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星の降る夜に、僕は何を願うのだろうか  作者: 大澤陸斗
星の降る夜に僕は何を願うのだろうか・上(幼少編)
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第四章「蛹」6

 入り組んだ路地に入って、僕らはディアトロスの目から逃れた。それと微弱ながらも結界をはった。少し頼りないが、結界から出ない限りディアトロスに見つかることはないだろう。しばらくすれば城内の魔法兵があの化け物どもを始末してくれる。それまではここでひっそりと身を隠そう。


 疲労感がどっと押し寄せる。僕は壁にもたれた。


 初めての命のやり取りで、一瞬も気が抜けない緊張感の中で戦ったのだ。結局はリオラの不思議な力があったからこそ勝てたけど、次に戦うとしたら僕一人ではどうにもならない。


 頭を抱えた。どうやったらリオラを守り抜く強さが手に入るのか全くわからない。


 ラルフ……。リオラが僕を呼ぶ。さっきまで落ち着かない素ぶりで結界内で行ったり来たりしていた彼女は、何かを訴えかけるような眼差しを僕に向けていた。


「エミリーを助けにいこ」


「駄目だ」


「どうして!?」


 リオラは僕に詰め寄る。


「僕には力がない。リオラを守ってエミリーを助けに行けるだけの力が……。あいつは夜の悪魔だ。朝まで凌げば勝手に陽にやられて消える」


「それじゃあ、ダメなの。今助けに行かないとエミリーは死んじゃう」


「たとえ行くとしても、僕一人で行く。リオラを絶対に行かせない」


「なんで?」


「僕とエミリーは覚悟を決めているんだ。リオラのためだったら命を捨て去ることだってできる。だから——」


「そんなこと、私は望まないし、ディアトロスは止まらない。あれは実体を持たない死者の怨念なの。いくら倒してもどんどん湧いてくるの」


「じゃあ、どうすれば良いんだ」


「私がこの街に集まった怨念を浄化させる。星の子の力を使えばできるはず」


「それも見えている未来なのか?」


 リオラは静かに頷いた。正直、僕もエミリーには死んでほしくない。助けに行きたいのは山々なんだ。だが、ここにいればほぼ確実にリオラを守り抜くことができる。確実な安全を手放して危険地帯に出向くほどの強さは、僕にない。


「ねえ、ラルフ。一緒に行って。じゃないとみんな死んじゃうから」


 涙目で訴えてくるリオラ。彼女の潤んだ瞳は真っ直ぐ僕に訴えてくる。


 一緒に生きたい、最後まで三人で——と。


 わかった、と僕はぽつり呟くように言った。僕よりも一回り小さな手を握って、恐怖に向かって走った。







 リオラが示した方に僕は走った。緩やかな下り坂の街路を人々は、まるで腹に卵を抱えた川魚のように昇ってくる。その人波を僕とリオラは避けながら進む。


 ディアトロスの奇声と人々の悲鳴が入り混じる音が徐々に近づいてくる。方角からして街の中心部の広場だ。


 ふと、女性の声が聞こえた。まるで雄叫びのような声。その声は、勇猛果敢に恐怖へと立ち向かう人の叫び声だった。


 エミリーの声だ……。


 走っていく中、二体のディアトロスが頭上を追い越していく。広場へと向かったのだ。エミリーが必死に戦うその場所に——。


 人並みを抜けた後は、必死に走った。喉が焼けそうなほどに呼吸が荒れても、肺が破裂しそなほどに痛んでも脚の動きを緩めない。


 無事でいてほしいと願って、とにかく走った。


 広場に着いた時、そこは血の匂いで溢れていた。僕は見回した。胸に穴を開けて倒れている人の姿がいくつも目に入ってくる。


 そして、その中に彼女もいた。


 間に合わなかった。


 さっきまで声が聞こえていたのに、お腹のあたりから血を流し、身動きしないで倒れている彼女がそこにいた。 


 もっと早くここに来れていたら……。


 いや、僕がもっと早く決心していれば助けられた。安全な結界の中で、朝日を待とうなんて思わず、最初からエミリーを助けようと動いていたら、彼女はこうならずに済んだ。エミリーは僕のせいで死んだんだ。


「エミリー!」


 リオラが声を限界まで張り上げて叫びエミリーに近づこうとする。僕はリオラの手をぐっと掴み引き戻した。


「なんで!? ラルフ!!」


「奴らが多すぎる。ここにいたら危ない」


「待って。まだ息があるかもしれないから……」


「もうこれ以上、僕を苦しめないでくれ。エミリーは助からない」


 この状況下で三人が生き残る術があるのだろうか。死体の匂いを嗅ぎつけて集まるディアトロス。もう既に一〇体以上は集まっていた。


 しかし、今いるディアトロス全員がのさぶっても余るくらいの死体がここにある。


 今逃げればリオラだけでも救える。


「逃げるよ。今は、エミリーのことは忘れるんだ」


 そう言って、僕はリオラの手をとった。広場を出るため街路に入ろうとした時、黒いモヤが石畳の隙間から湧き出てきた。不気味さと冷たさを感じるそのモヤが集まり、何かが形作られていく。両の腕をだらりと下げる人型。その何かはディアトロスの形になって僕の前に立ちはだかる。


「逃してくれないみたいだ……」


 いったいなぜ、奴らは人を襲うのだ。なんの恨みがあって、こんなことができるんだ。


 リオラはさっき言った。ディアトロスは死者の怨念なんだと。ふざけるな。


 僕の腹の底から湧いてくる怒りに反応したのか、立ち塞がっていたディアトロスが喚く。無意味に大きな声。嫌悪するほど心地の悪い声と息が僕の髪を、服を靡かせた。


 そして、次の瞬間。


 ディアトロスが僕に襲い掛かる。鍵詰めのように鋭く尖った爪を立たせた手が、僕に向かって突き出される。


 僕は腰の剣に手を掛ける。寸時につかを握り、引き抜くと同時に思いっきり振り上げた。


 黒い液が僕の目の前に落ちる。


 後ろに飛んでいく凶々しい右手。


 手から垂れる液が数滴、僕の頬に垂れたがすぐに蒸発して無くなった。


 強烈な悲鳴をあげるディアトロス。左手で、なくなった右手首を握り、強く奇声を発声するそいつの頭を僕は跳ね飛ばした。


 首元から溢れる黒い血。


 こいつの奇声を聞いて、他のディアトロスもこちらに気づいたようだった。


 一斉に集まりだして、僕とリオラはすぐに囲まれてしまった。


 リオラがゆっくりと僕の前に出て祈るように両手を合わせて握る。


 しかし、何も起きなかった。


 リオラが戸惑ったように声を荒げる。


「なんで。なんでできないの」


 その声は、ディアトロスに対する怒りなのか、それともなにもできない自分に対する怒りなのか、震えていた。


 星の子の力が足りない。今のリオラでは、悪魔の襲撃に対応できない。


「もういい。リオラ」


 逃げる術は残されていない。せめてもの思いで、僕はなるべくリオラがディアトロスと接触しないよう数が多いほうに位置を取る。


「近づく奴から殺す」


 この状況で剣は役に立たない。僕は鞘へ剣を収めると腕を帯電させる。


 ディアトロスが一斉に襲い掛かる。


 僕は両腕を合わせた。


 その瞬間、凄まじい雷鳴とともに屈折した閃光が周囲に迸る。その光の線が視界にとらえたディアトロス、全てを貫いた。


 奴らは霧のように実体がなくなり消えていく。


 だが————。


 重い衝撃が背中を打った。同時に焼けるような鋭い痛みが背中を走り僕は倒れてしまった。


 まだ一体残っていた。混乱を強いる戦場。後ろからひっそりと近づいてくる奴に気づけなかったのだ。さらに複数のディアトロスの呼吸音が近づく。奴らはリオラを連れ去るため無限に湧いてくる。


 ……ラルフ……。


 リオラの声が聞こえる。頭がぼうっとしていても彼女が僕に必死に呼びかける声はまだ聞こえる。


 まだ終わってない。こんなところで死んでたまるか!


 僕は起きあがろうと腕に、腹に、全身に力を込めた。筋肉が動くほど全身の焼ける痛みが増していく。それでも止められない。足をたて、立ちあがろうと力を込めたそのとき——。


 今度こそトドメの一撃が僕に降りかかった。金床よりも重たい衝撃が腰を貫き、一瞬で砕枯れた。


 足の感覚がない。動くことすらできなかった。


 そばで、リオラが涙を啜りながら僕を必死に呼ぶ。でも、もう立ち上がることができない。


「……ラルフ……、いやだよ、ラルフ」


 リオラがそっと僕に触れた。暖かくて柔らかな手が僕の頬をそっと撫でる。その手の動きが止まり雫が僕の頬に落ちた。


「いやーーーー!!」


 リオラの絶叫と共に目を刺すほどの鋭い光が辺りを包み込む。


 僕はそのまま気を失ってしまった。

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