第55話 これも対話?(3)
「只者じゃないことは自分も分かりましたけど……師範から見てそんなにですか、彼女は」
今一度戦っている2人を見ても、その戦局に変わりはない。
押し引きを繰り返しながらの、互いに譲らない攻防が未だに続いていた。
やはり優劣は無いように思える。
男にとってはそれですら驚きなのだが、師範が言うにはそれ以上らしい。
にわかには信じ難い話だったが、しかし師範の目利きがそうなのであればと、男は深く観察して見極めようとしていた。
そうして解を得ようと見始めてふと、男の頭に一つ思い至ったものがあった。
「あー……もしかして? 彼女、すんごい実戦慣れしてます?」
男は軍属でヤジマの部下だが戦闘員ではない。立場的には参謀として所属している。最低限の鍛錬は済ましているため戦えはするものの、個々の実力を観て測るのは得意ではなかった。
そんな男でも分かったこと。
それが、実戦経験の差だった。
「たるんどるぞ。後方勤めでも鍛錬は怠るな」
「いやいや、無茶言わんで下さいよ! 師範の目利きが良過ぎるだけですってば! 普通ある程度は観察しないと分かんないですよ!?」
「……まあ、今はええ」
その一言に、男は安堵のため息をつく。
実は内心ビクッとしていた。
かつてこの道場に通っていた頃の、厳しい指導が頭を過ぎったからだ。
「お前も見て分かったように、セツの剣には形式ばったもんが薄い。恐らく我流じゃないかね。何処かで会得した型ってよりかは、戦いの中で身に付いた癖って言った方が近そうだ」
「つまり、それだけ戦いの中で生きてきた、ってわけですか。それでモリタケより強いなら……相当な茨の道だったでしょうね……」
「…………」
そこに関してはヤジマも思うところが無いわけではない。
だが過去を知らぬヤジマには想像で慮ることしか出来ない故に、そこは口を噤むしかないのだ。
「……だからモリタケとは特に相性が悪い。性格的なものもデカいが、これまで学んで来たもんが通用し難いだろうよ。何しろ相手には定型ってもんがねえ。隙が有るようで無く、無いようで有る。……ただ、それを抜きにしても勝てるかは分からんくらいには強いな」
試合をするセツの剣術には、並々ならぬ熟練の技を感じる。若さを考えると、本当に子供の頃から戦い漬けの日々だったのかもしれない。
(それに、あれは恐らく対魔ってよりかは、対人を主とした剣術か? うーむ……対話だけの印象ならば年相応だったが……さて)
セツの滞在を良しとし、拒む理由もないと言ったのは本当だ。
そこに嘘は無い。
だがそれはそれとして、ヤジマには道場を預かるものとしての責務もある。
余所者は誰であれ目を光らせるが、セツの持つチグハグさは見極める時間が必要になると、そう考えていた。
「…………あのー、師範?」
「どうした?」
真面目に話し、それから少ししんみりとしていたのだが、ここで何かを察した男が問い掛けた。
「まさかですけど、止めなかった、じゃなくて……こうなるように誘導しました?」
「……」
答えは沈黙。
正に、そのまさかだった。ヤジマは意図的にそうしたのだ。
一つは門下生であるモリタケの将来のため。
一つは来訪者であるセツを見極めるため。
そう思っての事ではあるが、あれだけ愛想良く、温厚に対話していたというのに、その裏で考えていた本音がこれだ。
これには男も何とも言えなくなる。
争いは無い方がいいとは思っても、理解すれば確かに必要なことだったとも思えるからだ。
(……食えない人だなあ。でも本当にヤバくなったら止めるだろうし、まあ良いのかねえ……)
だから否定と肯定が混在する、口を開こうとして開けない、微妙な表情を浮かべることしか男にはできなかった。
◇
幾度となく剣が交差した。
それに終わりはなく、今だってその数は増え続けている。
(確かに、強い。強いし、油断出来る相手ではないんだけど……)
たが、鳴り止まぬ剣戟の中でセツは、モリタケの剣術を理解し始めていた。
「───ハアァッ!!」
「───っ」
もう何度目か分からない、頭上から振り下ろす猛烈な上段斬り。
威力も速度もある技だが全て対処してきている。技自体は洗練されたものではあるが、今回だって同様に対処可能だ。
しかし、セツがとったのはこれまでとは違う一手だった。
セツは迫り来る刀に真っ向から立ち向かい、グッと歯を食いしばると、相手ごと弾き飛ばすように刀を振り払った。
「ぅぐっっ―――!!」
試合が始まってから、一番大きく鳴り響いた刀のぶつかり合い。
モリタケは見えない岩壁をぶつけられた様な感覚に襲われる。
このままでは押し潰される―――そんなイメージが脳内を過ぎった。
「チッ!」
現実は体勢が崩れるだけだろうが、それも十分致命的だ。そうなれば負けが確定するようなもの。
ここは、否が応でも退き下がざるを得なかった。
(うん……遊びが無いというか、余分が無いというか。指南書通りの綺麗な動き、って感じ)
モリタケが引いたことで、急に間合いが空く。
多少の踏み込みではもう刃は届かない位置だ。
ずっと肉薄した戦いだったからだろうか。実際の距離以上に、やたらと間隔を感じる。
だがそんな状況でも即座に刀を構え直す。
相手へ意識は向いたまま、両者共に摺り足でじりじりと動いていた。
そこに落ち着く暇などありはしない。
一分の隙も無く、緊迫した戦況が予断を許さない。
距離は自体は保たれているが、水面下では警戒しつつ隙を狙う駆け引きが行われていた。
変わらぬ張り詰めた空気が、嫌でも緊張感を感じさせる。
仕掛けるタイミングさえ合えばすぐにでも弾けそうな、薄皮一枚で包まれた睨み合いだ。
(……綺麗さが故に、隙のない強さを発揮している。そして───綺麗さが故に、動きが分かりやすい……)
膠着する中で、セツの意識は研ぎ澄まされる。
(───さあて、どうしようか)
獲物を狙うような鋭い目が、モリタケに向いていた。




