5-2. 境界
「で、何してるんです?」
「…………そなたを追ってきたんだが。見てわからないか?」
「へえ。そうなんですか」
「そうなんですかとはなんであるか。そなたこれからどうするつもりなんだ?」
「どうもこうもありません。捕まるだけです。見てもおもしろいもんじゃないと思いますけどねえ」カイはへらへらと笑って、「もう依頼は終わったんですから、飛び出してきたってラーシュさんは見逃してくれないと思いますよ、今度ばかりは」
他人事のように言う。とてもこれから捕まるつもりの顔つきには見えない。緊張感のないやつめ。だいたいだな、少しぐらい名残惜しそうにしたらどうなんだ。
「なんの抵抗もしないつもりか?」
「ぼくは気が長いんですよ。ぼくだけじゃなくて一族みんなですけど。ぼくを捕まえるのに強硬な手段に出ないのには、そういう理由もあるんです。理解しがたいかもしれませんが、生まれ持っての性向というか、変えがたい宿痾というか。だからまぁ、なんとかなるでしょって思ってます」
……のんきな話だ。
けったいな一族だなと思うものの、狂乱なるカイをさまざま見てきたわたしにしてみれば、納得できることではある。少なくとも、驚愕するほどではない。常識で計ろうとしても無駄なのだと思う。
それにしても「気が長い」か……。ならば可能性はあるかもな。
「ま、これはちょっと面倒ですけどね」
カイはそう言って左手の腕輪をわたしに見せた。腕輪は闇の中でかすかに銀光を放つ。
カイが捕まってからまた逃げ出そうと考えていたとして、その腕輪がある限りは、またすぐに捕まってしまうわけで、自由はないに等しい。
取り外せればいいのだが、それができるならばカイが今もこうしておとなしく腕輪をはめているわけもないし、仮に外せたとして、そうしたら今度こそ追っ手はなりふり構わなくなるかもしれない。
八方ふさがりなのだ。カイと一族のあいだでは。だからこそわたしはカイを追ってきた。
「それで、サーラさんは何をする気なんですか?」
「わたしなりに考えるところがあってな。ラーシュ殿と話をしたいと思って来たんだ」
「ほほー。それはおもしろそうですね!」
「気楽なものだなそなたは。……それで頼みがあるんだ。わたしがラーシュ殿と何を話しても、黙って聞いていてほしい。もちろん、わたしの言うことがどうにも承服しかねるときは、その限りではない」
「はあ。まあ、いいですけど。あ、来たみたいですよ」
カイが指差した先。木の並びが途切れ、少し開けた場所。
ひときわ明るく月光が差し込むその場所に、ラーシュが空中からゆっくりと舞い降りてきた。
ぼんやりと光を照り返しながら、麗しくひるがえる白のローブ。透明な意思をたたえたかんばせ。その様子は、詩人に歌われてよいほどに神々しく、これがもし初めて見る彼女の姿であったなら、わたしは畏れひれ伏してしまったかもしれない。
それでも、わたしは進み出た。
「ラーシュ殿」
「あなたは……。サーラ、と呼ばれていた方ですね」
わたしは可能な限り友好的な笑顔を作って、
「サーラ・サファルだ。ぜひ覚えてくれ」
「……何かご用で? 彼を解放してほしいということなら聞けませんが」
「そうは言わぬ」
わたしは唾を飲み、やや大きく息を吐いた。わたしはこの時、セアンにいながらにして、新たな境界を越えようとしているのかもしれなかった。
次回 >>> 「 取 引 」




