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第四十五話 最強の精霊騎士

 アリシアとの模擬戦が終わり、一旦執務室へ帰って来た俺とノーラ。安芸は引き続き医務室でアリシアの様子を見ているとの事だ。流石に親友と言うだけはある。安芸の過去を聞いた事により、その絆は更に深まったのだろう。


 そんな事を考えて席に目をやれば、そこには優雅に紅茶を嗜む淑女。精霊騎士マリンだけの時間が流れている。バトルジャンキーでさえなければ、深窓の令嬢と言っても過言ではない慎み深い美女なのだが。


「割と早かったですね。もう少しかかるかと思っておりましたが……書類はこちらです。使徒様の押印が必要なもの以外は全て片付けて置きましたので……何ですかその目は」

「あぁ、済まない。鳩が豆鉄砲喰らった顔だったか? いやはや、凄いな。俺がやったならあと数時間は身動きが取れなかった筈だからな」


 俺も現場側の人間だが、当然打ち合わせやらで書類を書く事も多かった。が、国の代表、国主と言う役職を得た後とでは段違いの忙しさだった。安芸とノーラが居たから何とか回っては居るものの、素直にマリンの処理能力の高さに呆けていたのだ。


 俺が出て行く前に見えたマリンの処理速度は、恐らく自分の所に合わせたものだろう。精霊都市は複数の小国が纏まって形成された都市国家。作業も細分化と分担がされ、マリンの仕事量も軽減していると聞いた。


 そう、あくまで自国の処理速度では追い付かないので、もっと早く演算処理をしただけ。と言う事であった。恐らく俺、安芸、ノーラ三人がかりでも全力処理速度は追い付かないだろう。


「まぁ、なんのかんので実務経験は長いので……使徒様にだから言いますが、私これでも数百年は生きているのですよ。そこらの小娘程度に、負ける訳ありませんよ」


 小娘……彼女からすれば、殆どの者が少年、少女のカテゴリーに入るのではないだろうか。長き時を生きた経験と実務経験に裏打ちされた実力、これが最強の精霊騎士の矜持であると言わんばかり。


 そう、彼女は人間種ではない。陸の長寿種と言えば、エルフ、ハイエルフと言った種が長寿であるが、海の種族は比較的長寿である。中でもマリンの種族がセイレーン種と言う、長寿であり精霊種に近い存在でもある。


 そんなセイレーン種の中でも、マリンは上位の存在へと自然進化した、エンシェントセイレーンと言う種になる。万年を生きる海洋の絶対支配者。それが水の高位精霊騎士マリンなのだ。

 

「さて、それでは一休みも終わりましたし……戦いましょうか。ええ、腕が鳴ります。ふふ、楽しませて下さいます?」


 そう言って足を組み替えるマリンの仕草には、恐ろしい程の艶やかさがあった。ぶっちゃけると、マリンの容姿は絶世の美女と言っても過言ではない。


 マリンブルーの鮮やかな腰下まで伸びる長髪。透き通る位に美しい翡翠の瞳。百人いれば百人全てが振り返るだけの艶やかさを持っている。


「ッ!!」


 それは、安芸やノーラには無い妖艶とも言える笑み。自然と吸い寄せられそうになる衝動を押し殺す。因みにノーラはフラフラと吸い寄せられて行ったので、その手を握り引き留める。


 危なかった。悪魔族が使う魅了の魔法に近い様な、とても強い幻覚を見ているかのような感覚に陥った。強い。戦う前から下手をすれば終わっていた可能性がある。足に力を入れて深呼吸し、マリンと向かい会う。


「楽しませられるかは分からないが、俺はやれる全力を出すだけだ」


 内心で冷や汗を掻きつつ、務めて冷静に言葉を返す。これは俺の直感だが、実力、技量、共に圧倒的な差が存在する。ステータスでは上回っているかもしれない。


 しかし、そのステータスすら技術の前には無と化してしまう。この事実はムラマサ殿の鬼神時代に経験済みだ。


「ふふふ」


 そう言って笑う彼女の目に、一瞬だが本気の殺意が見えたのは気のせいと言う事にしておこう。恐らく先程ノーラを引き留めた事が、原因と思われる。


 精霊騎士マリンは、ノーラと義理の姉妹と言う立場にあり、ノーラを溺愛していた。その溺愛レベルは、猫好きの安芸と同等かそれ以上らしいが、ノーラはそれを嫌がる事も無く受け入れていたと言う。


「……済まないな、姉さん」


 まぁ、今となってはマリンは俺に取っても、義理の姉と言う事になるので、時折ノーラと交流をさせるのも、悪い事ではないかも知れない。そんな風に考えながら再び訓練場、ではなく外の広場へと向かった。


 今度の立会人はノーラのみ。姉として良い所を見せたいマリン、夫として格好良い姿を見せる必要のある俺。微妙な組み合わせの試合となりそうである。


 因みに今回マリンから申し込まれたのは、剣技のみによる舞踏と言う事である。既にアリシアを下している俺に、本気で戦う必要は無いと判断したのだろう。こういう所が、本当の絶対強者たる所以とも言える。


「ダンスの練習も、安芸とノーラから手解きは受けている。まだまだ足りんけどな。一応社交界では通じるレベルには、なっているらしいが……」

「ええ、ですので私がお教え致します。ご準備は宜しいですか?」


 そう言ってマリンは、空間格納から儀礼用の剣を取り出す。俺もと思ったが、聖剣で良いとの事。いや、片方真剣とか不味くないか?


「問題ありませんよ。儀礼用とは言え、これは水の聖獣ケートス様の御力の一端を封じた加護剣、ブルーガーディアン。剣の格で言えば聖剣には一歩引きますが、間違いなく由緒ある剣ですよ」

「分かった、では宜しく頼む」


 お辞儀をして俺も聖剣を召喚する。向かい合い、一歩ずつ前に出る。一拍間を置き、トッと前に出るとお互いの剣が交差する。合図も無い、音楽も無い、でも、俺達は広場の中心で鍔迫り合いをしている。


 その鍔迫り合いも一瞬に、甲高い音が広場に木霊する。何度も何度も、マリンは優雅に舞いながら、俺は喰らい付く様に荒々しく舞いながら。静と動、柔と剛。交わり合う剣が日の光を反射し、何時しか幻想的な空間が生み出される。


「まだまだ粗削りですが、良いお手前です。では、もう一つ上へ参りましょうか」

「承知した」


 そのまま舞踏を続ける。荒々しい動きを所々マリンに矯正されながら、少しずつ優雅に舞える様に俺は舞踏を続けた。数分、数十分と舞踏が続く。正直かなりきつい。


 しかしここで音を上げる訳には行かない。普段の戦闘訓練、技術向上とは違う筋肉を行使しているのだ。疲れるのは当然。マリンは呼吸を一切乱していない、俺もあの頂きに届く為に精神を集中させていく。


「良い集中力です。ならば、更なる高みへ参りましょう」

「く、ああ、分かった」


 まるで、本当にダンスを踊って居るかのような。紡ぎ出される剣と剣のワルツ。自然と音楽が脳裏に響く感覚。広場はまるで、王城の舞踏会場とさえ思えて来る。


 割と何とかなると思っていたが、想像以上に厳しい剣舞となっている。元々一般人、社交ダンスとも縁の無かった俺だが、今後は国主として他国との付き合いもある。覚えていて損はない。


「ええ、いい覚悟の表情です。しかと受け止めました。ではラストスパートです、息を乱さず付いて来て下さいね」

「応!」


 マリンの声により掛けられるラストスパート。今までの動きを反復するかの様に、更に高次元のレベルでの剣舞を行っている。正直付いて行けるとは思って居なかった、いや。マリンが加減して居るのかも知れない。


「ご謙遜を。加減などしておりませんよ……この短期間で、良くここまで上り詰めた物です。素直に称賛を贈りますよ。では、行きますよ!」

「ッ!!」


 最後にキィンとお互いの剣が弾け合い、すっとマリンは納刀する。優雅な一礼を終え、俺との舞踏は終了した。凄まじい。時間的にはもう二時間は経過しようとしているのに、息の乱れが感じられない。


「良い演武でした。あれでまだまだ、と言われるのは本当に向上心の塊の様な方ですね」

「指導、感謝する」


 俺もそう言って一礼をして剣を収める。アリシアとは違った、非常に高度な戦闘技術の取得、と言うような感じであった。にしても、ダンスを習っていて本当に良かった。下手をすればマリンをがっかりさせる事になって居ただろう。


「ふふふ、ではまた……暇を作って来ますので、その時はどうぞよしなに」

「ああ」


 マリンの言葉に、俺は手を差し出す。マリンは少し驚いた様であるが、しっかりと握手を交わし次回の舞踏を約束したのであった。





閲覧、ありがとう御座います。お待たせして申し訳ございません。

遠方への仕事が続きますので、GW前まではこの時間帯位になります。

引き続き頑張って書いて行きますので、応援よろしくお願い致します。

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