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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第3章  わからない日
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3-11. 波濤

 まず視界に入ったのはカイの背中。

 もう一人は――驚くべきことに、もう一人は宙に浮かび、カイを見下ろしていた。

 さやけき月明かりに照らされる白いローブ。夜に溶ける黒い髪。額に頭環がきらめき、そして両眼が翠緑に輝いている。

 二人まではやや距離があるのを見てとると、わたしは全速力で駆け出した。

 すでに追っ手はカイに向け両手をかざしている。動術が今にも放たれるに違いなかった。

 わたしにはその力の流れを見ることはできないはずだった。しかしこたびにおいては、追っ手の両手から、その両眼と同じ翠緑色の光条(こうじょう)幾筋(いくすじ)も伸びるのがはっきりと見え、そしてそれは(むち)のように唸りを上げてカイに迫っていた。目に見える特別な力の波濤(はとう)。ただでは済まないと十分に予感できるものだった。

 カイはそれに対して身構えるでもなく、突っ立っている。

 そうだろう。そなたはそういうやつだ!

 わたしは確信の笑みを浮かべて、それでも、剣をかかげて二人のあいだに自分の体を滑り込ませた。

「うあっ!!」

 術の直撃。叫ばないではいられなかった。

 剣が手から弾け飛び、<力>が体に流れ込んでくる。雷に当たったらこんなだろうかと、妙に冷静に考えていた。しかしそれも束の間、大猿をしとめたときに味わったのに似た、不思議な感覚が全身を支配した。圧倒的なエネルギーが体を駆け巡っていると感じるのに、脱力感が増していく。

「サーラさん!」

 カイの動揺する声が聞こえた。はは、そなたがそんな声を出すとは珍しい。

 意識ははっきりしているのに、指先を動かす力にさえ乏しく、四肢(しし)は弛緩していった。足の裏の砂の感触も薄れ、わたしは(ひざ)から崩れ落ちていった――――

 が、わたしの体は何者かによって力強く受けとめられた。

 誰だ……? と、(うつ)ろな目で見上げると、そこにはカイの顔があった。わたしはどうにか余裕のあるふりをして、

「ふふ、そなたにそんなに力があるとは……思わなかった……」

「サーラさん……どうしてこんな無茶なことを」

「そなたが連れて、行かれては……困る、からな…………最後……まで、付き合って、もらう、ぞ」

 わたしはせいぜい笑顔を作って言った。

 カイは沈黙し、一瞬目を伏せ、顔を上げた。視線の先には、いまだ宙に浮かぶ追っ手の姿があった。両眼の光はすでに消え、表情はよく見えない。

「ラーシュさん、この方はぼくの仲間です。依頼を受け、ともに旅をしています。彼女が目的を達成するまで、見逃してもらえませんか?」

 わたしも彼女に視線を送り、

「……わたしからも、頼……む。カイは、もはや欠くことができない……大事な、仲間なのだ」

 ラーシュと呼ばれた追っ手は答えない。カイが続けた。

「この家の人たちが起きてくるかもしれません。そうなるのも、サーラさんをこれ以上巻き込むのも、本意ではないでしょう?」

「………………。しかたがありませんね。ここは一旦退()きましょう。ただし、これをあなたが着ければです」

 ラーシュはローブの中から何か取り出し、カイの足元へ投げて寄越した。

 砂の上に落ちたそれは、一つの腕輪だった。暗くて模様はよく見えないが、くすんだ銀色のようだった。

 カイは何も言わずそれを拾い、迷わず左手首にはめた。ラーシュはそれを確認すると、

「けっこう。もう逃げられるとは思わないことです」

「わかってますよ」

 カイが答えると、ラーシュは浮いたままわれらから遠ざかっていき、やがて闇に消えた。とりあえず、危機は去った、か。

「サーラさん」カイはわたしのほうに向き直り、「向こう見ずというのは本当ですね」と笑って言った。

「言うな」わたしは笑みを返した。「…………まだ体に力が入らない。恐ろしいものだ」

 わたしの軽い返しに反して、カイの顔からはほほえみが消えた。


次回 >>> 「 秘 密 」

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