4-6. 過去
「で、だ。これはいったいどうしたことだ? 何が起きている?」
わたしは橋の手すりにもたれかかって人の往来を眺めつつ、カイに尋ねた。
「ぼくがなんでも知ってると思ってますね?」
カイが横目でにらんできた気がするが、気のせいであろう。
「こっちにはそなたが一番先に来たんだ。先進的な見解をうかがいたいな」
「むつかしいことをおっしゃる」カイは少し考えて、「そうですねぇ。先進的かどうかは保証の限りではありませんが――ぼくたちが今いるこの橋は、すっかりきれいになってますけど、休憩したあの場所にあったのと見た目からして同じものです。そこから単純に考えれば、」
「考えれば?」
「過去に飛ばされた」
「やはりそうなるか…………」
まったく信じられない話である。しゃべりながらも「そんなバカな」と思っている。
それ以外の可能性を考えるとすれば、「同じ外見の橋が架かった全然別の場所」に瞬間的に移動したということになるけれども、時間移動とどちらに賭けるのが分がいいであろう。五十歩百歩ではあるが、時間移動のほうが幾分マシな気がする。
遺跡が遺跡になる前の、栄華を誇っていたであろう時代の都市。その、過去の時間にわれらはいる。おそらく。あくまでおそらくは。とても信じられないけれども。
人々の格好はセアンの住民とは異なっていた。もちろんわれらとも違う。簡素で、質朴な印象を持たせる。服に装飾はほとんどないし、布を簡単に縫い合わせただけのように思えた。
その素朴さは家々の造りでも同じことだが、しかし戸数は多く、セアンに匹敵するかそれ以上の規模の都市であるように見えた。先ほどまでの惨状が記憶に新しいだけに、いっそう壮大に感じられてしまう。
しゃがんで、橋の路面をさわってみる。ちゃんと石らしい感触はあるから、わたしが実は宿で夢を見ているなんてことはあるまい。
橋を行き交う人々は、明らかな異人であるはずのわれらに気を払う様子はない。まるでわれらの存在を最初からいないものとして扱っているみたいだ。なんだか妙な住民たちだなと思うものの、どの人もみなにこやかで、幸福そうである。
過去の世界に来てしまったと慌てふためいてもおかしくない状況だが、そんな気が起きてこないぐらい、牧歌的で平和な空気に充ち満ちていた。あまりにも。
時間旅行するという物語を読んだことはあるが、そういう「題材」を見たことはない。どうやらわたしは、題材屋に革新的な題材を提供できる立場にいるようである。
「サーキィはどう思う?」
わたしが問うと、サーキィは珍しいことに、はっきりと怪訝な表情をした。
「だいちのいぶき きみょう へんなところ ここは おかしい」
地霊人であるサーキィがそうまで言うのなら、やはり通常の時空間ではないのだろう。
「とりあえず、過去にいると仮定しよう」わたしはふたたび橋の手すりにもたれて、カイに訊いた。「それで、元の世界には戻れるのか?」
「ぼくにも答えられないことがありますよ。その質問がそれです。ちなみに、ぼくたちがこっちへ飛び出てきたあたりの位置に立ってみても、何も起こりませんでした」
「その場所に現在と過去を行き来する『扉』はないと」
「そういうことです」
わたしは腕組みをしてため息をついた。
題材を提供できる立場にいても、戻れないのではどうにもならない。
「これも〝幻動気の気まぐれ〟、なのかな……」
わたしがぼそっとつぶやくと、カイは、
「こんなことを引き起こすには、相当な力が働いていなければなりません。〝気まぐれ〟で済まされる規模ではないと思いますねえ」
「では、人為的なものだと?」
「でしょうね」
「そんな人物がいるなど信じられんな」
と言ってみてから、わたしはソニヤーでの一夜を思い出さざるをえなかった。いるかも、しれないか。あの一族がこんなことをやる理由はないだろうと思うけれど。
「いやはや。実におもしろい」
こんなときでもカイはその調子なのだな。
そなたを見ていると、かえって落ち着いてくる。こんな状況ではありがた……
――あ。
「もしや、父もここに?」
「かもしれません」
そうだ。その可能性はある。ここに捕われて、抜け出そうとしているあいだに一晩経ってしまって、宿に戻れなかったと。それならばつじつまは合う。
「じゃあ、まずはバダルさんを探してみますか」
「そうだな。このまま突っ立っていてもしょうがない」
仮に父がこちらへ来ているのなら、ここの状況をいろいろ調べているに違いない。父は経験豊かなさすらい人だ。こんな目に遭っても、ただ右往左往するような人間ではないはずだ。
それは仮定に仮定を重ねた希望に過ぎないが、きっと何かつかんでいるさと、わたしは祈りにも似た気持ちで思った。
次回 >>> 「 殴 打 」




