第二十五話 鉱山地区
翌日、護衛のノルンを伴い、俺は鉱山地区へと赴いて居た。あの後? ノーラをナデナデ、モフモフしていたら、紅茶を持ってきたノルンに怒られたよ。執務中に何をしているんですか!! と毛を逆立たせて居たのが印象的だった。こう、フシャー! って感じだった。
その為だろうか、若干ノルンの距離感が遠く、とても事務的対応の喋り方である。いや、まぁ今は護衛だし、俺の肩書は神の使徒だし、正しくはあるのだが。なんかこう、不機嫌猫って、無性に構いたくならない?
「……何か?」
やべぇ。マジで猫じゃらしがあれば、彼女の前でフリフリしたい。怒っていると言うよりは、構わないで欲しい。と言うオーラが見え隠れする。しかし、無用に怒らせるのも憚られる。しゃあねぇ、真面目に行くか。
「何でもない。所で、何と言うか想像以上だな。流石は国家事業って所か?」
俺の言葉に、ノルンは『当然です』と回答をする。俺達は鉱山地区にある、小規模な街の入口に居る。鉱山地区は、地の精霊都市より離れた場所に存在している。
この為、作業員の休憩、宿泊施設、食事処、生活雑貨、酒場と言った施設が無いと苦労するだろう、と言う事で、この小規模な街が建造されたそうだ。
実際に現代でも、この様な採掘に携わる場所には、近くに宿場町が栄えている。そうでもなければ、過酷な労働環境に誰も付いて来ないだろうしな。尤も、本当に奴隷が働く様な場所も、無い訳では無いだろうが……効率も採算も悪そうである。
「しかし、衛兵は存在するのに、戦士や兵士と言った存在が居ないのは、何故だ? モンスターが出ない訳ではないだろう」
「ご心配なく。確かにモンスターが出ない訳ではありませんが、ドワーフと言う種族は、とにかくパワフルなんです。モンスターなんて、ツルハシ一本で倒せますよ」
御尤もな回答である。まぁこの辺は、既にノーラにも聞いて置いたのだが、実際の所、下位精霊騎士が交代で守護の任務に当たっている。万が一強いモンスターが出たら、即時精霊騎士が対応すると言う形になっており、兵士は極力少なくなっている。
と言うのも、これは現代地球でも同じ事なのだが、軍隊や兵士と言う物は、基本的に一般人からは受けが悪い。戦闘イコール人殺し、粗暴で横行、治外法権行使で好き放題。そう言う意識から、自然とこの街には存在しないのだろう。
俺が生まれ育った日本でも、戦争アレルギーなのか毛嫌いされている。尤も、個人的に言うなら、自国の軍隊位受け入れてやれよ、と思う所だ。他国の軍隊、兵士だから、日本の場合は敗戦国だから、と言う辺りで横暴な態度を取る兵士がいるのであろう。
「……使徒様?」
「ん、気にしないでくれ。現世の事を思い出していただけだ。兵士の駐在に関しては、内政干渉になるだろうし、これ以上言わんよ」
俺の言葉に、軽く会釈するノルン。同時に、小声ですみませんと言う声が聞こえて来る。俺の世界の話はノーラにしている。彼女から、ある程度の事情を聴いている故の、言葉だと思う。
街の雰囲気を見て回り、いざ作業区画へ。そこは俺が思っていたのとは、若干様相が違っていた。手作業メインであるのは変わりないが、トロッコの整備がされていて、搬出後も精製工場までレールが繋がったりと、半自動化が進められている様だ。
「ふふ、驚かれましたか? 確かに使徒様には、効率が悪そうと取られますが、鉱山地区は、国として特に力を入れています。動力関係の整備が出来れば、とは思いますが……」
それにしても、流石技術立国。ドワーフがメインであり、技術力は他の追随を許さない。これは安芸から聞いていたのだが、風の先々代精霊騎士は、ドワーフやエルフの技術を大幅に広めるべく、技術改革を推し進めていたらしい。
俺がトラクターを出した際に、その場のエルフ、ドワーフ連合に提案した魔力動力に関しても、先々代は考えて居たそうだが、実行には移さなかった。一気に全てやろうとして失敗する未来が見えたと聞いている。
その代わりにトロッコの改良、レールやパイプと言った、作業に身近な物を利用し易く改良を重ねたそうだ。トロッコであれば、運ぶだけではなく、レバー一つで荷が下ろせたり、見たいな仕組みがある。
「では、鉱山内部へご案内します。決して、私の傍から離れないで下さい。それと、こちらの頭巾を」
流石にヘルメットの様な物は存在しないか。そう言えば、召喚初期に被って居たヘルメット、今はどうなっているだろうか。そんな事を思いつつ、頭巾を頭に被せる。
これが手拭いだったのなら、剣道をしていた時の様に、面の下に被る方法で巻いていたのだが。
「では、多重起動。ライト。ウィンドフォール!」
そう言ってノルンが使ったのが、光属性のライト。攻撃力は皆無だが、周囲を照らす初歩的な魔法だ。そしてもう一つが、ウィンドフォール。空気の滝を作り出し、坑道内の粉塵を吸わない様にする為の物だろう。
さて、ここでノルンが使ったスキル。多重起動であるが、実はこれが出来る者は、そう多くない。魔術師や魔法使いなら、鍛錬次第で魔法の並列使用が可能であるが、多重起動はスキルなので、先天性の物であり、親から受け継ぐ事が圧倒的に多い。
一応、後天的に得る場合もある。極稀にレベルアップと同時に取得する事もある。これも鍛錬や習慣によって、ある程度制御出来るので、望んだスキルが手に入る可能性は、割と高い。
「こちらです」
そう言って坑道内を案内される。狭いイメージの坑道だが、ある程度の広さを確保。所謂安全通路との区別、送風換気は、別途魔法による循環を行っている様だ。
途中、要所要所で作業員のドワーフと行違う。適時休憩であったり、交代が行われている模様。
「これは、日本企業も見習って欲しいもんだわ」
安全第一、とは言っているが、実際の所本当に安全第一か、と言われると疑問を呈するのが、現代日本の建設業界である。作業効率を考えると、安全にそこまで手を掛けられない、と言う辺りが難しい問題だ。
結局は、責任の所在。ぶっちゃけ、俺も現場で怪我をした事は多々あるが、労災になったのは一件だけだったなぁ、と思いつつ、和やかに会話するドワーフ達を見ながら思った。
さて、通路や休憩の風景は分かったが、現場はと言うと……これまた、作業がし易い環境が整えられていた。尤も、手作業で、ツルハシで鉱石を採掘するので、かなりの重労働である。
しかし、流石は魔法の存在するファンタジー世界。持続性の高い、筋力強化などの魔法を用い、カーンカーンと、心地良いツルハシ音を出している。
「成程なぁ。この世界ならでは、って所だな」
素直に感心する。そして、産出した鉱石の搬出に関しては、台車は一輪車の様な物、手でトロッコ付近の、昇降機まで運ぶ。昇降機は満杯になったら、クランクハンドルにて動作し、トロッコに積み込まれている。
現代なら坑道内で、タイヤショベル等の重機で運び積載するが、成程これはと思った。ただし、幾ら魔法による強化があるとは言え、効率的に言えばそこまで高くは無い。効率のみを求めれば際限が無いが、少なくとも人が受ける負担は、可能なら減らした方が良いだろう。
俺は、ノルンにスキルの使用許可を取り、重機召喚にて、ブレーカー配管のバックホーを呼び出した。大きさは約3トンクラスの物ではあるが、このクラスで十分だろうと当たりを付けていた。
「え、えぇ……なんですか、これ」
「あぁ、俺の固有スキルによる、異世界の道具と思って貰えば良い。まぁ半自動化された、ツルハシって所だな」
俺は軽く言うが、その言葉に現場に居たドワーフ達が、一斉に俺に期待の眼差しを向ける。そう、魔法があるとは言え、個人が備える魔力は有限。その点この重機、機械なら燃料が続く限り稼働し、疲れも知らない。
試させて貰って良いか、現場監督のドワーフに許可を貰い、俺はバックホーに搭乗した。重機外装による、ブレーカーステークを使用しても良いが、俺の狙いは重機の普及である。
固有スキルに頼った、と言う点では一緒ではあるが、既に風の精霊都市では、重機の研究開発が進められている。第一段階として魔法動力炉と、トラクターが完成している。これらの資料を纒て貰っている所で、終わり次第技術協定を結び、と考えて居る。
「よーし、ちょっと離れてくれー……周囲の確認、ヨシ!」
現場猫、と言う単語を聞いた事があると思う。これ、大真面目に俺は業界で使っている。例えば重機に乗り、旋回する前に指差し呼称で、周囲の確認ヨシ。これにより旋回半径を確認し、対人、対物への災害が減らせる。
違う例えをするなら、一人称視点のシューティングゲーム等で言う、クリアリングと言う物と同義と思って貰って良い。右をクリアリングして何もなければ、そこは安全だと言う情報を得ると言う物だ。
現場でも同じ。動く前に安全を確認すれば、事故も防げれば、加害者になる事も無い。勿論逆も然り。重機の旋回半径に注意すれば、バケットに当たったり、旋回に巻き込まれて大怪我を負う事も無い。
そしてこれは俺が個人的に思う事だが、俺の居た建設業界に限らず、一般生活で使っても良いと思っている。事故とは偶然起きるものではないのだから。
俺はドワーフ達が離れたのを確認すると、ブレーカーのピックを壁面に当てる。軽くエンジン出力を落とし、ブレーカーに動力を伝達する。すると、タンタンタンと言う連続した打撃音と共に、壁面が軽々と崩されて行く。
大きく崩れた破片にブレーカーを当てて、更に小割にしてみる。そんな動作を数分。物の見事に、人力の数倍以上の仕事量をしてしまった。これには熟練のドワーフ達も、開いた口が塞がらないでいる。
「おっと、名乗り遅れたな。俺はサクラユウキ。風の女神セラフィーナ様の使徒だ。これは俺の固有スキルによるものだが、今、風の精霊都市では、類似する道具の開発がされている」
その言葉に、ツルハシを持っていたドワーフ達が歓喜の声を上げる。当然皆、重機を動かしてみたい、と詰め寄って来るので、乗せてみた。
本来なら車両系建設機械運転技能講習の、整地積み込み等の資格が無いと乗る事は許可出来ない。今回召喚した重機は3トン未満なので小型車両系建設機械特別教育で乗れるが、現代日本ではこれでもNGだ。
何故なら、現代日本でこのブレーカー配管がされた、ブレーカーユニット搭載の重機に乗る場合は、更に車両系建設機械運転技能講習の、解体用の資格が必要になる。まぁこの世界には免許も無いので、注意して乗って貰うだけだが。
「お、おおおお!!」
そして念の為、操作は単純に、このペダルを踏むと、ブレーカーが作動しますよ。ここを踏むだけ。と言う状態を作り、周囲の人が離れた乗って貰っている。
流石に俺が近くで操作を教えつつだと、破砕時に飛来した欠片が当たり、被災する可能性を考慮しているからだ。動体視力が優れて居れば避ける事も出来るだろうが、当たれば痛いし最悪の場合も想定出来るだけに油断はしない。
そんな状況を作って操作して貰って居るが、人類種である以上、動かしたいと言う知的欲求には逆らえない。なので、最低限の稼働レクチャーもしたが、もし危険な動きをしたら即止める、と念を押して置いた。
そんな事が可能なのかと思われるが、この重機は俺のスキルによって呼び出した物。最悪召喚を解除すればそれ以上の暴走もする事は無い。
一通り全員に体験して貰った所、皆上機嫌であった。やはり、肉体的疲労はかなりの物だろう。それが少なくなるなら、喜ばれるのも当然である。しかし、問題が無い訳では無い。一人の作業員が漏らした言葉だ。
「確かに楽になるけど、一人居れば事足りる。他の人は食い上げになるのでは?」
そう、これが機械化による問題だ。機械化、自動化は何も良い事だけではない。一人担当の者が居れば、その他は無用になってしまう。近代に起きた産業革命により、同じ道を人類は辿っている。
作業員が気にしているのは、便利で楽になる反面で、職を失うのでは、と言う危惧である。
「それは俺の居た世界でも同じだよ。そこで試行錯誤し、人類はどんどん発展していった。また、掘削が出来なくても、他の作業に従事し、極める。万能職になる事も不可能ではない。格好良いと思わないか? なんでも出来るって」
俺自身、どんな仕事もこなせる様、日々努力してきた。結果として、低賃金でこき使われた訳だが。正直な所この辺の匙加減は、土の精霊都市に丸投げしようと考えて居る。適当? 俺は政治屋ではないしな。
「まぁ、今ここで俺が、ああしろこうしろとは言わない。幾らこの重機が疲れ知らずでも、壊れないとは限らないし、操作する人は疲れるぞ。あくまで肉体を酷使しなくて済むだけだ」
取り合えず、今は重機を出した訳だが、これを手持ちサイズにまで、小型軽量化する、と言う発想が出て来るなら、重機と作業員の混在作業も可能だろう。ここらは技術レベルが上がるまでの辛抱だ。
そう話すと疑問を呈した作業員も、一先ず納得はしてくれたらしい。最後に念を押したが、詳しい取り決めは、実際に機械がここで稼働する様になったら、国と協議してくれ。と言って会話を終わらせた。
もっとも、稼働するまでは、まだ長そうではあるがな。




