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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
終章  圏内魔境
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5-5. さすらい

 わたしはこころよい脱力感とともに、ラーシュの去っていった方角に目をやった。

「それにしても、意外にあっさり引き下がったな」

「ぼくを無理に抑えつけるよりもいいと思ったんでしょう。サーラさんに対して負い目もあったかもしれませんし。ラーシュさんは、怒らせなければとても優しい人ですから。最初に見つかったのが彼女だったのは、不幸中の幸いでした」

 怒らせなければ、ね。ラーシュがどんな人物か知らないわたしにとっては、何が怒る理由になるのかまるでわからないわけで、実はずいぶんと分の悪いギャンブルをしていたのかもしれない。

 なにせ、わたしは武具を一切持ってきていないのだ。あくまで友好的な商談をするという演出のため、そうするのがふさわしいと考えたのだが、危険な賭けだったな。思い出すとまだドキドキする。

「ところで、なんだあの最後のセリフは」

「たぶんですが、ラーシュさんの決定に従わない一族の者がいるだろうってことじゃないですかねえ」

「…………もしや」

「運悪くそういう人に出くわしたら、戦いになることもあるかもしれません。ぼくは今まで以上に<力>を抑えないといけないんでしょうし、苦難の道のりですね。あっはっは」

「おいおい……勘弁してくれ」

 話が違う、と言いかけたが、ラーシュは別に「今後一切一族には手出しさせない」なんて約束はしていないのだった。そのように努力はしてくれるのだろうけれど、一人残らず抑えきれるわけではないということだ。あの言葉は彼女なりの優しさだったのかもしれない。

 だからといって、命は惜しいのであるから、甘受(かんじゅ)したくはないものである。

「だいじょうぶ。あなたの命はぼくが守ります」

 何度目かのその言葉は、今度は素直に信じることができそうだった。

 われらはこれにて一蓮托生(いちれんたくしょう)。本当の仲間になるのだから。

「でも、いいんですか?」

「何がだ?」

「家を継ぐことのほうです。せっかく成人になれるというのに」

「……一応、弟妹(ていまい)がいるからな。後継ぎ候補自体には困らない。母に何と言ったらいいのか、というのは頭の痛いことだけど。でも父のようになることを夢見ていたのも事実なんだ。今回の旅でよくわかったよ。わたしがどうしたいのかを」

 大人になるため、平穏さを捨てて旅に出た。大人になり、また同じことをする。

 ばかげたことかもしれない。でも、もう少しこうしていたいんだ。

「サーラさんの希望に(かな)っているのならば、ぼくは何も言いません。ただ、旅のお供はぼくじゃなくてもいいと思いますけどね。バダルさんだっていいでしょうに」

 鈍いなそなたは。

 わたしは立ち上がり、今度はしっかりとカイの顔を見つめた。

「言っただろう。わたしはこの世界のことをもっとよく知りたいと。わたしはな、そなたがこの世界の神秘につながっていると思っているんだ。だからわたしは行き先を決めない。そなたの知っていること、知ろうとすること、そしてそなた自身。そのすべての謎を、そなたの隣で見極めてみせるさ」

「……そんなたいそうなもんですかね、ぼくは」

「そうさ。わたしにとってそうなんだ。それでよい」

 わたしが胸を張ってそう言うと、カイは小さくほほえんで、帽子を深くかぶり直した。

「やれやれ。奇妙な道連れができてしまいました」

「それはこっちのセリフだ。わたしはこれで当分結婚はなしだからな。責任を重ーく感じてもらいたい」

「あれ? ぼくと結婚するんじゃないんでしたっけ?」

「っ!? そそっ、それはっ、その、ラーシュ殿を説得するためのっ、こ、ことばのアヤというものでだな?」

 まさか本気にしていたのか?! いやあの、しかしそのわたしは、ええとその、でもそのそなたが望むならば、

「冗談ですよ」

 カイはにやりとした。こ、こいつめ。

 ……冗談か。そうだよな。うんうん。そうあるべきだ。全然、残念じゃないぞ。全然な。

 わたしはそんな気持ちを悟られまいと、精いっぱいふんぞり返って言った。

「わ、わたしはこれから題材屋の客となれる立場だからな。誰よりも上質な題材を提供できるほどでなければ、店主の地位を捨てた意味がないというもの。血湧き肉躍る大冒険を期待してもよかろうな!」

「もちろんです」

 わたしとカイは、どちらからともなく左手を差し出し、互いの腕輪を重ね合わせた。

 二つの腕輪がかちんと音を立てる。

 それを合図に、わたしは自分で感じる限り、人生最高の笑顔をしてみせた。カイにどう見えたかは知らないが、そこには、これからわたしを待つ、黄金の体験への熱情が表れているに違いなかった。

 ひとつの旅が終わり、そして、心地よきさすらいが始まる。



(了)

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