第三十四話 人質解放
注意:残酷な表現がされている箇所が御座います。ご注意ください。
兄さんが、可能な限り兵力を地の精霊都市から引き離した所で、待機していた私を含む六人は、隠蔽状態を解除。私が広域魔法、ブラウズニル・ホーリーライトを発動。聖別の光にて、一般市民を囲む、ナグツェリア王国の人員は光の中へと消え去った。
そんな異変に気付いた、魔法使いと竜騎士が後方へ舞い戻る。しかし、彼らの前に二人の武人が立ちはだかる。精霊騎士アリシアが、魔法使いを。武人ムラマサが竜騎士と対峙する。
私の見立てでは、魔法使い、竜騎士の方がステータスが勝っている。本来異世界人は、高いステータスを誇り他の追随を許さない存在だ。対してアリシア、ムラマサはステータスでは劣るが、技量では圧倒的に上だ。
「アリシア達が強いのか、異世界人が鍛錬を怠ったのか。前者であると信じたい」
私たちは、この世界の最前線でモンスターや魔族と戦ってきた。この実戦経験は何よりも勝る物。安易にステータスのみを超えられても、技量はそう追い付くものではない。
「それこそ、兄さんみたいな努力を続けて居れば、だけど」
そんな事を思いながら、囚われの一般市民の前にやって来た。正直直視するのも憚られる。良くもこんな事を……。集められている一般人は、比較的若い女性しかいない。中には年端も行かない少女もおり、当然の如く暴行を受けた跡が存在する。
少女は目の焦点があっておらず、やめて、やめて……と呟き続けている。うら若き乙女達も、目から生気を失っている有様だ。回復魔法で体力は戻せるが、精神的なダメージは取り除けない。
「……っ!」
女性たちの惨い姿に気を取られ過ぎていた。ブラウズニル・ホーリーライトは、悪意を持つ者を聖別する。従って、攻撃時点で悪意が無い、または悪意を完全に消す事が出来れば、あの光から逃れる事も可能なのだ。
私は咄嗟に剣を抜き、向けられる殺気に対峙する。妙だ。兄さんから受け取ったクリスタルには、見覚えのない人物。いえ、やり直した事で歴史が変わった、もしくは、勇者パーティに埋もれて、気付かれなかった隠れ強者、と言う事か。
「精霊騎士レオナ殿とお見受けする。我が名はヘイムダル。ナグツェリア王国軍、統治戦団総大将を務めている。戦闘の一部始終は見ています。流石に部下を殺されて、少々殺意を覚えましたので。所で此度は、何故我が国に剣を向けるのですか?」
金髪オールバックの長身、ヘイムダルと名乗った男は長剣を抜き油断なく構えている。何故剣を向ける、か。対話の余地はあるのかしら?
「……ええ。確かに私は、精霊騎士レオナよ。剣を向ける、と言うけれど……先に手を出したのは、貴方達よ」
私の言葉に、ヘイムダルはピクリと眉を動かす。すっと剣先が下がり、納刀された。どう言うつもりか知らないけど、本当に部下が倒されたから牽制の為に剣を抜いただけなの?
「……全てを知って居る、と言う事ですか。確かに、私達が先に剣を抜きました。しかし、これも大義の為。魔族は待ってはくれない。私達は、より強くより大きくなり、魔族と戦う為に、国力を増強する必要があります」
魔族。魔界の住人にして人類の天敵と言われる存在。ナグツェリア王国はこの魔族との最前線を受け持つが為、強大な軍事力を持つ国家だ。
そしてナグツェリア王国は、国力増強の為に近隣の小国等を合併吸収し続けている。その中で、一般市民を強制的に徴用したり、反逆する者へは制裁と言う行為も含まれる。
「確かに魔族は脅威、これは理解出来る。でも、だからと言って、無抵抗の一般市民を奴隷とする事、そして……女性を慰み者にする理由には成り得ない」
そう、幾ら国力を増強する為とは言え、戦争にはルールがある。一般人、民間人、これらの存在に手を出す事は、御法度。これは世界各国共通の事だ。
さらに言うなら、強制徴用と言う名の隷属化、奴隷として人々を扱う事も、基本的には禁止の項目だ。何より、ナグツェリア王国は女性の人権を無視したような、悪政が敷かれている。
侵略統治された民でその有様であるが、ナグツェリア王国民であっても、税を払えなかったりした家族からは、強制的に女が国に連行される。
「……兵力の増強には、人口を増やす事も必要です。そして兵士は常に緊迫の状況下にあります、息抜きも必要なのですよ。従軍慰安婦だけでは賄いきれないので、現地住民にご協力を頂いております」
「協力? 何の対価も無く、一方的に孕まされるのを、協力と言う精神……狂っているとしか言えないわ」
従軍慰安婦は、軍や国から対価を貰い、文字通り兵士の慰安に努める存在だ。強制的に国に連行された女たちも、この従軍慰安婦として活動する事が多い。故に、自殺者も後を絶たない。
その為の隷属化で、最低でも数人生ませてからなら、自殺も可能だそうだ。そんな悪辣な状況下故に、兵士の欲望の捌け口が足りないのである。
しかし、だとしても……賄いきれないから、現地の民間人を慰安婦とするなんて、同じ女性として許せる訳が無い。誰が納得等する物か。
「同意の上での協力ですよ。我が軍の兵士は精鋭です。そんな男の子種を授けられるのですよ。本来なら一般人から頭を下げ、頼むべき事です。感謝されるのは、我々の方ですよ?」
「ど、同意ですって!? ふざけるのも大概にしなさい! 女性は、貴方達の為に存在するんじゃない!!」
この状況、何処からどう見ても同意など得られている筈がない。仮に得られていたとしても、ならば何故……こんな年端も行かない女の子が、虚ろな表情になっているのか。
「いいえ、我らの為に存在するのですよ。魔族との闘いには必要な事なのです。何度も言わせないで欲しいですね」
この男には、良心の欠片も存在しない。いいえ、ナグツェリア王国による洗脳教育の賜物か。話には聞いていたけど、その国力故に誰も手が出せなかった。
あの時、無理にでも兄さんに進言して置くべきだったかも知れない。こんな思いを、女性にさせる位なら。
「……そう、分かったわ」
この状況下で、本当に何を考えて居るのか。いえ、こいつの脳味噌は下半身に直結しているのでしょうね。その言葉を聞いた瞬間、私は表情が抜け落ちたのが分かった。かつてない程の怒りを込めつつも、極めて冷静に神速で斬撃を放つ。
「ご理解頂けて何よりですよ、精霊騎士レオナ殿。さて、では付いてきなさい。貴方にも、子種を授けます。感謝して下さいね? ナグツェリア王国軍の中で、最強と言われる私と――」
ヘイムダルが言葉を言い終える前に、一陣の風が吹き流れる。間を置かずしてヘイムダルの右腕が地面に落ちた。ドサリ、と音を立てて。数秒遅れて、斬り跡から大量の血液が噴き出す。
私は、風の高位精霊騎士。異世界人を除けば、この世界でも最強の一角と言う自負を持っている。彼が本当にナグツェリア王国軍最強の存在だと言うならば、『この程度』見切れない筈はない。
「……え? ぎゃああああ!? う、腕が! 私の腕がああああ!!」
しかし見切れなかった様で、腕を切り落とされた位で大騒ぎするヘイムダル。せめて魔力で血を止める位はしても良いのに、このままじゃ失血死で終わりそうね。
「この程度でナグツェリア王国軍の中でも、最強なのね……まあでも、分かったわ。貴方とは絶対に話にならないと言う事が。感謝しろ? 傲慢な事で。誰も、貴方達下種の子種なんて、望んでいない」
ナグツェリア王国は、確かに魔族との戦闘の矢面に立たされている。故に、各国からの支援も大きい。強引に他国から支援を出させてると言っても過言ではない位に。
それなのに、国力増強の為に。と言う言葉を盾に取って好き勝手に行動している。結果として肥大化し、この大陸でも有数の巨大国家となった。故に、増長し、この様な発想に至って居るのだろう。
「あ、あぁ……嫌だ、助けて、助けてくれ!!」
「安心しなさい。もう大丈夫よ……ええ、もう大丈夫。貴方は眠りに就くだけ……決して覚める事のない、永遠の眠りに、ね」
「ひ、や、やめ……!」
私は剣を薙ぎ払い、ヘイムダルの首を斬り飛ばす。あのままでもどうせ失血死して居たと思うので、一思いに止めを刺しただけの話。
そして苦しませずに一瞬で殺すなんて、どんなに温情な行為か、この人は理解出来ただろうか?
「……本当に、胸糞が悪い」
ともかく、これで人質解放の為の障害は無くなった。私は後方に待機していた、マコトさんとカエデさんを呼び、被害者たちの回復の手伝いをしてもらう。
カエデさんは魔法の広域化を行い、まずは浄化の魔法を行使する。内に外にと穢された乙女達の体を浄化していく。続いてマコトさんが回復魔法を使用する。強力かつ広範囲に効果を齎す。少なくとも、これで臨まぬ妊娠はしないだろう。
私の回復魔法は、マリンと違い即効性が低い。なので、今回は協力者のマコトさんとカエデさんにお任せした。私は、体力を回復させている間に、傷の手当等を行い、女性たちの意識を確認していく。
結果として、数名の女性が廃人状態である事が分かった。あの、年端も行かない少女もその一人だ……。
「ごめんね、もっと早く動ければ、貴女もこんな目に遭わずに済んだのに。ごめんね……」
少女の手を握りつつ思うのは、兄さんの事だ。兄さんが召喚された時の話は聞いている。私もあの会議の場で、真っ先に潰すべきと思ったが、兄さん自身が否定した為、それ以上は誰も言えなかった。でも、今思えばやるべきだった。こんな悲劇が起こる位だったら。
「レオナさん、廃人に成りかけている子だけど、私に任せてくれない?」
「何か、方法が?」
私の問いに、コクリと頷くカエデさん。カエデさんの固有スキルが、回復、治療に特化しているのは聞き及んでいるが、精神までも回復出来るなんて、それこそ神の所業とも言える。
一般的には精神状態の回復は不可能に近い。でも、異世界人として呼ばれたこの二人は、兄さん同様、固有スキルが与えられているそうだ。その言葉に希望が見えて来る。
「……任せて。同じ女として、見過ごせる訳ないよ。マコト、力を貸して!」
「当然だ」
そう言って大賢者、マコトさんはカエデさんと手を繋ぐ。こんな時に何を? と思ったが、目に見える程に強力な魔力の流れ。どうやらカエデさんだけでは、魔力が足りないと言う事だろう。
しかし待って欲しい。彼女らは異世界人、技量こそ劣れど、ステータスは私たち精霊騎士すらをも遥かに凌ぐ。そんな隔絶した魔力量を誇る彼女の魔力が、足りない? 一体どんな魔法を行使しようと言うのか。
「それは母なる海。大海に包まれ、さざ波の子守唄を囁かん……彼の者達に癒しを、精神に安寧を」
それは、この世界に来て調べた文献にあった、過去の勇者パーティ、賢者が行使したと言われる、古代魔法。現代では使える者が存在しない、とさえ言われた、極大魔法、その名を。
「っ、マコト!」
「構わん、持って行け!」
「行きます、極大治癒魔法……オーシャン・リザレクトッ!!」
地面に巨大な魔法陣が描かれる。カエデさんを起点としたこの魔法は、被害者達だけではなく、マリンが救出した精霊騎士達へも、効果範囲を広げている。凄まじい。起動時に魔力を、発動にその数倍の魔力を持って行かれる。
成程、一人では無理だから、二人で、か。あの時、兄さんはフィリア達に叱咤したと聞いた。人は決して一人じゃない、支え合って人なんだと。本当に、彼女たちが味方で良かった。
「……魔力制御、ほんの少し負けてしまいました。故に、経過を見る必要はありますが、もう大丈夫です。ふ、ぅ……ごめん、マコト。後は、お願い……」
そう言って崩れ落ちるカエデさんを、マコトさんが優しく抱き抱える。どうやら魔法の反動が想像以上に大変な様だ。無理も無い、一人であれだけの魔力を制御した、その精神力は凄まじいの一言に尽きる。
「レオナさん、被害者は俺に任せて、彼の元へ。本来なら俺が行かなければなりませんが、カエデを放っては置けない」
「分かりました、頼みます。精霊武装、解放!!」
私はマコトさんにその場を任せ、精霊武装を展開する。向かうべきは、最愛の兄さんの元。今なお、たった一人で戦い続けている。
「勇者、ナグツェリア王国……今こそ、ここで終わらせる」
起こってしまった事は、悔やんでも悔やみきれない。だからこそ、兄さんも決断を下したのだろう。今ここで、これ以上の被害を防げるなら、全力で勇者を含めて打ち取るべきだ。
本来魔王に相対する為の、勇者の役職である。消す事に問題もあるが、消さない事にも問題がある。本当に面倒な存在だ。でも、賽は投げられた。私は兄さんを信じて、付いて行くのみ。
基本的に休みは日曜のみです……朝更新無くて申し訳ないです。
ええ、基本的に土曜は休みじゃないのですよ。週休二日でもない勤務体系なもんで。