3-13. 機微
朝早くめざめたわたしは、昨夜のことが嘘のように快調だった。手をにぎってみてもちゃんと力は入るし、呼吸も鼓動も腹具合も、どこにもおかしいところはない。
剣とマントは最初からそうであったかのように整えて置かれており、汚れていたはずのわたしの足裏はまったくきれいなものだった。
何もかもが寝入った時と同じ状態。まるであの夜は夢だったかのようだ。
しかし、そのあと顔を合わせたカイの左手には灰銀色の腕輪がはまっていて、わたしが夢の中で一夜の冒険をしたのではないことは確かだった。
カイがわたしを寝床に戻してくれたのだろうが、いったいどうやったのか、そしてわたしの体に何かしたのか、実に不可思議きわまりない。
が、そんなことを追求している暇はない。わたしは父を追うことに頭を切り換えなければならないのだ。カイに何をされたのかと想像すると悶えてしまうからではない。決してない。
「もっと泊まっていってくださればよろしいのに」
出立の準備を整え、騾馬を引くわれらに、ファウラは名残惜しそうに言った。
「まだ父と距離があるからな。急がねば」
「そうですか、残念です……」
「ああ、そうだ。つかぬことを訊くが、ファウラはソニヤーを出たいと思ったことはないのか?」
疑問に思っていたことだった。若くして祭司という重責を担うことになってしまって、もっとほかのことがしたいと思ったのことはないのかと。自分がどうしたいのかあやふやなまま故郷を飛び出したわたしには、この異母妹は新鮮に映ったのだった。
ファウラは静かに笑って、
「いいえ、一度も。わたくしはソニヤーで生きて、いずれは子を成し、そして死んでいくでしょう。それがよいのです」
「……すごいな。わたしにはとてもそんな境地に至れそうにない」
「それでよいのですよ。お姉さまにはお姉さまの、わたくしにはわたくしの、行動と行き着く先があります。定まったものはひとつとしてなく、形のない全体がこの世を成しているのですから。だいじょうぶ、きっとうまくいきます」
ファウラの意味するところはわたしにはよくわからなかった。
といって、うまく疑問を発することもできず、短く「ああ」とだけ返した。
透徹したような彼女は年下なのにすごく大人に見え、わたしという存在がひどくちっぽけに思えた。いつかはファウラの言葉の意味がわかる時が来るのだろうか。
そんなわたしの複雑な心境をおもんばかることはまったくなく、カイは、
「さて、バダルさんの行き先をうかがいましょう」
「ああ、そうでしたね。バダルさんは、セアンという町に行って、その近くにある遺跡を訪ねるつもりだと言っていました」
「あれ。セアンですか。やれやれですね」
「カイ、知っているのか?」
「ファウラさん、バダルさんが言っていたのは、ロウハルのセアンですね?」
「ああ、そうです。そう言っていました」
「ロウハルだと。ロウハルといえば、わが故郷サルカルからほど近い洲ではないか」
「はるばるソニヤーまで来ましたけど、取って返すことになってしまいますね。バダルさんも意地が悪いのかなんなのか。ははは」
カイはお気楽に笑っているが、わたしはしてやられたという気持ちだった。
いや、別にここまでの道のりが無駄だったわけではない。行ったり来たりをさせられるのがなんだか気に食わないだけだ。
「セアンでは長逗留していてくれるといいですねぇ、バダルさん」
「遺跡を見に行く、か」わたしはいまいましげに吐き捨てた。「ぜひともその遺跡とやらに長々耽溺していてもらいたいものだ!」
「うまくいくよう、祈っております。お姉さま」
神妙な面持ちで言うファウラ。
思えば妙なことになったものだ。異母妹に出会い、こんなふうにして励まされている。
ファウラという血縁に対してはいろいろ思うところもないではないが、もはや現状をそのまま受け入れるしかないのだろうな……。
次回 >>> 「 告 白 」




