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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第2章  はじめての死威
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2-11. 変化

「なんとかなりましたね」

「なんとかさせられた(、、、、、)のだ」

 わたしは岩陰から出てきたカイの言を即座に訂正し、大きく息を吐いた。いまだに指が震えている。しかしこたびのこれは、恐怖からばかりではあるまい。

「サーラさま ぶじでよかった」

 サーキィが駆け寄ってくる。

「サーキィ、そなたはすごいな。あんな術が使えるとは。――っと」

 サーキィが何もないところでつまずいたので、わたしは慌ててサーキィを受けとめた。

「かんしゃ」

「どうしたんだ?」

「ちょっと つかれた 術つかった から」

 サーキィはわたしの腕から離れ、地面に座り込んでふーっと息を吐いた。

「そ、そういうものか」

 そうではないかと思っていたが、やはり動術は負担がかかるのだな。今まで見せてくれたことがなかったわけだ。わたしもサーキィにならって深呼吸をした。

 ちらとカイを見ると、いたって平気な様子で、息切れもしなければ足取りも不如意(ふにょい)なところはない。動術家が使う術と、精霊人(スプライト)が使うそれとが同一なのかは門外漢のわたしにはわからないが、この者はやはり相当な手練(てだ)れであるようだ。

 それはそれとして。いきなり空に吹っ飛ばされるとは思ってもみなかったぞ。

 文句を言ってやろうと思った瞬間、記憶がよみがえった。そういえばカイに初めて会った時、ごろつきが同じ目に()っていたな……思い出したら余計に腹が立ってきた。

 もし大猿に空中で攻撃されていたらわたしの命は――

「…………。大猿の腕を止めたのもそなたの動術か?」

「よくご存じで」

「そうか……」

 そなたはわたしの命を本当に守っていたのだな。わたしはしぶしぶ言った。

「カイ、感謝する」

「いやあ、あれぐらいが精いっぱいでして」

 カイは謙遜したように言うのだが、額面通りに受け取る気にはならなかった。とはいえ、わたしは一応事情を()んだ発言をする。

「わたしが主体にならないといけないからな。それにそなたは、やりすぎて追っ手が来てはまずいわけだし」

「それはそうなんですが、実際術は効果が薄いようでしたからね。もしサーラさんがしとめそこなってたら、猿は動き出してたいへんなことになっていたかも」

 カイは意地悪くほほえんだ。

 …………まったくひどいギャンブルに巻き込まれたものだ。そうなっていたらまちがいなく命の危機だったわけで、想像するだにぞくりとする。

 サーキィから借りたナイフを見つめた。これのおかげだ。ナイフに仕立てられた神秘的な装飾を見ているだけで力が湧いてくるようだ。

 それに比べて父の剣は役立たずだったな。もう少しいい物を寄越したらどうなんだ。と、そんな悪態をつく余裕が出てきた自分自身が、ちょっと可笑しかった。生き残るとはこういうことなんだな。

 ナイフをおさめ、上を向いて深呼吸をひとつしてみる。あの異様だった山の雰囲気はどこへやら、空気は清浄でおいしい。鳥の鳴き声がいかにも平和そうに聞こえ、春の早朝のようなさわやかさに満ちていた。

「おや、猿の体が」

 ふいにカイが声をあげたので目を向けると、

「こ、これは……」

 死んだ大猿の口から一つ、小石のごとき物体が飛び出てきたかと思うと、大猿の体はみるみるうちに縮んでいった。とても信じられぬ光景だったが、目を疑うことも許さない、確かで明白な現象だった。

 さらに驚くべきことに、白かった毛は薄い茶色になり、赤く()れ上がっていた眼球はちっぽけなものへと変わっていった。

 結局、サーキィよりも小さな、小動物と言っていい大きさにまで縮んでしまった。

「どうなってるんだこれは……」

 わたしが猿の体をためつすがめつしていると、

「おもしろい物が出てきましたねえ。効果が薄いわけだ」

 カイは猿が吐き出した物体をつまみ上げ、日にかざして眺めている。

 小石かと思ったが、それは日の光を照り返してなまめかしく、白銀のようにも、虹色のようにも輝いていた。

 ただの石にしては美しいものの、カイが言うのはそれだけの意味ではなかろう。


次回 >>> 「 霊 珠 」

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