4-4. 消失
森に入ってからは拍子抜けするほど何事も起こらなかった。
人手が入っていないだけあって歩きづらいところもあるにはあるが、セアンに比べれば地面は平らで足は楽だ。危険な獣が出てくることはなかったし、不穏な空気が充満している感じでもない。木漏れ日が美しく映える豊かな森だった。ここを通ってセアンへ行こうとする商人や旅人がいたとしてもおかしくないように思えた。
われらは、町のほうから流れる川に沿うようにして歩いていた。そうしていれば迷うことはない。迷うということに関しては、怪談は怪談に過ぎないと思ってよかろう。
昼食代わりの干し肉を挟んだパンをかじりながら、ひたすら川の下流へと進んだ。
遺跡の都市はセアンと同じく川に沿って細長く広がっていたらしい。ならば、こうして歩いていればいずれそれらしい痕跡が見つかるだろう。
――ふと、木の数が少なくなり、やや開けた場所にさしかかった。
「ここのようだな」
わたしの声はむなしく響いた。
遺跡というにしても、あまりに物寂しいところだった。
建物の跡はあるものの、壁や家の基礎部分がぽつぽつと残っているだけ。樹木に呑み込まれたようになっている家も少なくない。道路であったとみられる石畳がところどころにあるが、草に埋もれてぼろぼろだ。
印象としては、歴史書に書かれるような、堂々たる文明都市というおもむきではまったくなかった。観光地にもなりそうにない。
百年程度の昔ではないだろうな、これは。
宗教施設のような建築物ならばその姿を少しぐらい留めていそうなものだが、ざっと見た感じ、そのようなものは見当たらない。ただただ人が集住していただけだったのだろうか?
燦々と降り注ぐ日光に照らされた姿には、打ち捨てられ、朽ち果てていく一方であったろうことが如実にあらわれていた。みじめなものだ。
さて、父はどうしているのか。こんなうらぶれたものを見て、何をしようというのだろう。
父の姿を見逃すまいと周囲を注意深く見回しながら、われらは川沿いを下っていった。
建物の痕跡を見ていくと、やはりセアンと同様に川べりを中心として家々が建ち並んでいたのはまちがいないようである。
途中、橋を見つけたが、中ほどで崩れ落ちており渡れなくなっていた。その付近の川岸には何かの残骸があったが、すっかり苔や草でおおわれていて、元が何だったのかはよくわからない。
そんな惨憺たる風景ばかりが続いて、目を引くものは何も見つからなかった。むろん父の姿も見当たらない。
さらに進むともうひとつ橋が見つかり、こちらはあちこち壊れているものの、落ちるまでには至っていなかった。そこまで来て、カイが言った。
「少し休憩しましょうか」
「ああ……そうだな」
かなり下ってきたように思うが、何も見つからない。わたしは近くにあった家の基礎に腰かけて、ため息をついた。
「サーキィ、何か感じるか?」
隣に座ったサーキィに尋ねてみたが、やはり慣れない土地だからだろう、首を振った。
父はどこにいるのか。森の中のほうで野宿をしているとしたら、見つけるのは難しい。しかし、こんな珍しいものが何もない遺跡のために、そうしてまで留まるだろうか?
やはり何かあったのではないか――――
そう考えると、また心臓がうるさくわめきはじめた。体中に嫌な感触が立ちのぼる。
「む? カイどの?」
サーキィが突然立ち上がってきょろきょろとした。
「どうした?」
「カイどの いない そっちあるいていった のに」
サーキィの指差すほうには橋があった。もしや、滑って川に落ちたか? それとも橋に乗ったら穴が開いたか?
いやしかし水音など聞いていないぞ。
仮に川に落ちたとしても、流れは穏やかだ。上がるのに苦労はするまい。
「…… きえた?」
いったいどうしたというんだ。
父に続いてカイまでもいなくなってしまうのか? 一度そう思うと、わたしの焦りは否応なく高まった。胸がざわざわして、急に口が渇いた。呼吸が荒くなり、膝から力が抜けていきそうだった。
「ここに いった はず」
サーキィが橋のたもとに近寄っていった。
「サーキィ、危ないぞ。橋が崩れるかもしれ――」
言い終わる前に、サーキィの姿も消えた。
「なっ?!」
わたしは見た。確かに見た。橋に足を掛けたかどうかというところで、空間に呑み込まれるように消えていくのを。
そこには異様な力が働いているに違いなかった。
わたしは脇目も振らず走った。サーキィの消えた場所に。
迷っている暇などなかった。迷っていたくなかった。ふたりに置いていかれたこんな世界に留まっていたくないとすら思って、駆けた。
そして、わたしも消失した。
次回 >>> 「 再 見 」




