2-9. 打撃
カイのところへたどりつく前に、穴から巨大な影がずるりと出てきた。
なんたる、
なんたる大きさ。
白い毛におおわれた大猿は、姿を現した瞬間はかがんでいたものの、全身が外へ出ると、威嚇するように体を伸ばした。その背の高さは、わたしの倍以上、いや三倍はあるかもしれないほどだ。
体全体が怒張して総毛立ち、口の端からは涎がだらだらとこぼれている。両の眼球は真っ赤になって、いまにも眼窩から飛び出しそうなほどに膨張していた。真っ白い体毛に包まれて燃える目玉は、あまりに恐ろしく映えた。
まったく化け物というにふさわしい!
息もつかせず大猿は極太の腕をカイに向かって振り下ろした。風を切る音が耳を突くほどの高速で、特大の拳がみるみる迫る。
カイ!! 何をぼやっとしてるんだ! よけろ!
しかしどういうわけか、猿の腕はカイのすぐ横へと逸れていき、地面に拳の形のくぼみを作るに終わった。ドォンと盛大な打撃音が響き渡る。
「ふーむ」
張り詰めた筋肉の塊を横目に見て、カイは不思議そうな顔をしていた。
なぜ攻撃がずれたのかわからず、大猿は呆気にとられている。その隙を突いて、わたしはカイに体当たりするようにして、もろとも脇の木の陰へと倒れこんだ。
「何をぼーっとしているんだそなたは!」
胸ぐらつかんで怒鳴るわたし。しかしカイは、
「ちょっと効きが悪い感じですね。逸れただけでした」
と、よくわからぬことを平静に答える。
瞬間、隠れていた木が横にすっ飛んでいった。
大猿の横薙ぎが簡単に木を折ってしまったのだ。
飛び散った木の破片がわたしの左腕をかすめていった。じわりと痛みが走る。
「くそっ」
わたしは振り向きざま、間近に迫っていた大猿の手に斬りつけた。
――がっ、まるで傷がつかない!
といって、強固な表皮に阻まれたという手応えでもなく、柔らかくすり抜けてしまったような、奇妙な感覚が手に残った。なんだこれは?
疑問に思う間もゆるさず、大猿はもう一本の腕を振り上げ殴りつけようとしてきたが、突如動きが止まる。あ、危なかった……。心臓がばっくばっくと鳴ってしかたない。
いったい何事だ?
すばやくあたりを見回すと、サーキィが地面に手を置いて、ぶつぶつと口を動かしているのが目に入った。
「おお、地霊人の動術ですね。地を操り足の自由を奪っているようです。おみごと」
あいかわらず落ち着いた口ぶりのカイ。そして手をかざし、
「よーいしょっと」
と言って手をぶんと振ると、大猿はカイの手の動きに同調したようにバランスを崩し、坑道の中へと転げていってしまった。
どこまで転がっていったのか、一旦は静かになる。今のは……カイの動術か? とすると、さっきのカイへの攻撃が逸れたのも、動術のせいということ……か。
今のうちにとわたしとカイはサーキィのもとへ移動した。
「なぜか動術は効き目が薄いようですね」
「うん いちじのあしどめが げんかい おかしなちから まとってる」
カイとサーキィは冷静に語り合う。わたしだけが動揺しているようで気に食わない。
「ど、どうする? 刃も通らぬ。妙な感じだ、まるで刃物を寄せつけないかのようだぞ」
「あれ、そうなんですか。どうしましょう」
「地霊人の釼ならば おそらく」
「なるほど。幻動気が籠もった刃ならいけるかもしれませんねぇ」
ギョエアエイイイイエエアアア!!!
明らかな怒気に満ちた吠え声が坑道の奥から鳴り響いた。動悸がいや増す。
「く……すぐにも出てくるぞ!」
「ということでサーラさん、サーキィさんからもらったナイフでいってみましょう」
「どうやってだ!? あの刃渡りではかなり近づかなくてはならぬ。とても無理だ!」
「どうにかします。だいじょうぶ、命は守ります」
「今度は本気であろうなその言葉!」
「もちろん。サーキィさん、足止めをお願いします」
「しょうち」
サーキィが答えたかどうかというところで、大猿が再度坑道から姿をのぞかせた。
次回 >>> 「 飛 躍 」




