」


 エミリーはどうしたらいいのかわからず、その場で立ち尽くした。逃げるにしても兵士の足から逃げ切れるわけがない。戦うにしても剣を持ってない。城を出発する時、真剣を持ってこなかった自分に、後悔するしかできなかった。


 ただ、下を向いて俯いているとリオラが横からヒタヒタと前に出る。


「リオラ何をする気……?」


 訊くとリオラはこっちを向いてニンマリと笑顔になった。


「うん? べつに、ただ聞き分けの悪いこの人たちに寝てもらうだけだよ」


 リオラが前を向いた瞬間、リオラの体から波動が出たように見えた。浅葱色の円形で透明な光が寸時に兵士に当たり、その瞬間——。


 兵士の体が膝から崩れ落ちた。まるで魂がいなくなり、抜け殻になってしまったかのように全ての兵士が力無く倒れてしまった。


 エミリーは力のない声で、よかったーと言った。


 ラルフから前に聞かされたことだが、リオラは人を傷つける魔法を使えない。だから、兵士が剣を抜いた時にはどうなるかと思ったけど、眠らせることで切り抜けられたのだ。


 だけど、そう喜んでもいられない。


 リオラの魔力は最後のその時まで取っておかないといけない。いくら地球からエネルギーをもらっているからといって、何か事が起こるたびに使ってはいられないのだ。


「うわ!? 貴様何者だ!」


「ロドリゲスがなぜここにいる!」


 後ろから兵士の戸惑う声が聞こえて振り向くと、そこにラルフがいた。


 ラルフは剣の柄を兵士の腹に勢いよく打ち込み兵士を気絶させる。これがラルフにとってささやかな抵抗なのだろう。エミリーは、ラルフがもう人を殺めたくないと涙を流したのを知っていたから、胸が締め付けられるように痛んだ。


「二人とも大丈夫か?」


 ラルフが声を掛ける。


「リオラがみんなやっつけちゃった」


 ラルフが倒れている兵士を見る。目尻を寄せたその表情は微かに怒っていた。ラルフにとってこの状況はあまり看過できないのだろう。


「うわー。こりゃ盛大だね。リオラあんまり魔法を無駄遣いしちゃダメだぞ」


「無駄じゃないもん。エミリーを助けるためだもん」


「これ、高次の魔法だろ。次からは少し自重しろ」


 その言葉にリオラは頬をプーっと膨らます。ラルフの言っていることは正しいけれどリオラの気持ちにもなってほしいものだ。


「それはそうと、さっきの矢笛はなんだったの?」


「ああ、緊急を知らせる矢笛だ。テトフスの兵がもうそこまで迫っている」


「じゃあ、急がないと」


 ラルフは頷いた。


 後ろの方をよく見ると、鎧を着こんだ兵士が列を成してこっちへ向かってきているのが見えた。


 三人は迫り来る脅威を背中に感じながら高く聳える山脈を登り始めた。



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