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星の降る夜に、僕は何を願うのだろうか  作者: 大澤陸斗
星の降る夜に僕は何を願うのだろうか・上(幼少編)
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第四章「蛹」7

 眩い光が一瞬、夜空を白く染めた。モーゼスは辺りを見回す。


 先ほどまで人々を襲っていた怪物の姿は消えている。代わりに状況を飲み込めず、ただ呆然とする者、恐怖が過ぎ去り、その安堵で道端に座り込むものが多くいた。


 モーゼスは近くに衛兵がいるのを確認すると持ち場を離れる。街の混乱を解くのは彼らに任せよう。もしかすると星の子の力が暴走したのかもしれない。


 ——リオラ、ラルフ、エミリー。無事でいてくれ……。


 既にいなくなった怪物から逃げ惑う人々をかき分け、辿り着いた先で目にした光景は異様なものだった。


 地べたに寝そべるラルフとエミリー。そのすぐそばでは、巨大で黒く艶のある結晶の塊が地面に敷かれたタイルを割り、突き刺さっていた。


 モーゼスは急いで地べたに寝そべる二人の安否を確認した。ラルフの服にほ引き裂かれたような痕があった。その周りは大量の血で滲んでいたが、肝心の傷が見当たらない。エミリーも気絶をしているだけで、外傷はないように見えた。しかし、リオラの姿がどこにもない。


 近くにあるのは死体と破壊された露店の残骸ばかりだ。目の前の異質な結晶体を除いて。


「まさか、この中に!? いったいこれはなんだ?」


 不意に背後に気配を感じて振り返った。そこには、ゼルフィーが立っていた。


「これは(さなぎ)だよ」


 ゼルフィーが結晶体に触れる。


「星の子が友を守ろうと今まで溜めといた全ての力を解放してしまったのだ。当然このままでは力が足りぬから、もう一度溜めるために蛹となり眠りについてしまった。これから数年は起きることはないだろう」


 ゼルフィーの説明で、モーゼスは、リオラが蛹になった訳については納得した。だが、すべてを納得できたわけではない。


「いったい、なぜ今日、ディアトロスが姿を現した。星の子はまだ力が未熟で、奴らは襲ってこないんじゃなかったのか?」


「わからぬ。だが、それ以上にこれから起こる飢餓が心配だ。星の子はこれから魔力を蓄えるためにあらゆる土地から生命力を吸い取るだろう。作物の育たない大地になる。数年はそれに備えないとならぬ」


「それは俺たちの仕事じゃないだろ。他のやつに言ってくれ」


「わからぬか。飢餓に苦しむのはこの国だけではないかもしれぬ。隣のテトフスで飢餓の兆候が見えたら間違いなくこちらに攻め込んでくるだろう。そうなったら、お主らも戦場に行ってもらうことになる」


「そんときはそうするさ」


 正直、今はそんなことどうでもよかった。自分がリオラを外に出すことを許可したが為にリオラは蛹になってしまった。自分が愚かにも、ラルフの力を過信しすぎたせいだ。ラルフに申し訳が付かない。


 モーゼスは、地べたに寝そべったままの二人を担ぎ上げる。


「ふむ——。その二人を城まで運んだら、死体の片付けを手伝え。明日はこの蛹を城の倉庫に運び入れるからそのつもりでいろ」


 





 ディアトロスの襲撃があったその晩。皆が各々の部屋に戻った後もモーゼスとルカは談話室に残った。リオラの明るく無邪気な声が聞こえない。いつもはあった当たり前がない焦燥感とラルフに対する申し訳なさがずっと心に張り付いている。


 ディアトロスの厄災が起こるのは、星の子の力が最も強力になる星滅の日が近づいた時だけだと思い込んでいた。


 それは、どの伝記にもそう書かれていたから、そう思ったに過ぎないのだが、今回の厄災は腑に落ちないことが多い。


 それはルカも同じなようで、座ったまま膝に片肘をついて、顎を摘んでいる。考え事をしていることは明白だった。


「お頭……、ちょっといいですか?」


 なんだ? と、問うとルカは聞き捨てならないことを言った。


「部下から、ディアトロスが人語を話したという報告を受けました。これはいったい……」


「人の言葉を話したからなんだっていうんだ?」


「いえ、それはつまり、……その」


 ルカも煮え切らない様子で言葉を綴るのをやめてしまった。その気持ちはよくわかる。


 ディアトロスが人語を話した。それはつまり、奴らは元々人だった可能性があるということだ。何がきっかけで人を襲うようになったのかはわからない。


 だが、街を襲撃したディアトロスの中に人語を使った個体がいたという報告は、奴らはもともと人であったいう仮説の根拠に充分なりえる。


「仮にあの悪魔の遣いがもともと人なんだとしたら、彼らはなんでああも人を惨殺できるのか。同じ人としてひどく嫌悪してしまいます」


「まあ…………、それもそうだろうな」







 翌日、遺体の回収が終わった後、モーゼスはゼルフィーの部屋に呼び出された。ゼルフィーの陰湿な部屋は、モーゼスがこの王城内で最も嫌っている場所である。王族や官職、王のそば付きしか入れない王宮の中の最も日の当たらない一階の北側にゼルフィーの部屋はある。部屋の窓はカーテンで閉め切れられ、昼でも夜のように暗い。さらにゆかにしかれた黒紫のカーペットが余計に部屋の暗さを助長する。


 陽は天敵である。そう言わんばかりの部屋の雰囲気がモーゼスは大っ嫌いだった。


 陰鬱な気持ちで部屋に入ると、そこにはゼルフィーの他にもう一人の姿があった。法務官のセバス。金髪のサラサラでまっすぐな髪を持つその男は毅然とした態度で立っている。


 セバスはモーゼスの姿を捉えるや否や、ずかずかと歩み寄ると、腰に下げた木の丸棒を手に取り、モーゼスの頭をぶっ叩く。


「ひれふせ! この馬鹿者が!」


 モーゼスは仕方なく膝を床につけ頭を下げた。セバスはブーツで足音をかつかつと鳴らし周りを歩き回る。その様子からして相当苛立っているのは間違いない。


「なぜ、星の子が街に出歩いていた!? そのせいで民が余計に死んだのだぞ!」


 確かにリオラが城の中に止まっていれば、街をあの怪物どもが襲うこともなかったのかもしれない。だが、その場合であっても俺たち傭兵隊を含む城の兵士たちでどうにかなったとはとても思えない。


 結局、城の人間に被害が出ていただろう。使用人や王族。最悪の場合は王が。死んだ人間が変わるだけで、結果はあまり変わらない。


 それ以上にモーゼスは、自分の不甲斐なさに呆れ苛立っていた。そして、国側の対応にも……。


 モーゼスがあの時いたのは、他国の要人が盃を交わす、港付近。大きな酒屋で開かれていた晩餐会はお開きとなり、そこにいた要人たちの護衛の任務をしていたのだ。


 ディアトロスが現れた時、要人たちを船に乗せて出港させたため、国を跨いだ被害は防ぐことができた。


 しかし、要人の護衛に魔法兵の多くを割いてしまったために、この街の住人に深刻な被害が出てしまったのだ。


 これが事実。人員不足もあったが、結局は兵力が十分ではなかったのだ。星の子を保護するほどの力はこの国になかった。


「一体この責任をどうとるつもりなのだ。民が百人だぞ! 百人も殺されたのだぞ!」


(うるせえ。いったいなぜ、城の一番安全な場所で祝杯をあげていた輩に責任追及をされないといけないんだ)


 モーゼスは腹の底に煮えたぎる怒りを抱えながら、静かに頭を床につける。


「申し訳ない。全ての責任は俺にある」


「そもそも、たかが領主候補に星の子の世話を任せるなど、どうかしておる」


 セバスの苛立ちは収まるどころか、火炎のようにおさまりが効かなくなってきている。


 不用意に丸棒を振り上げるセバスにゼルフィーが制止をかけた。


「セバス殿、この男をあまりいじめるでない。魔法を使える者を抑え込むことなど、普兵ごときのこやつにできるはずもなかろう……。


 だがな、モーゼスよ。理解はしてもらわないと困る。お主がやったことは大罪だということを」


「いったい何が大罪だというのだ。俺はリオラの希望を叶えるためにちょっと手を貸しただけだぞ」


 ゼルフィーはあきれたようにため息をついた。


「やはり、理解しておらぬか。まあ良い機会だ。説明しておこう。


 昨晩街を襲ったディアトロス。お主はあれがなんだと思う?」


「憎しみに染まった人だろ」


「そうだな。昨日の報告にあった通り、奴らの中に人語を使う個体がおった。人の怨念と捉えて良いだろう。しかし、それだけでああはならない。


 あれは、人々の怨念が集まってああなっておる。昨日奴らを見た時、わたしにはそう見えた。


 あれくらいの怨念が集まってしまうと、星の子の浄化の能力を使うくらいしか対応できなくなってしまう。だが、ラルフはその判断を誤ってしまった。友が危険にさらされ、冷静な判断を欠いてしまったのだ。そのきっかけを作ったのは誰かな?」


「おれだ」


「違う。お主は加担したに過ぎない。だからお主にも刑罰を与える。しかし、昨日、星の子を外へ連れ出したのはラルフ自身が願ってやったことだろう。ならあやつにも刑罰を与える」


「処刑ってことか……」


「いいや、主ら二人をそのまま殺してしまっては勿体無い。第一ラルフは見送りびと。死なれては困る。そうだな……。戦場にでも赴いてもらうとするか」


 それを聞いてモーゼスは思わず立ち上がった。黙ったままではいられなかったのだ。


「待ってくれ。ゼルフィー。ラルフはまだ子供だぞ」


「お前は黙っておれ、この役立たずが!」


 セバスが我慢ならないと丸い棒を振った。丸い棒がモーゼスのこめかみに直撃した。


「よい——」


 と一言、ゼルフィーがモーゼスを蹴ろうとするセバスに静止をかける。セバスが口を紡いだのを見て、ゼルフィーはモーゼスに歩み寄ると、そっと手を肩に置く。


「モーゼスよ。確かにラルフはまだ若い。だから殺すことも追放することもせん。しかし此度の罰は受けねばいかぬ。これがやつの受けるべき罰なのだよ。奴は星の子の守りがあるから死なぬからな……。今回ラルフは、百人の命をこの世から消してしまった大罪を負った。その罪、戦上に赴いて命の重みを知ることで償ってもらう」


 この時、モーゼスは反論できなかった。反論したところで彼らの意向が変わるはずのないことが分かりきっていたからだ。権力と圧倒的な力を前に何もできない自分への怒りを胸に、モーゼスはゼルフィーの部屋を後にした。



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