第五十八話 使徒、渦中へ
寝過ごした為、ちょっと投稿時間を遅らせました。ごめんなさいorz
邪神討伐から二週間が経過した。重傷を負った者達も大分回復し、日常を取り戻しつつある。戦闘自体は魔界への入り口、転移門付近での戦闘であった為、民間人等の被害は皆無であった事が不幸中の幸いか。
しかし、これで邪神との戦いが終わったとは言え、まだ魔界の軍勢との決着は付いていない。確かにヴァル、いや。ヴァーミリオン・ロードクラヴィス公爵は人類との共存の道を探している。
この事実はノーラの持つ魔眼により真実であると証明されているが、未だ魔界は混沌とした状況だと聞いた。そんな話を精霊首都シンフォニア内の、旧王城会議室で行っている。
「そもそも、今まで穏健派であった魔王様が、何故急に人界の侵攻を考えたのかが、俺には理解出来ないんだ……」
そう語るヴァルは随分と憔悴している。ヴァルの話では今代の魔王は、穏健派で人類との和平、共存を求む者であった。しかし、ある時突如として人界への出兵を決めたと言う。
具体的には一年ほど前から急に性格が変わり、人界への侵攻を掲げたと言うのだ。その間も幾度と無く魔王を諫め続けていたヴァルであるが、三カ月程経過した当たりで魔王はヴァルの言葉に耳を貸さなくなったと言う。
ヴァルは魔界貴族の中でも、王族の血を引く公爵家の当主。公爵と魔王国宰相を兼任していた。当然一番の理解者であったが故、魔王の判断がどうしても理解出来なかった。
だからこそ、魔王の真意を確かめるべく対話を求めたが、魔王から返された答えは無情な物であった。
「反射的に避けたが、まさか斬られるとは思わなかったな。そのまま反逆者扱いされてしまったよ」
軽い傷を負いながらも、ヴァルは何とか王城から逃げ延びてロードクラヴィス公爵家へ帰還するが、既に公爵家は血と炎の海に沈んでいたそうだ。何時の間に手をまわしたのか分からない程に、鮮やかだったと言う。
「宰相として立ち回って来たから言えるのだが、貴族達も穏健派が多かったんだ。魔王様が出兵を決めるまでは……正直、何故としか言えない」
様々な疑問が浮かぶ中、何とかその場を離脱したヴァルは、幼馴染で婚約者であるジュリア伯爵令嬢の元に転がり込む。伯爵家には手が及んでいなかったが、安堵も束の間の事で、大挙して押し寄せる魔王軍に包囲された。
「嵌められた、と言うか俺とその理解者、支持者を一気に屠ろうと考えたんだろうな。安易にジュリアの元に行ったのは、正直迂闊だった」
少し首を垂れながら、隣に居るジュリア伯爵令嬢へ視線を送るヴァル。ジュリア嬢はそっとヴァルの手を取り首を振る。
「ありがとう、お前が俺の婚約者で本当に良かったよ……」
そんな二人を見てハンカチを取り出し、涙を拭う壮年の執事がバモスさん。ジュリア嬢の専属執事であり、幼馴染のヴァルも幼少の頃から世話になって居た人物だと言う。
彼らは、あの邪神戦にて力不足と判断し、純粋にヴァルの力、能力の底上げの為にその身を差し出し消滅した。本来なら、魔人族は魂とも言える核が破損すると数百年は蘇れない。
しかし、彼らは蘇った。ヴァルが持つユニークスキルの力によって魂を繋ぎ止めていたのだ。理屈的には竜騎士カズヤ君と、上位竜マグナの人竜一体スキルと似た様な物らしい。
「こうして見ると、やっぱり人族も魔族も変わらんな。結婚式には呼んでくれよ、ヴァル」
俺の言葉にヴァルは少し照れたが、直ぐに表情を引き締める。その表情は真剣そのもの。遂に来るか、共存の為の本題が。
「ユウキ、いや……精霊首都シンフォニア国主、サクラユウキ様。恒久に人界と魔界の平和を維持する為、どうかお力添えを頂きたい」
ジュリア嬢へ視線を向けた時以上に、深く……ヴァルが頭を下げると、ジュリア嬢とバモスさんも一緒に深々と頭を下げる。そう、ヴァルは魔王の真意を確かめる必要がある。
貴族として、宰相として、そして……魔王の親友として。その結果、魔王を討つ事になってでも。
「頭を上げて下さい、ヴァーミリオン・ロードクラヴィス公爵。俺の答えは決まっています……安芸、ノーラ。共に来てくれるな?」
『はい』
ヴァルに答える様に、俺も言葉を紡ぐ。同時に俺の傍に控える安芸とノーラも、凛とした声で返事をする。そう、答えは決まっている。俺とヴァルは互いの背中を任せて戦った仲。今更拒絶はあり得ない。
甘いと言われるかも知れないが、それで良いと思っている。それに……やはり人魔の垣根を越えて、恒久平和の実現は絶対に必要だ。
これ以上、無為に命を奪い、奪われる事の無い世界を俺達も求む。争いは争いを、憎しみは憎しみを呼び、負の連鎖は何時までも終わらない。
「断ち切ろう、負の連鎖を。戦おう、人魔共存の未来の為に」
「ユウキ……ああ、必ず断ち切る。例え魔王様に弓引く事になっても、俺は人魔共存の未来の為に……戦うぞ」
俺達は無言で握手を交わそうとした所で、会議室の扉が開かれる。
「ユウキさん、俺達にもお手伝いさせて下さい。いえ、拒否られても無理矢理付いて行きますがね」
何事かと思えば、そこには大賢者マコト君を始めとした邪神と戦った人魔連合の有志達が勢揃いしていた。この会議は極秘裏に行っていたが、マコト君のユニークスキルの前に秘匿は無理だったか。
「と言うか水臭いですよ。どちらにしてもユウキさんの決定には従いますが、最初から話してくれた方が絶対に良いですからね」
「すまん、除け者のするつもりは無かった。この会合自体が極秘裏の物だから、まずは俺とヴァルの意思決定をする必要があってな。しかし、全員で行くとなると万一の防衛が……」
確かに俺達の戦力は、間違いなくこの世界でも最強の一団だ。だからこそ、この戦力が空白となる事を恐れている。
俺は人魔連合を見渡す。四大精霊騎士、リチャード配下、新生勇者パーティ。この面々ならば、単騎で小国一つ落とせる戦力でもある。精霊騎士に至っては万軍を殲滅可能と来ている。
そう、少数精鋭の人魔連合。確かに全員が一騎当千の猛者であるが、故に魔界へ進んだ場合人界の守りが薄くなる。人界側の敵は魔王軍だけではなく、一般の害獣、モンスター、盗賊や山賊と言った賊も警戒しなければならない。
各都市にそれなりの冒険者、傭兵、兵士は存在するが、全員が全員高レベル帯に属している訳でもない。万が一強力なモンスターが出現したり、モンスターの大氾濫が起きた場合は対処しきれない可能性が高いのだ。
「後顧の憂いは断って居ますよ。俺は大賢者として、精霊首都シンフォニアの協力者として、リチャードさんの配下をお借りして各国を回って居ます」
「……なに?」
マコト君は、事後報告になりましたが。と付け加えるが、その内容は驚くべきものであった。以前に俺が、各精霊都市でしたパワーレベリングだが、これを真似て各ランクの冒険者たちのレベルを爆発的に向上させたと言う。
前に安芸から聞いた冒険者のランク付けに関して言うなら、各ランクの分布はアイアン級からピラミッド状に配置されるのだが、現在はほぼ全ての冒険者がゴールド級及びプラチナ級の戦力となって居るらしい。
「アークヴァンパイアさん達には空間転移、レベリング戦闘と無茶をさせましたが、この大陸レベルなら平均値は120程までになって居ますよ」
それは冒険者だけではなく、各国の保有する戦力、兵士や傭兵も同じ位までレベルが上がっていると言う。俺が懸念しているモンスターの大氾濫が起きても対処可能と言うのだ。
しかし、幾らレベルが上がっても、魔王種、準魔王種クラスの敵が現れた場合はどうにもならない筈だ。一応精霊騎士クラスなら対抗可能だろうが、主軸となる四精霊騎士は魔界侵攻側に加わると言う。
「使徒様、現在の精霊騎士の状況ですが……恐らくご心配には及びませんよ。私、アリシア、フィリア、ノルン以外の精霊騎士は全て高位精霊騎士として成長しております」
そんな風に精霊騎士の状況を伝えてくれたのは、事実上最強の精霊騎士。水の高位精霊騎士マリンその人である。俺達が休息を取って居たこの二週間で、人類側、精霊騎士達も大幅に強化したそうだ。
下位精霊騎士のレベルでは、倒せても準魔王種までであるが、高位精霊騎士と同格の力を得たと言うなら魔王種が出ても十分対応可能と言う事らしい。
それもその筈。冒険者達の平均がレベル120であるが、高位精霊騎士達のレベルは既に平均レベル180を超えていると言うのだ。人員も、各精霊都市に凡そ50名。累計で200名の高位精霊騎士が防衛に当たれるそうだ。
「……二週間だぞ? 一体どんなレベリングをしたんだ?」
「お聞きになられたいですか?」
俺の問いに対する精霊騎士マリンの答えは、途轍もない極上の笑顔であった事だけと言っておく。自ら藪蛇をつつく必要もあるまい。
「いや、いい。しかし戦力はともかく魔界の全貌、そして移動手段だな……」
そんな事を言いつつ、俺は考える人の様な感じで顎に指を添える。一先ず人界側の防衛戦力に関しては大丈夫と言う結論になったが、問題は移動手段だ。ヴァル達は魔人族、故に空間転移等を多用し長距離も苦も無く移動する。
一応俺達勇者パーティも、リチャード及び配下のアークヴァンパイア達による空間転移は可能だが、ヴァル達と比べると魔力量は少なく、連続使用も難しい。
「ユウキさん、私から良いですか?」
少し考えて居ると、おずおずと手を上げるのが、黒髪セミロングの少女。俺と同じ召喚被害者で、勇者パーティに於ける魔法のスペシャリスト。普段物静かで自分から喋る事も少ない彼女だが、自分の意見ははっきり通す芯の強い女の子だ。
こんな華奢な見た目で俺やヴァルに匹敵、いやそれ以上の魔力を保有する。新生勇者パーティに属した事で、創世神の加護による庇護下で職業が進化し、魔法使いから超魔導へと至った少女である。
「ああ、どんどん発言してくれ。正直手詰まり感が強くてな」
「はい。でも、その前に今一度謝罪させて下さい。ノーラさん、貴女は私を裁く権利がある。あの時、大規模転移魔法を行使したのは……私なんです」
超魔導サツキさんの言葉に、俺は一瞬戸惑った。そう、彼女の言う謝罪。それは地の精霊都市への勇者とナグツェリア王国軍の侵攻の事だ。
確かに各精霊都市には、緊急時に備えた転移門があり、他の精霊都市と即時連絡が可能と言う物だった。しかし欠点が無い訳では無い、その欠点を付きナグツェリア王国軍は侵攻した。
「…………」
欠点を理解していたノーラは、軽く目を閉じたまま押し黙る。転移門の欠点は、転移門を起動する前に制圧される事。
彼女、当時魔法使いだったサツキさんは、大規模転移と小規模転移を使い分け、ノーラの居る土の大神殿を制圧した。大規模転移で土の精霊都市外縁に軍勢を。都市内部に小規模転移で勇者を送り込んだ。
国の中枢や、軍隊の指揮官やリーダー。こう言った存在を抑えてしまえば、敵は右往左往するだけになる事が多い。戦争であれば降伏等を促す為に首脳陣は残される場合があるが、勇者はそれを行わず殺戮の限りを尽くした。
「謝って許されるとは思って居ません。ですが、大規模転移。この方法を取るならば、謝罪だけは絶対に行うべきと思いました。重ね重ね、申し訳ありません」
本当に後悔しているのだろう。深々と頭を下げるサツキさんに、ノーラは普段通りに、トコトコと言う擬音が聞こえそうな歩き方で歩み寄る。
「……確かに、散った命は戻って来ません。ですが、貴女が謝罪する事ではありません。大丈夫、私は全てを理解しています」
サツキさんの傍で語るノーラは、悲しげな表情を浮かべながら、小刻みに肩を震わすサツキさんを慰める。そう、ノーラは真実を見抜く魔眼を備えている。
ノーラの前に嘘偽りは絶対に通じない。そしてノーラは分かって居る。サツキさんがナグツェリア王国に脅されていた事も、貴族に乱暴をされていた事も。
「ですが今は、大事の前の小事です。やれるならその方法を取りましょう。私達は仲間です。貴女だけに辛い想いはさせません」
身長で言えば、サツキさんより小さいノーラだ。それでも精一杯背伸びをして、サツキさんの頭をナデナデする。ノーラは、何時しか悲しみの表情は抜け、慈愛に満ちた表情を出している。
「ノーラさん……」
「よしよし。辛かったら何時でもナデナデしてあげますから、一人で溜め込んでは駄目ですよ」
その言葉にサツキさんの涙腺が崩壊した。彼女はずっと後悔していたのだろう。自ら殺めた命は無いが、勇者の暴挙の為に利用されたのだ。
しかし、しかしだ。俺には今一つ解せない事がある。確かに転移からの直接攻撃は有効だ。けれど、何故ナグツェリア王国は精霊都市の転移門の存在を知っていた?
「サツキさん。一つ確認させてくれ。小規模転移で、地の精霊都市を直接と言ったが……何故、転移門の存在を知っていたんだ? アレは神々が極秘裏に創造した物で、一般には伝わって居ない筈なんだ」
「そうなんですか? でも、勇者は転移門の存在を知って居ましたよ。だからこそ作戦を立てたと言って居ましたが……」
俺の言葉に、勇者は知っていたと返すサツキさん。どう言う事だ? 一体何がどうなっている?
「いや、待てよ……」
これを考えたらキリがないが、少なくとも前例は存在している。俺は再びヴァルに視線を向け、口を開く。
「……なあ、ヴァル。魔王の性格が変わったのが、約一年前と言ったな?」
「ん、ああ。突然別人になった様な……性格から何から、正反対になった感じだったが、それがどうかしたのか?」
サツキさんの答えに、俺は一つの仮説を立てた。その答えを求める為にヴァルへの問い掛け。確信は持てないが、可能性として考えるなら、無いとは言い切れない。
俺と安芸の手によって消滅した勇者は、兄が凄腕のハッキング技術を持っていると抜かしていた事を思い出す。まさかとは思うが。
「いや、何か嫌な予感がしてな……取り合えず転移案は方法の一つとして採用する。皆、他に意見はあるか?」
各々様々な作戦案を提示するが、どれも直接攻撃より以上の効果を得られそうにない。何か嫌な予感がする、俺は胸騒ぎが収まらないまま会議を一先ず終わらせる。
「よし、今日はここまでにしよう。皆しっかし静養してくれ。作戦実行に関して後日詳細を纏める」
俺の言葉に人魔連合は頷きその場を後にする。嫌な予感、外れてくれれば良いのだが……。
閲覧ありがとう御座います。夜にも上げますので、よろしくお願い致します。